表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

135/137

【一八五】【憎しみ】

【「わたしは彼が気に入らない」。――「どうして?――」「私がまだアレに及ばないから」。――このように答えた人がかつていただろうか?】




「なんかちょっと前に【憎悪】ってアフォリズムがあった気がするけど?」

「気にせずに【善悪の彼岸】【第四篇】最終断章【一八五】【憎しみ】について話して行こう」

「最後のタイトルで被りかぁ。これが最初のタイトルと被っていたら格好もつくんだけどね」

「そんなエンタメを哲学書に求めてもしかたないだろ?」

「そりゃそうだけど」

「それに【憎しみ】はニーチェの哲学を語るには相応しいとは思わないか? 怨恨ルサンチマンはニーチェを語る上で欠かせない用語だからな。怨恨がどんなモノか覚えているか?」

「緑一マナのオーラエンチャンとだね。パワーを二上げて、トランプルまで付与する。マナコストを間違えちゃったエターナルエンチャントだよ」

「そうだな。ルサンチマン――Ressentimentはフランス語で、キルケゴールが著書で使っていたのを、ニーチェが再定義した哲学用語で、憤りや憎悪を意味する言葉だ」

「私のボケはスルー!?」

「ルサンチマンを持った人間は、言ってしまえば現実逃避が大好きになる。現実では敵わない存在を想像のなかで貶めて悦に浸る、それがルサンチマンに支配された行動の代表だ。例えば中学の同級生のあっくんは、自作デスノートにクラスメイトの名前を書くのが趣味だったけど、これは典型的なルサンチマンから発生した行動だろう。最終的にデスノートが先生にばれて、学級裁判が始まったぞ」

「……あっくん、かわいそう」

「別に虐められていたわけじゃないんだけど、俺とは違った感じに学校では浮いている奴だったな」

「いや、あっくんの話を掘り下げなくていいから」

「あっくんは自尊心の高い典型的な小物染みた厨二病患者で、自分が本気を出せばなんでもできると信じていた節があったな。教室の隅で良くウィトゲンシュタインとかカントを良く読んでいたけど、テストの点数は悪くていつも皆に『まずは教科書読め』って言われていたな。そんなあっくんは最終的に『俺は悪くない』『皆卑怯だ』と被害妄想気味になって、偽デスノート事件に至るわけだ」

「あっくん……」

「ルサンチマンに陥った人間は基本的に行動を起こさない。起すとしても、マイナス方面にしか動かない。あっくんの超絶クオリティのデスノートもそうだろ? その努力を別の方向に向ければ良いのに。殺したいって言う積極的な感情を持ちながら、やっていることは神頼みだ」

「いや。妄想のごっこ遊びでしょ」

「似たようなモノだろ? 神に祈るって言うのは、根本的にそう言うことだとニーチェは思ったわけだ。死んだ後に天国に行けるって我慢するのと、偽デスノートに名前を書いて悦に浸るのも、現実逃避の一つだってな。二つの違いは、歴史の厚みだけだ。現実逃避も極まれば文化にも、歴史にも、社会にもなる」

「つまり、世の中はルサンチマンに満ちていると?」

「ニーチェは自分が生まれ育ったヨーロッパにそれを感じていたみたいだな。そしてそれを憂いていた」

「哲学者って言うより、政治家みたいね」

「本人は、地球に救う人間と言う病を治療しないと駄目だと思ってたみたいだぞ」

「BJに皮膚移植したタカシ君かよ」

「そんなそこら中に転がっているルサンチマンだけど、その根本はとても単純だ」

「【「私がまだアレに及ばないから」】だね?」

「そう。人が人を恨む時、そこにあるのは『負い目』だ。自分の方が劣っているって言う事実が、人間の心をとても深く傷つける。能力の優劣もそうだけど、例えば産まれながらの地位の差、例えば誰かから受ける愛情、例えば成果に対する報酬。その差に耐えられない人間が世の中には少なからず存在しているわけだ」

