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【ニーチェ】利人と千恵が『善悪の彼岸』を読むようです。【哲学】  作者: 安藤ナツ


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【六九】【殺す手】

【いたわるふりをして――人を殺す手を見たことのないひとは、人生をきちんと見てこなかった人だ。】


「では、【六九】【殺す手】について語ろうか」

「なんとも恐ろしいタイトルだね」

「内容も鋭いと言うか、皮肉に満ちていると言うか、尖っているな」

「【人を殺す手を見たことないひとは、人生をきちんと見てこなかった人だ。】だもんね。いやいや、普通は人を殺すシーンなんて見ないから! って言うドストレートな解釈は勿論しないんだよね?」

「当たり前だ。小学生の読書感想文じゃねーんだぞ」

「ですよねー。となると【いたわるふりをして】と言うのが当然ポイントだよね。いたわる……感じで書くと『労わる』だっけ? 大抵は好意的な行為を指す言葉だよね、これって」

「そうだな。老人を労わる、みたいな風に使う。つまり優しい振りをしながら、人を陥れる奴が世の中にはいるってことだな。だが、割とそんなもんだよな、世の中」

「シェイクスピア風に言うなら、『「正直そうなカオをしていても」、「手は何をしているかわからぬのだ」』って所かな? シェイクスピアなんて読んだことないけど」

「読んだことないのかよ。まあ、俺も四大悲劇の半分しか読んだことないから偉そうなことは言えないが」

「シェイクスピアで話を膨らませるのは無理そうだね。話を戻すと、『善意が人を殺す』って言うニーチェらしい人を疑った物の見方からくるアフォリズムだと思うんだけど……」

「お前はニーチェを何だと思っているんだ。間違ってもないが」

「これってさ、『無自覚な善意』の時と、『悪意による善意』の時があるよね」

「良かれと思ってやったことが裏目に出てしまう場合と、善意を騙って相手を陥れようとする場合ってことで良いか?」

「そうそう。後者は純然たる悪意だけど、前者は本当に善意からの行動の分、性質が悪く感じるよね」

「ああ。本当にな。どうしてわざわざ学年集会まで開いて、集合写真に画鋲刺した犯人を探そうとしたんだろうな、あの生徒指導の教師は……」

「利人のトラウマが蘇っている!」

「まさしくアレは、善意だっただろうが、俺を殺しに来てたよ。お前にわかるか? 学年全員に『かわいそー』って思われる男の気持ちが!」

「知りたくもないよ。そして本当に同情してくれた生徒なんていたのかな?」

「え?」

「もしかしたら『ざまあないね』とか『どうでも良い』とか『早く集会終わって』くらいしか考えて無くて、利人のことなんてどうでも良く思っていたかもよ?」

「何でそんな酷いことが言えるの!? お前に何かしました!? もう、善意を装ってすらないじゃねーか! ただの殺す手だろ!」

「じょーだん、じょーだん。落ち着きなよ。でも、写真の眼に画鋲刺されるとか、どんだけ嫌われていたのよ」

「だから! もう良いだろ? その話し!」

「ちぇ。で? どうせ利人はまだこのアフォリズムに対して意見があるんでしょ?」

「な、なんて強引な軌道修正なんだ……意見はあるけど、そんな質問をするってことは、千恵の中でもある程度の考えがあるってことか?」

「まあね。やっぱりポイントは【いたわるふりをして――】じゃないかと思うんだよね」

「ほうほう」

「労わるって言う行為その物を、まずニーチェだったら問題にするんじゃない? そもそも『労わる』とはどうして善意の行動なのだろうか?ってさ」

「流石に六九話目にもなると、読み方がわかって来たようだな」

「いや、これ六九話目じゃないんだけど……。でも、私が思い付くのはここまでだね。『労わる』って言うのは、『イイコト』じゃない? 勿論、ニーチェが善悪を考慮しない考え方をしているのはなんとなくわかっているけど、やっぱり善悪抜きにこの世の中を語るなんて難しいかな。お手上げ! もう、お手上げ侍だよ」

「なんだよ、お手上げ侍って。が、目の付けドコロは間違っていない」

「シャープでしょ?」

「シャープかどうかは知らんが、『労わる』と言う行為その物に対する警告がこのアフォリズムには隠されていると言うその嗅覚は良いぞ」

「えへへ」

「『労わる』確かに、これは現代の価値観からすれば素晴らしい行為だが、しかしと言うか、やはりと言うか、善行と呼ばれるに値する程度に【力への意志】を至上とするニーチェの哲学感には似合わないものなんだ」

