【一六八】【エロスの神の堕落】
【キリスト教はエロスの神に毒を飲ませた。――エロスの神はそれで死にはしなかったが、堕落して悪徳になった。】
「『エロス』って言うのは、性愛や情愛を意味するギリシャ語らしいな。それが転じて、恋や愛を司るギリシャ神話の神の名前でもある。ちなみに、俺達がイメージする恋の天使キューピッドの原型であったりもする。まあ、諸説あるんだけど」
「あの弓と矢を持った赤ちゃんだよね」
「弓と矢って言い方だと、ジョジョを感じるよな」
「まあ、それは置いといて、キリスト教はやっちゃったね」
「やっちゃったな」
「毒は不味いですよ。死にはしなかったみたいだけど、これは重罪ですね」
「メガテニスト視点で言わせてもらえば、これは良くある話だな」
「私、ペルソナしかやったことないんだよね。何が良くある話なわけ?」
「何度も言ったと思うけど、キリスト教は自分達の地位を確固たるモノにする為に、他の宗教や神話を徹底的に否定した。この時、神様の多くは悪魔にされたり、キリスト教の天使にされたり聖人にされたりしたわけだ。メガテンのカオスサイドの悪魔は、そう言ったキリスト教によって神でなくなった悪魔達って言う設定なんだよ」
「はあ。つまり、エロスさんもそう言う被害者ってこと?」
「そう言う面も当然ある。が、今回は関係ない」
「関係ないのかい! じゃ、何で説明したの!?」
「趣味だ。メガテンは良いぞ」
「趣味なら仕方ない」
「それで【キリスト教はエロスの神に毒を飲ませた。】らしい。この神とか毒とか飲ませたって言うのは比喩的な表現、事象を擬人化して説明しているわけだな、わかりやすいように」
「わかりやすいの、これ?」
「少なくとも、キリスト教が加害者で、エロスが被害者だと言うことがわかりやすいだろう?」
「たしかに。でも、詰めが甘いね」
「ああ。キリスト教は毒を飲ませるのには成功したが、思惑通りにはならなかった」
「【――エロスの神はそれで死にはしなかったが、堕落して悪徳になった。】だってね。堕落させられちゃったんだ。ますます、さっきのメガテン話っぽい展開みたいだね」
「悪徳。徳に悪がついているわけだから、当然良いことではないのは字面で伝わって来るから別に説明は良いよな?」
「うーん。でも、徳って良く聞くけど、具体的にどう言う意味か訊かれたら答えに困るよね。利人はどうやって説明する?」
「『徳とはあらゆる魂に広がる内なる光なり』」
「八尾半だっけ?」
「正解。もっと簡潔に言えば、人が歩くべき道か? 人道って奴。それに外れた行いが悪徳だから、外道とかと意味合い的には似たようなものかな」
「なるなる。でも、どうして道を究めると指定暴力団になっちゃうんだろう」
「元々は仏教用語で仏法を極めた人を指す極道者って言葉だったんだが、後に任侠者に送られる言葉になって、それが短縮され、博徒や八九三さんにも使われるようになったらしいぞ」
「へえ」
「で、エロスはそんな『悪徳』になっちまったわけだな」
「あらら。神様から一転、悪い見本なんて波乱万丈しているね」
「神だって色々と大変なんだよ。エロスは元々、性愛や情愛を意味する言葉だったって最初に言ったな? これはつまり、パトス、パッション、そう言った抑えきれない人間の感情の神様だったと言うわけだ。ギリシャ神話だと、カオスとガイア、タルタロスと言った古い神々と同時に出現したと語られており、古代ギリシャ人が恋愛と言う感情に重きを置いていたのがわかるな」
「まあ、最高神ゼウスさんからして、自重していないからね」
「ちなみに、ゼウスは原初の神じゃあないからな。で、エロス=性愛は肯定された感情だった。そもそも、社会の発展の為にはマンパワーがモノを言う。労働力が多ければ多いほど、社会は巨大になる。そして労働力を増やすには、基本的に産むしかない。どこかから取って来るって言うのもあるけど、それだって誰かの子供だ。エロスして貰わないと社会は困るんだ」
