【一五九】【善悪への報い】
【善にも悪にも報いなければならない。しかしなぜ、わたしたちに善や悪をなした人に報いるのだろうか?】
「正義の味方って言うのは、当たり前だけど正義その物じゃあないよな。アンパンマンが愛と正義の友達であって、愛と正義そのものではないように」
「ただでさえ意味不明なことを言っているのに、補足のアンパンマンの話で一層、意味がわからなくなったんだけど? これは私の読解力が悪いの?」
「多分、千恵の読解力の問題だな。作者の気持ちをもっと考えろよな」
「それで? 結局何が言いたいわけ?」
「正義を正義として存在させる為には、正義だけじゃ駄目だろ?」
「そうなの?」
「例えば、喧嘩なり戦争なりを止めるのに武力介入をしたとする。争いを止めることは正しい行いで、大義名分ある正義だ。が、その為に更なる暴力を行使するって言うのは、正義と呼ぶのは少し抵抗がある」
「まあ、そりゃそうかな。どんな事情でも暴力を肯定しちゃったら滅茶苦茶になっちゃうだろうからね」
「だから、正義には暴力を振うことを厭わない味方が必要なんだ。暴力を為すと言う悪行を為す正義の味方がな。悪は正義がなければ自己を悪と定義できない。正義は自分の正義を守るために悪事に手を染めなくてはならない。愛も一緒だな。誰かを愛することは素晴らしいことなのに、誰をも愛することは禁じられている。その為に恋人だとか愛人だとか、愛と矛盾した特定の個人が必要になる」
「はあ。利人っていつもそんなこと考えているの? 人生楽しい?」
「意外と楽しいんだな、これが」
「それは良かった。それで? それがどう、今回のアフォリズムと被っているわけ?」
「善と善人。悪と悪人。それは分けて考えるべきだって話さ」
「【善にも悪にも報いなければならない】これは、まあ、善については賛同かな? 良いことをされたら、ちゃんと恩返ししなきゃ」
「おいおい。悪にもちゃんと仕返ししないと駄目だろ? 明確な負い目がある人間に対して手を緩めているようじゃあ、立派な悪魔になれないぞ」
「急にディスガイアの魔界みたいな価値観を押し付けて来ないでよ」
「いや、仕返しって言うと、個人的な気がするけど、法の裁きも悪に報いる手段の一つだろう? どれだけ小さな犯罪でも、法に背いているならしっかりと裁くべきだ。第一に冤罪を起さないことを大事にしているから仕方ないけど、もっと気軽に裁判が出来るシステムが必要だよな」
「そんなシステムが必要だなんて考えたこともないよ」
「俺はスマホ運転している車を見るたびに『あのスマホを爆発させるスタンド能力が欲しい』とか考えてんだけどな」
「逆に事故が増えるよ!」
「確かに」
「で? まあ、善にも悪にも報いる必要があるのはわかったよ。でも、【しかしなぜ、わたしたちに善や悪をなした人に報いるのだろうか?】って言うのはどう言うこと? 例えばさ? ゴミを捨てた人と拾った人がいたとして、ゴミを捨てた人が罰せられるべきだし、拾った人は褒められるべきでしょ?」
「そりゃ、その通りなんだけどな。だが、大抵の場合はそうならないことが多い」
「ん?」
「そうだな。俺の美しい思い出の一つに、中学時代、学校に来た人権問題活動に熱心な性転換した元男の女性が公演に来たことがあるんだけど、その質疑応答で俺はその講師とちょっと議論になって、最終的に摘み出されたってのがあるんだけど……」
「それの何処が美しいの!? ドス黒いよ!」
「もう、こっぴどく怒られたな。反省文も書かされた。学年主任が英語の教師だったから、自分の反省文を英語に訳すとか言う意味不明な行為もやらされたな。酷いと思わないか?」
「うーん。残当」
「ま、その悪行のせいで、以降、俺はそう言うイベント事で一切の発言権を失った。都庁に言った時は、都知事と会話するチャンスだったんだけどなー、ほんとなー、俺だけホテルの食堂でコーヒーだからな、これがなー」