「と、言うと?」

「ニーチェは同情することについて非常に否定的だった。同情ってさ、『同じ』って言う単語を使うだろ? でもよ、実際問題、同情する側とされる側って同じか?」

「そりゃあ、まあ、全然違うけど」

「だろ? 同情すべき状況って言うのは、明らかに彼我の間に絶対的な上下差が存在するものだ。優位な立場にある人間が、不利な人間に対して心を砕く。これは全く持って【力への意志】から出る行動ではない。強者はより高みを目指すべきであり、弱者の事を一々見るべきではないんだ」

「それが【貴族の道徳】であるって言うのは、わかりやすいかもね。自らの利益の為に戦争を起こす貴族が、下々から税金を取り立てるのに躊躇するわけがないもん」

「かなり悪意が籠った良い方に聴こえるが、まさしくそれが【貴族の道徳】の在り方だ。自らの幸せを追求することに脇目を振らない。そして、戦争は勝利さえすれば、それは国家の繁栄に繋がる。国家の安定はそのまま農民の幸せにも直結する。ニーチェの理想の道徳とはそう言った勝利によって積み立てる物だったんだ」

「でも、そんな思想が上手く根付くの? 実際には、そう言った貴族なんてこの地球上に殆ど残ってないじゃん」

「まあ、流石に戦争まで行くとスケールが大き過ぎるが、小規模では可能なんじゃないか? 例えばテストで高得点を取れば、クラスの平均得点が上がる。クラスの平均得点が上がれば、他の連中は危機感を煽られて勉強に励む。とかなんとかで、学校自体の質が上がるかもしれない。これもちょっと具体性に欠けるか?」

「言いたいことはわからなくもないけどね。誰か一人の活躍が、業界全体を押し上げるって言うのは納得できるよ。スポーツとかだと有名選手が一人出るだけで、或いは大きな大会で勝つだけで、結構盛り上がるもんね。小学生スケーターとか、ゴルファーとか」

「ぐ。お前の例えの方がわかりやすいだと…………」

「何でそんなに悔しそうなの!?」

「っち。兎に角、これが同情をしないと言うことだ。逆に同情をするって言うのは、高い場所の人間が低い場所の人間に合わせることだ」

「それの何が駄目なの?」

「俺は百円拾ってテンション上がっているのに、隣で千恵が財布落として凹んでいた場合、俺までわざわざ暗い気持ちになるなんて馬鹿馬鹿しいと思わないか?」

「気に喰わないことがあると、直ぐに私に刺々しくなるの辞めない?」

「辞めない。極端な話しになってしまうが、同情とはつまり弱っている人間に思考を合わせることなんだ。ニーチェの言う【力への意志】はより強くなろうと言う働きだ。わざわざ弱者に合わせるなんて、丸で逆の行為だろう?」

「かなり偏屈な言い方だと思うけどねぇ」

「ポジティブに言えば、弱っている人間は強い人間を見て『ああなりたい!』と強く想い、行動するべきだと言っているんだ。これって健全じゃあないか?」

「【ルサンチマン】だったけ? 確かに『羨ましい』って妬むよりは健全かな? そこまで強い人ばかりじゃあないと思うけど」

「それは弱い奴の問題であって、強い奴の理屈じゃあない」

「ふーん。ま、そう言うことにしておくとして、『労わる』って言う行為は、まず健全な行為ではないってことだね? 少なくともニーチェの思想的には認められない弱さだと」

「だな。が、【奴隷の道徳】はそれを推奨している」

「『人には優しくしましょう』ってね」

「だが、同情なんて無意味なものだ。強者を弱者の地位にまで落とす、【奴隷の道徳】らしい発想の極みだ。そんなことをしても何の解決にもならない」

「何の解決にもならない、って言うのは割と同意かも。結局さ、同情された方だって、同情されたことに満足しちゃうことが多いんだよね。可哀想って思われたいって言うの? 特に女の子には多い気がするけどさ、そう言うアピール」

「『同情されたい』って言う願望は男女に関係なく、あるだろうな。【奴隷の道徳】によって歪んでしまった強弱関係が露わになっている感情だろう。奇妙な話しだが、弱い立場の人間の方が、立場的には強いってことは往々にしてまかり通っている」

「例えば?」

「生活保護の方が、真面目に税金納めた人の年金よりも多い」

「お、おおう」

「弱者であることが、最大の長所となっているなんてわけがわかんねーよ、もう」

「もしかして、それは『同情』によって『強さ』その物がこの世界から殺されているってこと?」

「かもな。そう考えると、一体どれだけの人間が【人生をきちんと見てこなかった人だ。】に当てはまるんだろうな?」

「ニーチェの凄まじい皮肉だね」

「ああ。と、この辺りで今回は終わらせようか」

「そうだね、じゃあ、最後はあの言葉で締めようよ!」

「あの言葉? ああ、いいぞ」

「せーの」

「同情するなら金をくれ」

「同情するなら金をくれ」


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