「今の日本も困っているよね。少子高齢化」
「どうすんだろうな、あれ。もっとエロスしてもらわないと困るんだけど、現代社会ではエロスは閉鎖的と言うか、大っぴらに語るのは恥ずかしいモノとされているだろ?」
「別に、古代ギリシャでは全員が大声で猥談していたわけじゃないでしょ……」
「それはその通りだけれども、オリンピックが基本全裸だったりするのは知っているだろう? ある意味で開放的だったんだ」
「つまり、何処かのタイミングで、エロスは恥ずかしいモノって言う道理、徳が産まれたわけだよね? そして、その原因がキリスト教だったと」
「そう言うこと。例えば、イエスの母親であるマリアは処女で懐胎した。本来存在するエロスの工程をぶっ飛ばしている。これがギリシャ神話だったら、多分だけどゼウスが出て来る」
「絶対にそうだろうね。あの人、どれだけの妻と娘がいるわけ? 病院で診断して貰った方が良いと思うの」
「性行為依存症の患者扱いは止めてやれ。あ、唐突に蘊蓄を言いたくなったから言うけど、ヨーロッパって言う名前は、ゼウスが関係しているって言う説があるんだぜ?」
「へぇ。どう言う由来があるわけ?」
「ゼウスが『エウロパ』って言う女神を追いかけ回した範囲が『ヨーロッパ』と呼ばれているらしい」
「やっぱり病院行けよ」
「話を戻すと、キリスト教は神話の中で性行為を扱わなかった」
「つまり、エロスさんが此処で否定されていると?」
「そ。キリスト教が飲ませた『毒』の正体がコレだと俺は考える」
「なるほど。エロスさんが死んでいないって言うのも、私達人類が未だにエロスしていることから考えると納得の表現だね」
「何故、こんなことをしたのか? キリスト教の当時のお偉いさんが処女厨だった可能性が一番濃厚だと俺は思っているんだけどな」
「そんなわけがな……いや、案外?」
「冗談! 冗談はさておき! 何度も言って来たが、これは俺達に『疾しさ』を植え付ける為の手段だった」
「ああ。禁欲のお話しだね。食欲と性欲、三大欲求に厳しい制限をつけることで、自分の欲求を恥ずかしいモノと思わせるとかなんとか。そうやって、教会に対して心に負い目を無理矢理作らせたんだっけ?」
「そ。【エロスは堕落して悪徳になった。】元々は神聖だった行為を、キリスト教は疾しいモノと思わせた。神聖であるが故に秘匿されていた行為を、疾しいものであるからコソコソと行っているのだと思わせたわけだな。おまけに、『結婚』と言うエロスを許す行為を教会の独占事業にもした。エロスを上手く支配いした。この辺りがキリスト教――って言うか、大抵の宗教のやり手な所だな」
「なるほどね。無理を通せば道理が引っ込むって言うけど、宗教はそもそもの道理そのものを自分達に相応しいモノに変えちゃったわけだね。勝てば官軍と言うか、言ったもん勝ちと言うか」
「ま、世の中そんなもんだ。真理などなく全ては許されているが、人間は簡単に他人の言うことを真実だと思って認めてしまう。キリスト教はその中でも上手く立ちまわって、世界中に浸透している。今の俺達の価値観だって殆どはキリスト教の善悪に寄っているだろうな。まるで真理の証明のように、何かと『欧米では~』とか言う連中の多いこと、多いこと」
「まあ、確かに日本人らしい価値観の殆どは非効率だとか非合理だとかで悪徳になりつつあるよね」
「実際、非効率で非合理だから仕方ない一面もあるけどな」
「でもさ、別にヨーロッパだって何の問題もない理想郷ってわけじゃないでしょ? だいたいさ、進歩や進化が正義ならさ、未来から見た私達の今にどれだけの意味があるんだ? って私は思うな」
「まあ、それもエロスの堕落と一緒だ。自分達が掲げる正しさの為に、他の正しさを悪にしているだけのことだ。人間は自分が正しくないと許せない生物なんだよ。誰だって、正しく生きようとしているんだって言うのは、馬鹿馬鹿しい傑作だと思うけど」