「そう言う人達は、誰かを憎まずにはいられなくなっちゃうと」

「それだけでも最悪なんだが、憎しみの持つ力は強大だ。その内に憎しみは現実を捻じ曲げ、自分の都合のいい世界を頭の中に創り出す。放浪するユダヤ人達は、ヨーロッパの大地に定住する人々を妬んだ。自分達よりも良い暮らしをする貴族を憎み、豪奢な生活を悪として、質素な生活を善とした。そして、自分達が貴族を憎む理由を『連中が悪いからだ』と言い始めるようになった。事実や歴史よりも、感情と誇りが優先されて、キリスト教の新しい善悪が産まれたわけだ」

「アレだよね。現代で例えるなら、『社会が悪い』『政治が悪い』『日本が悪い』って言って働かないニートの言い訳ってことでしょ? 自分が悪いと思わずに、自己弁護と正当化を繰り返しているってことでしょ? その根底にあるのは、個人の能力の不足だと」

「勿論、これは真理じゃあないから例外はあるだろうけどな。さて。そんなルサンチマンを失くすためにはどうすれば良いんだろうか?」

「それは決まっているよ。世の中から全ての差別をなくして、真に平等な世界を創るんだよ。誰もが誰をもうらやまない、完全なる平等こそが世界を平和に導くんだよね?」

「絶対、反逆者出て来るパターンだよ! 或いは真の平等の為に全てを無に還すとか言い始めそう!」

「いや、流石に極端に走り過ぎたきらいはあるけどさ、実際、世の中はそう言う風に動いていってない? 色々な団体が、自由と平等を勝ち取ろうと必死じゃん?」

「LGBTとか、人種問題とかの話か?」

「そうそう」

「あれこそルサンチマンの極みだろ。あの声のデカイ連中は、自分達が少数派であることを利用して優位を得ようとしている。キリスト教と一緒だ。自分達が弱者であるから、それを武器にして戦っている。ジョジョ四部の敵スタンド使いかよ」

「その突っ込みはよくわからないけど、自由と平等は憎しみをなくさないんだね? じゃあ、利人は何が憎しみを晴らすって言うの?」

「それは【――このように答えた人がかつていただろうか?】の部分にあるんじゃあないか?」

「ん?」

「自分が人を憎む理由を【「私がまだアレに及ばないから」】って答えられる人は世の中に何人くらいいるんだろうな?」

「うーん。結構な数いるんじゃない? 負けて悔しいから、相手が羨ましいから、自分が劣っているから、だから『頑張らなくっちゃ』って思える時もあるよね? って言うか、ゲームとかだってそうだし。クシャルダオラの嵐纏いは憎たらしいけど、だからこそ戦い甲斐があるってもんでしょ?」

「クシャの閃光耐性は絶対に許さないが、俺もそう思う。人は自己の鍛錬によって憎悪を乗り越えることができる。ニーチェはそう信じていた」

「人間は決してルサンチマンに負けたりはしない! って感じ?」

「そ。さっき俺は『ルサンチマンを失くす』なんて言ったけど、ルサンチマンは人が生きる上で絶対に発生する。それを乗り越える強さをニーチェは人間に求めた。闘争こそが人類の成長に必要だと説いたわけだ」

「その究極系が超人ってこと?」

「だな」

「でも、世界はニーチェの望む方向には動いてはいないみたいだね。皆、苦しいのは嫌だし、楽したいし、誰とも比べられたくないと思ってると思うよ?

「だな。俺達は自由や平等、安寧や平和、快適や安楽を求めている」

「でも、おかげで世の中は良くなったでしょ? 悪いことなの?」

「それだ」

「どれよ?」

「『良くなった』『悪い』。俺達はついつい、善悪で考えちまう。それは誰が決めたんだ? 誰に都合が良いんだ? 誰にとっての幸せなんだ?」

「う」

「ニーチェはそれに気が付いた。自分が確かだと思っているモノは、真理なんかじゃあないってな。しかも、憎しみがその根底にあるんだ、最悪だろう?」

「まあね。でも、どうしようもなくない? 今更変えられないでしょ」

「どうしようもなくないし、変えなくちゃ駄目だろ。少なくとも、ニーチェはそう思ったんだろうな。だから、ニーチェは闘った」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