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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一七一】【同情】

【認識者にとっては、同情にはほとんど笑いを誘うようなものがある。[隻眼の巨人の]キュクロプスが、たおやかな手で撫でられたかのように。】




「ギリシャ神話の神様『Cyclops』だけど、キュクロプスよりも英語読みのサイクロップスって言う名前の方が通りは良いかもな。単眼の巨人って言うジャンルの開拓者的存在であり、二次創作された一つ目巨人の化物は枚挙に暇がないだろう」

「いや。そんなにサイクロップスみたいなキャラみないでしょ。一つ目の頭が足りない雑魚モンスターでしか思い浮かばないんだけど」

「まあ、巨人ってだけで脳筋キャラになっているよな。原典から考えると、鍛冶を行う知能はあるし、そもそも下級の神でもあるからその扱いは不適当な気がしないでもないぜ」

「あ、そうなの?」

「ああ。天空神ウラノスの息子である雷の化身であり、ゼウス達に武器を創った鍛冶の兄弟。それがキュクロプスだ」

「結構な大物なんだね」

「まあ、『オデッセイア』って言う紀元前の作品では既に人喰いの化物役になっているんだけどな。偶には有能な鍛冶の巨人の一面を書いたキュクロプスがいても良いと思うんだよな」

「一つ目って言う時点で、何となくだけど不完全なイメージがつくからじゃない? 二つ目がある私達からすると、一つ目の存在の方が優れているって微妙な気持ちになるし」

「かもな。で、ニーチェはギリシャ神話に詳しかったけど、【善悪の彼岸】じゃあオデッセイアの違うシーンに触れている所もあるんだよな」

「ナウシカがどうのこうの言ってた奴だっけ?」

「そうそう。まあ、多分オデッセイアだとは思うけど、そこは本題じゃあない。これは今までも散々言って来たニーチェの『同情』に対するスタンスが露わになっていることがポイントだろう」

「【認識者にとっては、同情にはほとんど笑いを誘うようなものがある。】か。これはどう見ても、褒めてはないよね?」

「そうだな。ニーチェは同情を軽蔑する。ショーペンハウアーって言うニーチェの好きだった哲学者は同情を肯定していたんだけど、ニーチェは例によってショーペンハウアーとは距離を置いて真逆のことを言い始めた」

「どんだけ他人と歩調を合わせられないのこの人!」

「ニーチェの哲学的思想で、個人的には【神は死んだ】よりもキャッチーだったな。神なんてクソだとは思っていたが、同情まで悪く言う奴がいるなんて、世界は広いなと感じたぜ」

「そうだよね。要するに『人に優しくするな』ってことだもんね。こんな考え方が広まったら、世界って住み難そう」

「今も十分に住み難いと思うけどな」

「そう? それでニーチェはショーペンハウアーをどう批判していたの?」

「ショーペンハウアーその物を説明すると長くなるから省くけど、彼は同情を、殆ど愛と同一に考えてるんじゃないか? ってくらい重視していた。個人の苦悩を思いやる心が、個体と言う枠組みを超越する力を持ったものだってな」

「要するに、同情が人類を発展させる力だってこと?」

「極端に言えばそうなるかもな。だからなのか、ニーチェの哲学はその逆を行く。同情はするべきではないとな」

「うーん。この天邪鬼加減」

「まあ、同情に反対するのは、どちらかと言えば反キリスト教思想だな。隣人愛に対する矛盾や脆弱性から、ニーチェは同情の危険を謳った。キュクロプスがオデッセイア出典だと俺が思ったのはここだな」

「どこよ」

「ニーチェは同情を危険な物だと考えていたんじゃないかな? って思うんだよな」

「人喰いの怪物を撫でるなんて、危険極まりないってこと? でも、キュクロプスを撫でるのに笑いを誘う要素ある? ないでしょ」

「実際に撫でようとしている奴がいたら、必死で止めるだろうな。が、まあ、それだけ危険なことを自分から行っている愚か者を笑っているってことなんじゃないか? アフォリズムだから、わかりやすさ優先って感じで」

「『感じで』って言い方が軽過ぎるでしょ」

「まあ、同情については今まで散々に語って来た気がするから特に言うことはないかな」

「えぇ。確かに散々聴いて来たけどさ、タイトルにまでなっているのに何もないの?」

「うーん。俺個人として、同情は危険って意見には同意かな。まあ完全に賛成ってわけでもないけど。この同情には、色々な人がそのことについて考えて意見を言って、批判をしたりしている。俺も全てを読んだわけじゃあ当然ないけど、同情に反対するニーチェに対して否定的な人の方が多い気がするな」

「そりゃそうじゃない? だって同情だよ? 優しさだよ?」

「まあ、常識的に考えればな。同情を批判しても社会的に徳なことなんて何もないだろう。否定派の意見を聴けば納得する言葉もあるし、ニーチェの残した文章にも矛盾や駆け足で一段飛ばしな所がないでもない」

「そもそもさ、ニーチェ自身が他人に同情されるのが嫌いだったんじゃあないの? エリートからの失調でしょ? 沢山の人に憐れまれたと思うんだよね。それが嫌で、同情に対して否定的なんじゃないの?」

「どうしてニーチェ個人にそんな辛辣なんだよ。でもそう言う面もあるかもな」

「あるんじゃん。って言うか、そこまで言っておいて、同情を否定するニーチェの肩を持つわけ?」

「俺もそうだからさ。同情が許せない」

「まあ、利人はそう言う奴だけどさ。そう言う意味では、同情するのは危険かもね。利人みたいな同情嫌いに同情したら酷いことになりそう」

「俺が手酷い失敗をしたとして、俺よりも無能な連中に『ドンマイ』とか言われたら発狂するね。同情の最も腹立つのがコレだ」

「そこがイマイチわかんないんだよね。普通に『ありがとう』で良いじゃん」

「嫌だね。殆どの奴にとって同情って言うのは娯楽だよ。自分よりも優れた人間が弱っている所を見て、それを憐れんでやることによって、自分では失敗すらできない人間が自尊心を満たす。元手はゼロで良い気分を味わえて、おまけにそれを『優しさ』と呼んで美徳とする。素晴らしい価値の転覆だと思うぜ?」

「なんて言うか、超上から目線だね」

「だろ? だから同情はするべきじゃあないんだ。そんな歪んだ価値観で得る徳に何の意味があるってんだ」

「いや、利人の態度のことを言っているんだけど」

「俺は、ほら、実際、上だから」

「その自信が私にも欲しい」

「後さ、他人の苦しみを自分の物のように思うことが同情なわけだろ?」

「そうだね」

「辛気臭くないか? 俺は俺で、千恵は千恵なんだから、それぞれの苦しみは別々にもっときゃ良いんだよ」

「えー! 冷たくない!?」

「助けて欲しければ、口で言え。構って欲しくてウジウジしてるのは腹立たないか?」

「ああ。それはあるかもね。『私はこんなにも悲しいです』って態度でいられると鬱陶しいよね」

「そう言うの『同情を誘う』って言うだろ? 同情を悪用して人に優しくされたいって事なんだろうけど、そうされると同情したくなくなるんだな、これが」

「不思議だよね」

「あくまでも『同情』は『優位に立ちたい』って気持ちの表れだからな」

「いや、別に同情はそんな定義じゃあないんですけど」

「相手の思うがままに同情してしまえば、それは相手の掌の上。虚栄心を満たすにはそれでは駄目だ。まあ、同情したいって言う相手の気持ちになって考えればわかることなんだが、それが出来ないから同情を誘えないんだろうな」

「もう、私には同情がなにかわからなくなって来たよ」

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