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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一七九】【行為の結果】

【わたしたちの行為の結果は、わたしたちの頭髪をしっかりと握って放さない。わたしたちがそのために「善くなった」かどうかは、お構いなしなのだ。】




「髪の毛を掴むとか、行為の結果って奴は随分と乱暴なんだね」

「格闘技は詳しくないけど、反則技だろうな。レッドカード?」

「いやいや。暴力その物が法に触れるからね? 社会からの退場だよ!」

「あと、関係ないけど」

「関係ないなら今話さなくても良くない!?」

「『幸運の女神には前髪しかない』って表現さ、幸運の女神禿げているのかって悲しい気持ちにならなかったか?」

「本当に関係ない!?」

「なんか一説によるとレオナルド・ダヴィンチが言い始めたとかどうとか。フォルトゥなとカイロスを混同しちゃっているだとか、結構面白いバックボーンがあるみたいだぞ?」

「知らないよ! 話を戻して! と言うか始めて! 話が始まってすらないのに脱線しているから!」

「おっと。そうだった。アフォリズム【行為の結果】についてだったな」

「そうそう。前半では、私達の産み出した結果が、私達の頭髪を握って話さないとか、かなり比喩的に何かを言っているね。さっきも言ったけど、髪の毛を掴むだなんてかなり暴力的なことだと思うんだけど、これは?」

「そこは、『行為の結果』がかなりの強制力を持つって意味だと思う」

「強制力?」

「俺達が何かをする。そして何かが起きて、結果が露わになる。これは覆せない事象だろう? 例えば、千恵がコップをひっくり返して水をこぼしてしまった」

「うん。それで?」

「それで、俺が千恵の髪を掴む」

「何で!? 酷くない!?」

「そして、抵抗できな千恵の頭を引っ張って、床にこぼれた水へと顔を無理矢理近づける。で、『お前がこぼしたんだぞ!?』と言う」

「ああ。なるほど。起こった結果から目を逸らすことはできないってことね」

「そう言うこと。起こってしまったことは起こった。それを覆すことはできない。ニーチェはそれを言っているわけだな」

「当たり前の摂理だね。わざわざニーチェが言うこと?」

「ニーチェは『わざわざ言うこと?』ってことを追求した哲学者な所があるからな。そして、わざわざニーチェが言うくらいだから、俺達は案外そのことを忘れている」

「そうなの?」

「前も言ったと思うけど、ニーチェは『嫌なことがあったら日記なんて書くな。さっさと寝ろ』と記したことがある。これは『忘却』と言う人間の消化力に対して言及もしているし、今回のアフォリズムに近いことを言っているようにも取れる」

「ふむ? って言うと?」

「嫌なことがあった。それで日記を書いてどうなる? って話だ」

「ま、まあ、そりゃそうだけど」

「その日記が後悔から書かれているとするなら最悪だ。後悔をするって言うのは、ありえなかった未来を想像するってことであって、現実を見ず、都合のいい妄想に浸るってことだからな。正しくありたいって言う人間の弱さの顕著だろう。ニーチェは後悔を臆病な行為とまで言っている。結果からは逃れられないから、そこから目を背ける後悔を批判しているわけだ。結果は結果、それは変えられない」

「まあ、たしかに後悔しても意味はないよね」

「ニーチェは更に、そから『ゆるし』に話を広げて考えた」

「赦し?」

「人は後悔する生き物だ。そして、行き詰った後悔は人を苦しめる。そんな人々を利用するのが――そう、宗教だ」

「また、偏見を堂々と」

「でも、弱った人が宗教に縋るのは一般論だろ?」

「まあ、カルトに嵌るって話はありがちな気がするけど」

「宗教なんて全部カルトみたいなもんだろ」

「暴論過ぎっ!」

「で、人の後悔を利用する代表的なシステムの一つが懺悔だ」

「えーっと、狭い個室で罪を告白する奴だよね? 神父だか牧師だかが話を聞いて、最後に――」

「『神は貴方の罪を赦します』って言うだろう?」

「――うん。聴いたことがある気がする」

「神が罪を赦す。馬鹿馬鹿しい話だよな」

「ま、まあ、滅茶苦茶ではあるよね。何の権限が? って無宗教な私としては思わずにはいられないね」

「だろ? 本人はすっきりしたかもしれないが、現実には何も変わっていない。これが後半部分【わたしたちがそのために「善くなった」かどうかは、お構いなしなのだ。】の意味だと俺は考える」

「ん? どーいうこと? 何がどう、さっきの話と繋がっているわけ?」

「【「善くなった」】ここが宗教の話と繋がる」

「いや、そこしか繋がりそうな所はないけどさ」

「神は赦しを与える。悪かった過去を赦すことによって安楽を与える。これは、まあ、一般的に考えれば『いいこと』だろう。罪を告白することによって、自らの罪を認めることによって、罪が雪がれる。贖われる。懺悔は『いいこと』だ」

「懺悔が良いことって言うのはちょっと首を傾げるけど、自分の罪を告白することは良い行いってされてるよね?」

「そう言うことが言いたかったんだよ」

「でも、ニーチェ的には『告白した? だから何?』ってこと? 結果は前髪を掴んで『見ろ!』って言ってるんだぞって」

「そうそう。もっと身近な話にすると『謝ったんだから、仲直りしなさい』って奴さ」

「ああ! わかるわかる! なんだったっけ? 国語の授業か道徳の授業かはわすれちゃったけど『つまり、君はそう言う人間だったんだね』って台詞が印象に残る教材がそんな話だった気がする」

「いや『少年の日の思い出』事態はそんな小説じゃあないけどな。謝罪をしに来た主人公に対して、エーミールが取った態度は相応しいかどうか? みたいな話になったんだろうな」

「そうだったかも? 珍しい蝶の標本を盗んで壊しちゃったんだよね?」

「クジャクヤママユだったか? 主人公は自分の罪を告白した。自分の罪に苦しんで、そして、赦されたかったんだろうな」

「でも、エーミールは皮肉気に台詞を返して、主人公の気持ちは楽にならなかったんだよね?」

「このエピソードと、今回のアフォリズムが俺には重なった。結果って言うのは、必ずしも自分達にとって都合の良い物ではない。そして、取り返しがつかない。罪が赦されたとしてもそれは一緒だ。謝罪した所で現実は変わらない」

「そう考えると、乱暴な髪の毛を掴むって言う乱暴な表現も仕方ないのかもね」

「だな。それなのに、赦しを堂々と素晴らしいものように考えるのはどうだろうか?」

「そうだよね。さっきの『謝ったんだから、仲直りしなさい』もそうだけど、謝った人を赦さないといけないって言うのはちょっと乱暴だよね。加害者側がすっきりしているだけじゃん」

「と、言うわけで、これは赦しに対するアフォリズムだと俺は感じたわけだな」

「だからと言って一切謝罪しないって言うのも違うと思うけどね」

「それは勿論だ。大人しく謝った方が良い時もある。なんだかんだ言って、後悔とは違う謝罪であるならば無意味とは言えないしな」

「でも、世の中には『謝ったら負け』って思っている人もいるよね。言い訳したり、責任転嫁したりが得意な人」

「いるいる。絶対に謝らない人間って言うのもそれはそれで厄介だよな」

「まあ、私は九十九パーセント自分が悪くても、残りの一パーセントにかけて絶対に謝らないけどね!」

「奇遇だな。俺もだ」

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