「いや、私は先生の対応が正解だったと思うね」
「そうか? 俺の前の悪行と、都知事相手に何を言うかは別の問題だと思わないか?」
「普通に思わないけど?」
「……例えが悪かったな。止むを得ぬ事情で卵を盗んで罪人にされた人間がいたとする。その行為は確かに悪だけど、その人間が根っからの悪人だと言う理由にはならないだろう?」
「ちなみに、その人はどうして卵を盗んだの?」
「孤児院の子供が風邪を引いてな、滋養のあるモノを食べさせようとして、だな」
「まあ、そりゃ、悪人ではないかな。可哀想な人だし、次のチャンスが与えられるべきにんげんだと思うよ。って言うか、フランシーヌだよね? そして、利人はそんな事情のある人間と同レベルのケースだと思ってさっきのエピソードを言ったの? どうかしてるよ!」
「――俺やフランシーヌがそうであったように、たった一度の罪で人間の性質が決まるわけじゃあない。状況や世情が悪くて、悪事をなすしかない状況って言うのがこの世界には存在する」
「うん。そうだね。情状酌量なんてのもあるし、現代の法理念にも沿っているんじゃないかな? まあ、私は司法の理念なんて欠片も知らないけど。ただ、利人のは絶対に違うよね?」
「だが、社会は犯罪者として俺達を扱う。本質的に問題なのは社会であるのに、事情を知らない人間は個人の問題として片付けてしまう。俺の発現の機会を奪ったり、犯罪者だと罵ったりな」
「うーむ。そう言う話なら納得かな。恨むべきは社会の貧困であり、フランシーヌはある意味で被害者だもんね。罰は受けてもそれ以上の報いを受ける必要はないと思う」
「あの、俺は?」
「でも、善の場合は? 良いことをした人が、ちやほやされるのは当然じゃない?」
「…………雨が降る中、俺が捨て猫を拾って帰ったら良い人に見えるだろう?」
「まあ、ね」
「だけど、俺は興味本位で人権活動する人間に無神経な質問をする奴だ」
「認めちゃった! 自分で言っちゃった! やっぱ最低じゃん!」
「そう。猫を拾った行為は善行だけど、俺の性質を決定付けるほどの物じゃあない。『猫を拾ったから利人君は良い奴だ』なんて思って俺と接していると、点字ブロックの上に停めてある全ての自転車を蹴り倒した罪を擦り付けられることになる。――あの時は、俺だけ逃げるのに成功して、マジでゴメンな、千恵」
「まあ、あの時は上手く逃げられなかった私のどんくささもあったからね。でも、白杖もったお爺さんが庇ってくれなかったら、私は一生利人を恨むことになったと思うよ。警察官の何とも言えない複雑な表情は忘れられないよ。最悪、警察官にセクハラされそうになったって叫ぶところだったね」
「違う違う。自転車を蹴り飛ばしたのは俺だが、盲目の人間の歩行を邪魔した自転車が諸悪の根源だ。悪に報いるんだ、千恵。悪を為した俺に報いるんじゃあなくてな。勿論、盲人の為に点字ブロック状の障害物を退かした行為を褒めても良いけどな」
「勿論、あれは紛れもなく善行だね。利人を褒めようとは思わないけど」
「それならそれでいい」
「利人って本当にメンタル無敵だよね。って言うか、『罪を憎んで人を憎まず』って奴だよね、このアフォリズム」
「ああ、善行について言及はしてないけど」
「でも、中々出来ないことだよね」
「芥川龍之介なんかは、侏儒の言葉って作品で難しいことではないって書いているけどな」
「個人的な感想を言わせて貰えば、芥川龍之介はそんな殊勝な奴じゃないイメージなんだけど?」
「そこにはこうあるな『「その罪を憎んでその人を憎まず」とは必しも行うに難いことではない。大抵の子は大抵の親にちゃんとこの格言を実行している。』と」
「えーっと?」
「まあ、色々な解釈はあると思うけど、シンプルに言えば『産んでくれてありがとう』ってとこかな」
「コイツ、最後だけ良い感じにまとめやがった」




