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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【一六六】【嘘】

【たしかに人は口で嘘をつく。しかしその時の語り口で、真実を語ってしまうのだ。】




「これさ、【たしかに人は口で嘘をつく】がさ『たかしに人は口で嘘をつく』って空目って一瞬意味がわからなかったよ。たかし君が何をしたって言うんだ! って義憤に駆られたねえ。千恵は激怒したよ」

「絶対嘘だろ……」

「まあ。嘘なんだけどね。やっぱり、【その時の語り口】でわかっちゃった?」

「いや。今まで生きて来て、『たしかに』って沢山見て来たけど、一度たりとも『たかしに』って読んだことねーもん」

「たかしに」

「たしかに!」

「ごめん、ごめん。ゲシュタルト崩壊してた」

「それも嘘だし、使い方が違う!」

「でさ、冗談は置いておいて、これはまあ、真っ当なタイプのアフォリズムよね」

「真っ当?」

「嘘を吐く時は、正直に喋る時と違う。相手を注意深く観察しろって言う格言らしい格言だと思ったけど? これ以上喋ることあるの?」

「たしかにそうだな。嘘って言うのはその時の所作である程度判別ができるらしい。隠しごとがある時、千恵は極端に瞬きの回数が増えたりな」

「嘘!?」

「嘘だ」

「嘘なのかよ!」

「本当は、歩幅が少し変わるんだよな。若干右側に姿勢が崩れるし、学校の友達の話しから会話を切り出す確率がかなり上昇する」

「歩幅とかどうやって計測しているのよ。これは嘘ね」

「え?」

「え?」

「…………冗談はさておき、まあ、このアフォリズムはそれほど掘り下げる所がないような気がするな」

「本当に冗談だよね? 流石にちょっと引くんだけど!?」

「ソウダヨ」

「片言!?」

「話を戻すぞ? たしかに、これは千恵の説明だけで十分為になるアフォリズムだ。ただ、【たしかに人は口で嘘をつく。】って言う語り口調は気にならないか?」

「たしかに。なんて言うか、前の人の台詞があってこその言葉だよね」

「そう。そしてニーチェは【しかし】と繋げている」

「なるほど。ってことは――どう言うこと?」

「取り敢えず、【たしかに人は口で嘘をつく。】って返さなければならないような台詞を考えて見たらどうだ? そうすれば【しかしその時の語り口で、真実を語ってしまうのだ。】って言葉の意味もわかって来るかも知れん」

「たしかに。えーっと、でも、何って言ったんだろ? 人間が嘘吐きだって話なのは間違いなさそうだけど」

「たしかに」

「この相談者? さんは誰かに嘘を吐かれたんだよね。だからニーチェに何かを言った。例えば『利人に嘘を吐かれた。あいつは嘘吐きだ』って言ったとするとどうだろ?」

「うーん。それに対してこのアフォリズムだと、千恵の言った以上の意味があるとは思えないな。『騙されないように気をつけろよ』そんな忠告で終わりだろう」

「たしかに。じゃあ、なんて言ったんだろう?」

「千恵が俺に嘘を吐かれたとして、その後に何を思う?」

「割とからかわれているから『またか』とも思わないけど……」

「たしかに」

「でも、繊細な人だったら傷付くんじゃない? 信じていた人の嘘なら怒るかもね。悲しいかもしれないし、見縊られたと感じて悔しいかもしれない」

「なるほど。それで? そう感じた人間は嘘吐きを語る時に何を言いそうだ?」

「『私はあいつに騙された――人間なんて信じられない』とか?」

「人が嘘を吐くことを知った人間は、その人を信じられなくなるってか? もう何を訊いても嘘に聴こえて来るって奴だな」

「それに対してニーチェは、『なるほど。【たしかに人は口で嘘をつく】』ってなるわけだよ。文章の流れとしては綺麗それほど問題ないでしょう? でも、結局後半の意味は変わらなくない? 人は嘘吐きだけど、それを見抜くことは必ずできるってことでしょ?」

