【七五】【性的な特徴】
【人間の性的な特徴の程度と種類は、その人の精神の隅々にまで浸透しているものだ。】
「…………」
「…………」
「なんて言うか、アレなアフォリズムだね。【性的な特徴】って、ニーチェさん」
「いや、別に『《自主規制》の大きさが人間の器の大きさである』とかそう言う話しではないから」
「いやいや。絶対これ《自主規制》だよ。やだなー。男子ってほんと。セクハラだよー」
「いやいやいや。違うって! って言うか何でちょっと嬉しそうなんだよ!」
「それで? 利人の《自主規制》は大きいの? 小さいの?」
「中学生男子か! まあ、なんて言うか、俺のは、こう、マイルドな感じだよ」
「どんな感じよ、マイルドって。太いの? 細いの?」
「俺の《自主規制》はどうでも良いんだよ。ここまで下ネタしか喋ってねーじゃねーか! 俺はもっと知的な感じで自分を押して行きたいんだよ!」
「今更それは難しいんじゃない?」
「うん、知ってる。まあ、悪足掻きは続けよう。まず、問題の【性的】って言うワードだが、これはそこまで重要に捉えなくても大丈夫じゃないかと俺は考えている」
「初心だな~」
「張り倒すぞコノヤロウ」
「はいはい。それで?」
「要するにこの【性的】の単語は比喩として見るべきだろう」
「比喩? 何の?」
「人間が元々持っている『欲望』だとか『意欲』じゃあないかと俺は思う」
「『人間の持つ欲望の特徴の程度と種類は、その人の精神の隅々にまで浸透しているものだ。』ってこと? 確かにこれでも文章としてはしっくり来るよね。と言うか、真っ当なアフォリズムっぽいよ!」
「だろ?」
「と言うかさ」
「なんだ?」
「欲望とか性欲とか、人間のそう言う『欲求』が精神の隅々にまで浸透しているのって当然じゃない? むしろそう言う精神性が欲望に現れているような気がするんだけど」
「確かにな。でも、ニーチェに言わせて見れば【精神は肉体の玩具に過ぎない】らしい」
「逆じゃないの?」
「あくまでも肉体の健康があってこそ……ってことさ。そもそも意思だけでは何にも結びつかないしな。行動して初めて意味がある。そう言う意味でも肉体の方が精神よりも重要な物だと考えたんじゃあないか?」
「ふーん。でも、じゃあ、何で【性欲】なんて過激なチョイスにしたんだろ? やっぱりインパクト重視? キャッチーではあるよね」
「勿論、そう言った意味合いもあると思う。人間って言うのは俗だからな。下ネタなんて人が食い付きやすいもの筆頭だしな」
「三大欲求の一つだし仕方ないよね」
「ただ、ニーチェのこの【性欲】って言う比喩には、もっと意味があると俺は考えている」
「まあ、学術的な理由がないと、未成年が読めなくなっちゃうところだよ」
「お前は何を喋る気だったの!? 全年齢対象だから!」
「全年齢対象の割には、最初の辺は凄くキリスト教ヘイトだったよね。あれって今更だけど大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないと困る。これから語るのも、まあ、キリスト教批判の内だからな」
「ニーチェは吸血鬼か何かだったの?」
「人間だよ。あんまり強い人ではなかっただろうけどな。さて、ニーチェは『禁欲』と言う物が嫌いだったんだ」
「あ、私も嫌いだよ。我慢とか大っ嫌い」
「そう。正にニーチェもそのことに疑問を抱いたんだ。別に我慢することなんて偉くないんじゃないの? ってよ」
「本当に、そう言う卓袱台返し的なの隙だよね」
「その通りだ。『我慢』を『美徳』とすることに疑問を抱くって言うのは、社会の根本的なルールに異を唱えているようなもんだ。算数で言えば『1+1=2』に突っ込みを入れているのに近いのか?」
「それはそう言う物、って納得できなかったんだね、ニーチェは。良い大人なのに」
「ニーチェの大人論もその内に出て来るから期待して待て」
「期待せずに待つよ」
「それでだ、これも何回か話したことなんだけど、キリスト教の僧侶達は『自分達のルール』を作り出してそこで勝利して支配する術に長けていた。弱者であることを利用して、強者の様に振る舞う。何度も何度も説明しているが、ニーチェに取ってキリスト教と言うのはそう言う集団だ」
「私にしてみればクリスマスにケーキを食べる為の宗教だから何でも良いんだけど、ニーチェも良くそこまで宗教にムキになれるよね」
「キリスト教と言うか、当時の社会体制そのものに対する批判なんだけどな。兎に角、ニーチェ的に言わせれば、【禁欲】と言うのは、人間の持つ根本的な意志を無理矢理に封じて、それを破らせることで罪の意識を押し付けるシステムの一つだったわけだ」
「うーん。ここだけ聴くと、完全に悪者なんだよなー。奴隷の作り方と言うか、社畜の養成所と言うか」
「あながち、間違ってないかもな。ニーチェはそのまま『羊』ということもあったな。実際は『迷える子羊』を導くんじゃあなくて、迷わせているんだからきっつい皮肉だ」
「その後に子羊を導いて、マッチポンプって奴だね」
「【真理などなく、全ては許されている】。正にキリスト教はこの顕現だろうな。真理がこの世の何処にもないことを知っているからこそ、偽りの真理を語ることを自らに許しているわけだ。キリスト教であるが故に、僧侶達の精神は何処までも非キリスト教的だ」
「如何にも哲学のテキストに出て来そうな文章だね。何が言いたいのか全然わからないよ」
「支配者に対するアンチであったキリスト教自身が支配者になっちまったって話さ。大抵の物事がそうであるように、初心は忘れ去られて、都合が良い様に改変されてしまう」
「初対面の人間の顔を舐めるおかっぱ頭が、心優しいリーダーキャラになっているように?」
「悪意のある言い方止めろ! って言うか、別にそれは本末転倒ってわけでもないだろ。俺が言いたいのは、やっていることといっていることが違うってことだよ」
「じゃあ最初からそう言ってよね。難しい言葉を使わずにさ」
「気を付けるよ。兎に角、『禁欲』と言う行為はあまりにも馬鹿馬鹿しい思想の一つで合って、そんなことをする人間の【程度と種類】って言うのは察するべきだろう、ってことがこのアフォリズムの肝だと俺は考えている」
「つまり、範馬勇次郎風に言わせれば、『禁欲の果てにたどり着く境地など高が知れたものッッ強くなりたくば喰らえ!!!』ってことだよね」
「だいたいそんな感じなのか? 勇次郎の場合もしっかりと【人間の性的な特徴の程度と種類は、その人の精神の隅々にまで浸透しているものだ。】に倣っているしな」
「でもさ、そう考えると」
「考えると?」
「利人の『禁則事項』って捻くれてそう」
「うるせえよ!」