a man jump "Edo"
長いタイトルの小説を「萌え」、「日常系」等の要素を一切入れずにで書けたらなと思い、キーボードを叩きました。
「どうなっているんだよ」
男は目の前の光景を受け入れられなかった。ついさっきまでそびえたつ摩天楼の群れの中を歩いていたからだ。昭和の象徴である真っ赤な東京タワーも未来の象徴である真っ白な東京スカイツリーも見当たらない。今目の前に広がっているのは、平屋が立ち並び、土煙まう舗装されていない道だった。
男の名前は佐藤生人。眉目秀麗成績優秀の為、高校生活を満喫し、一流大学でキャンパスライフを謳歌し、来年の4月からに一流企業に就職することが決まっていた。あまりに順調なその人生ゆえに周りの人は砂糖人生と揶揄された。…人生の酸いも甘いも…からとったのだろうか、砂糖は甘いところから佐藤が砂糖になり、生人は漢字を下から読んだのだろう。
3月、生人は卒業論文の提出も終え、卒業式以外はこれといって予定がないため、目的もなく町をふらついていた。露店販売では様々なシルバーアクセサリーが売っていた。つけ麺をやっているラーメン屋の行列に並び、麺3玉分をたいらげ、割スープを使い残りのスープまでいただく。コスプレイベント、東京タワー、町工場では切削オイルの匂いが漂う、東京スカイツリーに登り景色を楽しもうとしたが、生憎この日の東京はガスっていて遠くまで見えなかった、。大道芸人、いろいろ見たが、面白い物が他になにも見つからなくなったため、暇つぶしの暇つぶしに来た道をそのまま戻ろうと振り返った。その先にはあるはずのない世界が広がっていた。そして今に至る。
頭でも打ったか?それとも記憶障害でも起きたのか。生人は全く状況が呑み込めていない。しかし砂糖人生の佐藤生人は頭の切れる人間でもある。少ない情報から次に得られるであろう情報をいくつも推測する。今もそうだ。
道行く人は皆生人を物珍しそうな目で見ている。顔はアジア系、その服装はいわゆる和服だ。ここまででいま考えられる中で一番現実的なのは、ここが映画村でドッキリを仕掛けられていることだ。であるならどこかにカメラがあるはずだ。
自分に注がれる視線を気にせず道を進む。しかし人が多い。いくらなんでもこの人数を素人のドッキリに使うのはあり得ない。
悲鳴がきこえた。声のした方向に行くと、それまで見てきた人々の身なりとは全く異なり、右手には血と脂がべっとりとついた日本刀が握られていた。その人の足元には、断末魔上げる上半身と制御するものがなくなったためにピンと張りつめる下半身に分かれた男がいた。胴体を切られたためか、辺りには糞尿と吐瀉物が混ざった匂いが立ち込める。 それまで普段通りの生活をしていた人が突然真っ二つに切られたのだ、それまで生活臭がしてもおかしくない。
そうか分かった、これは時代劇にでてくる「切捨御免」か。結構リアルに再現している。切り捨て御免は江戸時代になって初めて条文された条例で、武士の威厳や安全を保障するための法律である。そうつまりこのドッキリは、江戸時代がコンセプトなのだと生人は思った。
考えている間に男はもう一人を真っ二つに切ってしまった。
空中で2つに完全に分かれていく胴体、肉塊が地面へと打ち付けられる鈍い音、鼓動に添うようにリズミカルに吹き出る血しぶき、そしてより一層強くなる生活臭。
「どうなっているんだよ」
生人は学校祭で自身をもって披露するほどマジックに精通している。しかし目の前で真っ二つにされるマジックなど見たこともない。
誰もが地面に横たわる肉塊と、切った男を交互に見ている。生人もそれにならい吐き気を抑えつつ男の顔を見る。
切った男の顔は、先ほど見た怒りに満ちたものを一遍も残さず消え去り、絶望と後悔と驚きに満ち青ざめていた。
意外な反応に興味を持ち、男の顔をよく見ると
「俺!?」