【七七】【原則】
【人は[みずから定めた]原則の力で、自分の習慣を虐げたり、正当化したり、尊重したり、罵倒したり、隠したりする物である。――だから同じ原則を持つ二人の人間の欲するものがまったく異なることもあるだろう。】
「【七七】とはなんともラッキーな感じの数字だね」
「それは『777』がそうなだけだと思うぞ、千恵」
「まね。って言うか、何でスリーセブンなんだろ?」
「ラスベガスを拠点とする野球チームが七回で良く逆転したからとか、〇から一〇までの数字の中で一番大きな素数だからとか、その当たりの話しを聴いたことはあるけど、詳しくは知らん。ググれ」
「そこまで興味ないからパス。それで今回のアフォリズムは随分と長いね」
「【人は[みずから定めた]原則の力で、自分の習慣を虐げたり、正当化したり、尊重したり、罵倒したり、隠したりする物である。――だから同じ原則を持つ二人の人間の欲するものがまったく異なることもあるだろう。】だからな。文字数を稼ぐ為に連発したい位だ」
「そもそも大した文量じゃあないけどね、毎回」
「それはさて置き、もうちょっとわかりやすく文を直すと『人は同じルールを持ちながらも、全く違う物を見ていることがある』って感じか?」
「今度はすっきりさせ過ぎのような気もするけど、大分日本語らしくなったね」
「全体像を理解した所で、まず前半部分を見て見よう【人は[みずから定めた]原則の力で、自分の習慣を虐げたり、正当化したり、尊重したり、罵倒したり、隠したりする物である。】この場合の【人】って言うのは個人個人ではなく『人類』って事だろうな」
「人類は沢山のルールを社会に定めたよね。法律とかが代表なのかな」
「だな。そう見ると、法律によって習慣が虐げられている、と言う文面は中々考えさせられる物があるな。後には『原則によって正当化し、尊重し、罵倒し、隠したりする』と続いていて、如何にもニーチェっぽい」
「【正当化】ってことは要するに『悪い物』を正しく見せようっていているわけだもんね。わざわざ【尊重】させないといけない様な物も、最初から【尊重】できない物とも思えるしね。そして一体何を【罵倒】したり【隠したり】しているんだろ?」
「つまる所、このアフォリズムの前半部分は【原則】の不正を訴えているわけだ。ルールって言うのは、決して公正な物ではないってな」
「本当に、そう言う卓袱台返しっていうか、前提の否定って好きだよね」
「それが無かったら、ニーチェじゃあないからな」
「それで? 例えば【原則】はどんな問題を起こしているの?」
「『女神転生シリーズ』好きにわかりやすい話しをすれば――」
「その滅茶苦茶限定的な明快さの必要性を教えて! って言うか、私メガテン知らないし」
「っち。じゃあ、アレだ。植民地支配とかがわかりやすい、一定の地域を武力で奪って、強引に自分達のルールを押しつける。相手の文化の考慮なんてしない。本は全部焼くし、言葉だって取り上げる。今までの生活スタイルを捨てさせて、信じていた神すら貶めさせて、人を支配する。それが【原則】の悪用の尤も有名な方法だろうな」
「なるほどねー。そこだけ聴くと、ニーチェが戦争批判を行っているようにも思えるんだけど?」
「んー。ニーチェは戦場の経験があるけど、その著書から戦争に対するスタンスは読み取れないかな。あくまでも俺が戦争を例に取っただけだ」
「そうなんだ」
「そう言う誤解を避ける意味でも、ゲームで表現したかったんだよ。まじで」
「超絶嘘っぽいよ……」
「で! 後半はこう続く【――だから同じ原則を持つ二人の人間の欲するものがまったく異なることもあるだろう。】ってな」
「流し読みをしていたら、何が【だから】なのか全然伝わって来ない【だから】だよね。これは【原則】が何かを【虐げ】ているもの【だから】、それを設定した人と、設定された人によって反応が別れるのは当然、ってことだよね」
「それで間違いないだろう。いつの時代も【原則】に反発する人間がいる理由の一つでもあるかもしれない。【原則】は否が応でも強制されるものだからな、どうしても違和感を覚える連中が出て来てしまう」
「『どうして人を殺しては駄目なの?』みたいな、【原則】だからとしか、答えようがない根本的な問題って少なくないもんね」
「その質問をする餓鬼は、その質問で大人が困ると分かって質問しているだけの餓鬼だから、俺は殴っても良いと思うけどな」
「か、過激だね、利人は」
「千恵だったらどうするんだよ。殴るだろ?」
「『ブラックジャック』でも読ませるかな」
「なんか微妙に効果がありそうで腹が立つな」
「後、暴力は良くないと良い子ちゃんぶっておこうかな?」
「『暴力は良くない』って言うのも、【原則】だと俺は思うけどね」
「じゃあ、良いの?」
「良いとか悪いじゃあない。暴力は在るんだ。どうしようもないさ」
「日夜、暴力撤廃の為に頑張っている方々の応援を私はしてるよ!」
「あ! さっきから好感度稼ぎ過ぎだろ!」
「馬鹿な話しはもう良いとして、つまりこのアフォリズムは【原則】の不実と、それを肯定する立場、否定する立場の二面性を語っているってことで言い訳?」
「ついでに、争いが起きる理由についても語っているな。如何にもニーチェらしいアフォリズムで良いな。この、何の役にも立たない感じ、哲学は面白い」
「それって褒めているの? っていうかさ、ちょっとスムーズに話しが進んじゃったから、何か間を繋がなきゃ。お後が宜しくないよ」
「じゃあ、ニーチェの著書【ツァラトゥストラはこう言った】から一つ。【国家は、善と悪についてあらゆることばを駆使して、嘘をつく。国家が何を語っても、それは嘘であり、国家が何を持っていようと、それは盗んできたものだ。】」
「これまた、痛快と言うか、ぶっちゃけてるね」
「【原則】の中でも最も強大な物の一つである『国』をニーチェはこう語った。今回のアフォリズムに通じる物があるように思えるな」
「税金泥棒! って言う代わりに国会議員に言ってやりたい台詞だね」
「この後、主人公であるツァラトゥストラは、それはもう、国家と言う存在をボロクソに言い切る。少しも遠慮がない。ニーチェにとって、国家と言う【原則】は余程腹に据え兼ねる存在だったんだろうな」
「相変わらず、ロックな人だね。音楽の才能もあったんでしょ? 今生きていたら、ロックシンガーとしてニッチな人気を得そうだよね」
「メジャーデビューして丸くなって売れなくなりそうだけどな」
「って言うか、売れたらニーチェじゃないんじゃない?」
「ははは。ひっでーな、お前! 人間性を疑うわ!」
「利人も笑ってんじゃん!」
「ごほん。兎に角、何度でも言うことになるが、真理なんてないし、全ては許されている。勝手にルールを作って、自分の首を絞めたがるのは今も昔も変わらないんだろうな」
「自由度が売りのゲームで縛りプレイしているみたいなものなのかな、社会って言うのは」
「その縛りの御蔭で、ゲームが面白くもなっているし、つまらなくもなっているんだけどな」
「まあ、普通に考えて一切の制限なしでなんて社会は回らないよね」
「安心しろ。勝手にルールを作り出して、大声でそれを主張する僧侶共が直ぐに現れる」
「そいつらの出現は、きっと、誰も定めていない原則なんだろうね」