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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【七九】【心の澱】

【自分が愛されていることを知りながら、[誰も]愛そうとしない人は、心の滓を露わにする。――もっとも深く沈んでいる澱が浮き上がってくるのだ。】


「【心の澱】ってなんかマジック:ザ・ギャザリングのカードに在りそうなタイトルだよな。オルゾフっぽいって言うか、ディミーアっぽいって言うか」

「後は、ダークソウルの闇術にもありそう」

「さて、まったく関係ない会話から始まったわけだが、【澱】と言うのは『おり』だとか『よどみ』と読むのが一般的だな。液体の底に溜まる不純物を指す言葉だ」

「理科の実験に出て来る『沈澱』の『澱』だね」

「つまり、心の底に沈んだ不純物について、このアフォリズムは語っているわけだ」

「何時にも増して詩的な感じで纏まっていて、だからこそわかり難く感じるかな」

「ポエマーとしてもニーチェは高い評価を受けているからな」

「前半部分は【自分が愛されていることを知りながら、[誰も]愛そうとしない人は、心の滓を露わにする。】となっているわね」

「【自分が愛されている】と自覚することは、難しいと言うよりはなんだか恥ずかしいよな」

「でもさ、親とか友達とか、少なくとも親しい人間が自分のことを大切に想ってくれているのは感じて生きているよね」

「まあな。だからこそ、近しい人間に対して俺達は敬意や親愛を持って応えるわけだ」

「その辺の信頼ありきで私達は生きているわけだしね」

「だが、偶にその道理を理解できないアホもいる。それが、【自分が愛されていることを知りながら、[誰も]愛そうとしない人】ってわけだ」

「これは例えば、どんな人になるんだろ?」

「俺が嫌いなタイプの人間に『引き籠りのニート』って言うのがいるんだけど」

「駄目だよ、利人。自分のお兄さんをそんな風に言っちゃあ」

「誰も俺の兄貴の話ししてなくない!? 世間一般の話し! 俺の兄貴個人はどうでも良いの!」

「お兄さん暫くみてないけど、どうなったの? 死んだ?」

「殺すな。生きてる。むしろ、絶賛増量中だ――っと、話しがそれてるな。兎に角、アイツは……うん、もうアイツでいいや。社会的な生産性の一切ない、糞尿製造機ではあるが、アイツは俺の両親に確かに愛されている。三食をしっかりと食べさせて貰い、小遣いだって与えられている。はっきりいって、親には何のメリットもないだろう。無償なる愛だ。素晴らしいね」

「皮肉を言わない。で?」

「だが、アイツはそれを当然だと思っている。『産んだんだから、育てるのは当然』とのたまうわけだ。自分の我を通すことはするけど、相手の意見なんて聴こうとすらしない」

「つまり『愛されながら、愛さない』を体現していると」

「そう言うわけだ。歪み切った自尊心の塊で、何の根拠もなく他人を見下している。あれほど醜悪な生物を俺は知らないね」

「…………話しは逸れちゃうけど、『産んだんだから、育てるのは当然』って意見を利人はどう思っているわけ?」

「子育てをしない生物も多いし、戯言の類だろ。産まれた時点では、別にあのヒキニートだったわけじゃあないしな。むしろ、アイツをああ言う風に育てたのはアイツ自身だ。誰だってそうだ、自分を育てた責任を、自分自身で果たさなくちゃならないんだよ。それが生きるってことだろう?」

「うーん。良くわかんない!」

「そっか、千恵は馬鹿だなぁ! 話しを戻すけど、愛されながらも愛さない人間と言うのはそう言う道理を知らない奴のことだ」

「ちょっとピンポイント過ぎない? 個人的な怨みも入ってるし」

「うぐ。確かに極端だったか? でも、わかりやすいだろう? 要するに他人の善意を当然と思っている連中のことを指すんだと俺は考える」

「まあ、それくらいが妥当なのかな?」

「そして、そう言った連中は面白いくらいに図に乗る」

「利人のお兄さんを見てれば、それはわかるよ。まるで王様だもんね」

「そうだな。誰かを愛すると言う義務を怠る癖に、愛される権利だけを主張する。あれは本当に耐えられない醜さだ【心の滓を露わにする。】と言う表現がこれ以上に相応しいことがあるか?」