「そうか。なら、もうちょっとだけ考えてみようぜ? どうして、人は完全に嘘を吐くことができないんだ? 何故、嘘は必ずばれるんだろうか? ってな」

「んー。中々に難しいと言うか、盲点を突いたと言うか、答えるのに窮してしまう質問だね。それが嘘だからとしか言いようがない気がするんだけど。そうだね、嘘は現実と矛盾してるから? 齟齬があるんだから、どちらかが間違っていて、どちらかが正しくないとおかしいでしょ? だから嘘はばれるんだと思う」

「ああ。正にその通りだと思うが、俺はこのアフォリズムを読んで、もっと単純なことじゃあないかと思った」

「って言うと?」

「人間は根本的に嘘を吐くのに向いてない」

「え?」

「そう思ったんだ」

「いやいや。これは『たしかに』とは言えないよ。『たかしに』だよ」

「いや、たかし君は関係ないだろ!」

「たしかに! っと、じゃあなくてさ、人間が詐欺師だ、贋金造りだって言ってるのはニーチェでしょ? 利人だってちょくちょく馬鹿にして見下したように口にするじゃん」

「そうなんだけど、結局それは嘘があばかれた証拠だろう? 世界最大規模の宗教ですら、既に誰も心から信じなくなっていた。これって凄いことじゃあないか? 二〇〇〇年続いていた嘘ですら、最後まで人をだましきれなかったんだ。だから、俺はニーチェにこう訊ねる。『どうして人を完全に騙すことができないのか?』って」

「その返事が『たしかに人は誰かを騙す為にその口で嘘をつく』なわけ? まあ、文章としてはおかしくないけど……」

「人は嘘を吐く。でも同時に真実を自分の口で語っている。誰でもない自分自身が、嘘を吐いたその口で同時に真実を語っている。千恵がさっき言った矛盾だな。嘘を吐きながら真実を口にする。だから嘘は必ずばれる」

「どうして嘘と本当を同時に言うなんて、器用で無駄なことをするわけ?」

「俺は、人が嘘を吐くことに向いていないからだと思ったわけだ」

「そこが納得し難いんだよなぁ。人間だけじゃあないの? 嘘を吐く動物なんて」

「いや? 一部の猿は鳴き声を利用して、外敵が来たと嘘を叫んで餌を横取りすることが確認されている。擬態を嘘と言うのは語弊があるかもしれんが、多くの動物は他人の目を欺くシステムを持って産まれている。鳥類の中には託卵って言って、他人の巣に自分の卵を置く奴だっているだろ? 純粋な動物達の殆どは嘘吐きで、他人を欺いて利益を貪り、失敗した奴は死んでいく」

「そう言えば、赤ちゃんも構って欲しくて嘘泣きするんだっけ?」

「らしいな。そして、その中でも最も感情表現が豊富で、複雑に発達した言語体系を持つ人間は嘘が下手だ」

「それは何で?」

「ニーチェは【人間的な、あまりに人間的な】で【日常生活で人がおおむね正直なことを言うのはなぜか。神様が嘘をつくことを禁じたからではない。それは第一に嘘を吐かない方が気楽だからである】と言っているな」

「は?」

「嘘を吐くのは単純に心苦しいからだ。あと、後々面倒だしな。嘘なんて吐かない方が、断然生きやすい」

「めっちゃ普通の理由ね……」

「深読みをするなら『最大の嘘である神を、常日頃から信じてはいない』ってことなのかもな」

「たしかに。電車でお腹が痛い時位しか、神様なんて信じてないかも」

「そう考えると、このアフォリズムは神を語る人も、心の底では信じ切れていないって意味合いがあるのかもな」

「ま、何にせよ、意味のない嘘なんて吐かない方が良いよね」

「そうだな……そう言えば、一度だけ俺も『たしかに』じゃあなくて『たかしに』って言ったんだけど、千恵は突っ込んでくれなかったな」

「え!? 嘘? いつ!?」

「ああ、嘘だ」

「誰か! 名のある神様はいませんか!? 利人に天罰を!」


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