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【八三】【本能】

【本能。家が燃えている時には、昼食も忘れてしまうものだ。――たしかに。しかし[家が燃えてしまったら]灰の上で食べ始めるのだ。】


「本能って聴くと、なんて言うか生存能力を想起させる物があるよな」

「人間、いざとなったら何が何でも生きようとするって言うもんね。自然とお腹が空くようになってるし、気が付けば意志とは関係なく寝ちゃってるし、殴られそうになったら勝手に手が建てになってるし、生存能力って言うか、生存本能って言って良い物は間違いなく人間の遺伝子に刻まれているよ思うよ」

「俺は何でも『遺伝子』のせいにするのは嫌いなんだが、その通りだな」

「『遺伝子』が嫌いってどう言うことさ。むしろ、利人が好きな物を知りたいよ……」

「何でも科学でわかったふりをするのに反対なんだよ。複雑すぎて俺の頭じゃ理解できないからな」

「自分本位過ぎるよ! ま、それで、今回のアフォリズムはニーチェなりの【本能】についての解説なわけなんだよね?」

「ああ。【本能。家が燃えている時には、昼食も忘れてしまうものだ。】と始まる」

「結構なピンチを想定して話しが始まるね。そりゃあ、ご飯どころじゃあないよ。家が燃えているんだもん」

「食事を摂らないと言うのも死に繋がるけど、炎って言うのはそれ以上に死に近いものだからな。何せ、ちょっと触れただけでも暫く痛みは続くし、その痕は一生残ることになる。飯何て喰っている場合じゃあない」

「つまりニーチェは『食欲よりも炎は怖い』って言いたかったわけ――なわけないよね?」

「当然【――たしかに。しかし[家が燃えてしまったら]灰の上で食べ始めるのだ。】と続く。どうでもいいけど、この【――たしかに。】ってフレーズ可愛くないか? 自分で言って自分で納得している仕草に萌え(死後)があるよな」

「――たしかに」

「あんまり乗り気ではなさそうなリアクションをありがとう」

「えっと、話しを続けるとさ、要するに『喉元過ぎれば熱さ忘れる』って諺と同じアフォリズムってこと?」

「ふむ。確かに、火事の現場で飯を喰うっていうのは、『既に火事のことを忘れている』と言う風にも思えるな」

「でしょう?」

「実際に、そう言った寓意も籠められているだろうが……なあ、千恵。お前はこのアフォリズムを『忠告』と取るわけか?」

「『過ちや悲劇が起きたことを忘れるな!』ってニュアンスかな。うん。忠告だね」

「俺はそうは思わなかった。むしろ【灰の上で食べ始める】人間に力強さや逞しさを覚える」

「ま、まあ、確かにわざわざ【灰】の上で食べる理由はないよね。普通に別の場所で食べれば良いのに、どうしてわざわざ火事の現場でご飯を食べようと思ったんだろ?」

「一応言っとくが、別にこれはニーチェが実際に行った奇行とかじゃないからな? このアフォリズムは『忘却』の有用さについて語っている。その例えとして、ニーチェは火事を持ちだしたんだ」

「『忘却』の有用さ?」

「そう。まずニーチェは『忘れる』と言うことをかなり肯定的に捉えている。【健康な精神の行い】だとまで言っていて、『嫌なことがあったら日記なんて書かずに寝て忘れろ!』と残している」

「確かに一理あるね。嫌なことを覚えていても、気分が悪いだけだもんね」

「忘れることができないと、人間は怨みを何時までも覚えている。そう言った怨みの感情は――」

「【ルサンチマン】だっけ?」

「――そうだ。どうしようもない過去に対する激しい怨恨をニーチェは否定する。と、なれば必然的に『忘れる』ことは美徳となる。因みに、勘違いしないように言っておくが、これはただ忘れると言う意味じゃあない。克服することで忘却することが重要だ」

「嫌なことがあったら、それを乗り越えて、完全に忘れてやるってこと?」

「ああ。それこそが完全なる復讐になる。考えても見ろ、敵対者に忘れられるってことは、敵にすらなっていないってことだ。まったく無視することによって、否定する。沈黙こそを最高の否認とする。それがニーチェの忘却だ」

「沈黙は金って? 最近の風潮とは逆だよね。黙っていたら負け、みたいな所が最近は多い気がする。雄弁は銀だったっけ?」

「声の大きい方が勝つ世界だからな。善悪ではなく快楽で物事を決める。自分と違うモノは悪で、悪と認めたモノは好きなだけ叩いて良い。正にキリスト教的な、欧米的な思考でご苦労なこった」

「このキリスト教叩きの流れは久々な気がする」

「因みに、キリスト教は忘却からは遠い宗教だ。救世主の死の責任を全人類に押しつけ、罪を忘れさせない様にしたキリスト教は怨恨の達人だと言えるだろうな。そう言う観点からも、『忘却』は如何にもニーチェらしい思想だと言えるだろうな」

「まあ、確かに恨み辛みを一々覚えているような人よりも、何もなかったように笑っている人の方が一緒にいて楽しそうかな」

「全てが焼き払われてしまっても、その場所で飯を食って生きて行こうとする。その意思こそが人間らしくて素晴らしいじゃあないか。それこそが人間の本質何だと思うと、嬉しくなって来ないか? このアフォリズムは一見するとただの忠告にしか感じられないけど、割とニーチェ哲学の根本を抑えていて、お勧めのアフォリズムだな」

「だったら、それを最初に持って来ようよ。そっちの方がわかりやすかったんじゃない?」

「俺は、アルバムを最初から聴かないと駄目派なんだ。ランダム再生なんてもっての他だ」

「好きな曲を好きなタイミングに聴けば良いじゃん」

「作者が考えた順番には意味があるんだよ、きっと!」

「まあ、実際は行き当たりばったりなだけだからなんだけどね。順番に解説をしているのは」

「一つ一つのアフォリズムを独立した物と考えて、個別に解説していると言って欲しいな。だから順番なんて関係ないんだよ」

「言ってること滅茶苦茶じゃん。さっき、なんて言ってた? 順番に意味があるって言ってたよね?」

「意見が変わらないのは愚か物と聖書だけさ。間違っていたなら、それは執着する必要はない。さっさと新しい意見と生きればいいのさ。それが人間らしい生き方って奴さ」


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