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【七一】【カント】

【天文学者としての賢者。――汝がまだ星を「わが上なる」ものと感じているかぎり、認識者としての眼差しをまだもてていないのだ。】


「タイトルが【カント】ってことなんだけど、まず【カント】って何? 今までは全部日本語に訳せていたわけなんだけど、日本語に該当する単語がないってこと?」

「人の名前だな」

「ああ、そう言う感じね」

「本名はイマヌエル・カント。一八世紀のドイツに産まれた哲学者だ」

「ドイツ……ニーチェと一緒だね」

「面倒だから説明しないが、現在で言うとドイツなだけで、厳密には二人が産まれた時、国の名前は違うんだけどな」

「ふーん。一八世紀って言うことは、ニーチェとは産まれた時代はまったく被ってないわけだよね?」

「ああ。と言っても、カントは超が付く有名哲学者だから、後の時代のニーチェはその影響の下で哲学活動をしなければならないわけだ」

「まず、私としては有名な哲学者って時点でかなりマイナーなんだけど。カントさんは何した人なわけ?」

「有名なのは『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』の三批判書かな」

「そんな本を勧められたら、私はタイトルだけで投げるよ」

「まあ、今回のアフォリズムに関係しそうな話だけしよう」

「それが良いね。私の為にも」

「カントの哲学は要するに、『真理』って言うのは『個人の認識によって変わる』又、『真理その物を見ることはできない』って言う哲学だ。カントは『真理』を『物自身』と表現したわけだが」

「もっと詳しく説明して貰える? わけわかんないんだけど」

「カント以前は、真理と言う確かな物があると考えられていたんだ。誰に対しても、何処でも通用する真理がな」

「なんか、前にも聴いた話だね。真理がどうとか」

「そうだな。哲学者=真理の探究者だからな」

「哲学者は錬金術師だった?」

「と言うよりは、哲学者として真理を探究する過程で、錬金術と言う分野が開けたと言った方が性格だな。数学や芸術、天文学や地学、あらゆる学問の出発点は哲学にあると思って貰っても問題ない」