「だから、私怨が入ってるって」

「…………【心の滓】これはつまり人間の『利己的』で『排他的』な一面を指しているんだろうな」

「【――もっとも深く沈んでいる澱が浮き上がってくるのだ。】の【もっとも深く沈んでいる】物の正体がそれなわけ?」

「直接的ではないがな。『利己心』は、生きていく為に必要な物だしな」

「利己心が?」

「誰だって自分の利益を追求するのは当然だし、その為には他人よりも自分を優先する。それは別に極めて普通なことだと思うが?」

「そう言われればね。じゃあ、どうしてそれが【滓】として浮かび上がってくるわけ?」

「普通は隠しておくものだからさ。人間なんて全員自己中だけど、一人で生きているわけじゃあない。その為の愛とか道徳とか、正義がある。でも、人はそれを信じているわけじゃあない、便利だから納得しているように生きているんだ」

「ん? どう言うこと?」

「例えば――死後の世界を信じていなくても、お墓の前で故人に話しかける人を指差して無意味だとか馬鹿だとか笑ったりはしないだろう? それは何故かと言えば、笑う奴は道徳的に欠けた人間と思われるからだ」

「はあ」

「それは生きる上でマイナスだ。そんな奴は信用されないし、見ていて大抵の人間が気分を悪くするだろう。利己も大切だが、周囲に合わせることによって得る利益は少なくない。むしろ、社会って言うのは個を殺して群として利を得る物だ。その為には、利己心は邪魔で、奥底に隠しておいた方が生きやすいんだ」

「自分の為に、自分を殺すってこと? 矛盾してない?」

「かもな。でも、世の中って言うのはそう言うもんだな。この道徳の存在と、その在り方についてニーチェは色々と語っているし、その一つが有名な【神は死んだ】に繋がるわけなんだが、また何時かだな、そっちは」

「これ以上話しが広がっても付いていけないからね。で? 【心の澱】って言うのはなんなわけ?」

「俺が思うに、愛されて当然だと思う『傲慢さ』こそが人間の【心の澱】なんじゃないか?」

「愛されて当然……と言う傲慢さ」

「そして、愛すると言う行為が持つ、特別扱いも又、問題だろう」

「なんか、そんな話を前にしたね」

「【六七】【唯一神への愛】だな。微妙に角度が違うけど。神様程傲慢な奴もいないと言う点では十分に関係のあるアフォリズムだろうな」

「それに、【自己軽蔑】と『傲慢』も相反する物だよね。我儘な人に向上心見たいのがあるとも思えないし、ニーチェが【滓】って言うのもわからなくないかな」

「だろ? あの糞兄貴がどれだけ愚かな人間かわかってくれたと思う」

「ニーチェもさ、そう言う奴にはどうするべきかを書いておいて欲しいよね」

「まあ、哲学なんてそんなもんさ。人生の役に立つような哲学なんて、哲学じゃあないとまで俺は言えるね」

「それは暴言じゃない? 流石に」

「良いんだよ。奴隷に働かせて、暇な上流階級の遊びが哲学なんだから」

「それって、お兄さんと変わらないんじゃ……」

「大丈夫さ。哲学者はちゃんと他者を愛している」

「そうなの?」

「哲学の語源は古代ギリシャ語で『φιλοσοφία』」

「いや、読めねーよ」

「英語で『Philosophia』」

「だから、読めねーよ」

「フィロソフィア」

「ふぃろ?」

「意味は『智を愛する』なのさ」


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