「なるほどね。それで? カントの真理ってどう言った物なの?」

「例えば、ここにメタセコイアがあったとしよう」

「また、良くわからない物を例えに出して来たね。あれだよね? 木だよね? 細かい葉っぱが沢山付いている奴」

「個人的に名前の響きが好きなんだ。メタセコイア。可愛くないか?」

「可愛いと言えば、可愛いのかな?」

「で、だ。このメタセコイアは『食べ物』と言えるか?」

「は? いや、食べ物じゃあないでしょ。夕食にメタセコイアのステーキが出てきたら切れるよ」

「そう。俺達人間にとって、これは食い物じゃあない。木材だ。だが、シロアリから見れば、メタセコイアは木材であり、食い物でもある」

「そりゃあ、そうだけど……それが?」

「つまり、個人にとって『真理』であったとしても、見る人によって『真理』とは揺らぐ物なんだ」

「でも、私達にとってメタセコイアは食料じゃあないって事実は揺らがないと思うんだけど」

「その通り。だからカントは『真理』はあるが、それは解釈する人間によって姿形を変えて得しまう。『真理』その物は決して体験することができないと説いたんだ」

「んん? それってニーチェと何が違うの? ニーチェも、それぞれの視点によって見え方や意味が変わってしまうって言う考えなんでしょ?」

「全然違うんだな、これが。ニーチェは『真理』その物を否定していて、カントは『真理』はあるけども正確に観測することは不可能だと言っている。これは大きな違いだ」

「まあ、あるとないとじゃ全然違うか。ってことは、ニーチェの哲学は、根本的にカントの哲学を批判しているってこと?」

「そうなるな。つまり、このアフォリズムはカント哲学を信じていた当時の哲学者達に向けた物と考えるのが自然かな?」

「【天文学者としての賢者】と評しているけど、ここだけ聴けば褒めているように聴こえるね。『賢者』なんて『天才』よりも聴かない褒め言葉だよ」

「うん。しかし、【天文学者】と意味深な言葉が付属しているのを忘れるなよ?」

「当然、これも比喩なわけだよね? それとも、カントは天文学者だったの?」

「ああ。彼は天文学者だった。『コペルニクス的転回』と自分の哲学を評したのは有名な話しだ」

「えっと『地球が太陽の周りを回っている』って言った人だったっけ? その人」

「まあ、所説はあるけどな。が、既存の常識に囚われていない、むしろ真逆を行く新たな発想に対して言われる言葉だな」

「なる。じゃあ、この【天文学者としての賢者】って言い方には『天文学者としては賢者だけど、哲学者としてはどうだろうか?』みたいなニュアンスが感じられるね。はっきり言うと、哲学者としてはまだまだだと言ってる?」

「続く【――汝がまだ星を「わが上なる」ものと感じているかぎり、認識者としての眼差しをまだもてていないのだ。】の文も、【まだもてていない】つまり、不完全であると言っているな」

「哲学界の大御所? 相手に凄いこと言っているよね。この時点で、ニーチェって別に成功者ってわけでもなかったんでしょ? って言うか、働いてすらなかったんでしょ?」

「一応、出版しているから! 売れてないけど作家だから! ニートがネットに書き込んでいるみたいに捉えるのは辞めよう」

「それで? ニーチェは【認識者としての眼差し】がカントには足りないって言っているみたいだけど?」

「…………散々喋って来たんだ。わかってるんだろ?」

「【認識者】として【遠近法】を知らないってことでしょ? カントの言う『真理は見る人によって受け取り方が変わってしまう』って言う考え方は、ニーチェの哲学では間違っているんだから」

「その通り。【汝がまだ星を「わが上なる」ものと感じている】ってことは、『真理なんて物が自分達とは別の場所にあると感じている』って言う意味だろう。『真理』とは手の届かない場所にある『星』であると言っているのかもしれない」

「うーん。無駄にロマンチックだね。実際は凄く煽っているわけだけど」

「煽っている。まあ、確かに煽っているな。よっぽど真理と言う考え方が嫌いだったんだろな」

「それはまた何で?」

「そりゃあ、嘘だからだろうな」

「嘘? まあ、ニーチェから見れば虚言も甚だしいんだろうけどさ」

「そう言う意味じゃあなくて、真理も『ここにない場所に正解を求めている』物だろう?」

「確か、利人は前に天国もそんな風に言ってたね。『ここではない場所に幸福を求めている』だっけ? 真理もそうと言えばそうなのかな?」

「ああ。わかりやすい例えだと、やっぱりプラトンの『イデア論』かな? 古代ギリシャのプラトンって言う哲学者は『イデア界』と言う物があるんじゃあないかと考えた。これは有名な話しだと『洞窟』に例えられる」

「どう言うこと?」

「洞窟の壁を、俺達は見ている。俺達の背後には灯りがあって、目の前の壁には影が映る」

「うんうん」

「俺達はそれを現実と呼ぶのだが、実際はただの影でしかない」

「その影の元が――『イデア』とか言われているやつなわけだ」

「そう。人間の認識とは不十分な物で、影の元を見るには哲学しかないと考えたんだ」

「カントはそこから更に進歩させて、個々の認識がある以上、絶対に真理を見ることはできないって言ったんだよね? 何とか批判の書で」

「そう。そしてそこから更に、人間の認識を批判したのがニーチェだな。この世の一切合切に真理なんて物は存在しない。ここではないどこかに、ここより素晴らしい場所なんて存在しない。だから人間は今を生きるしかない。今の生に対する執着。それがニーチェの哲学の根本だな」

「でも、今を生きるしかないって、残酷な考えとも言えるよね」

「だが、手が届かない星を見ていても仕方ないだろ。現実から目を逸らすな。ニーチェはそう言ってるんだよ」

「…………でも、最終的には発狂したんだよね?」

「そ、そういう事言うなや!」


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