カエデの季節
ずっと、ずっと羨ましかった。
私も仲間に入れて欲しかった。
…三つ子だったらよかったのに。
「二人とも、もういいわ、解除」
“解除”
私は家に帰ったらいつも、この言葉を口にする。スイッチみたいな私の声が、二人に届く。
「「はい」」
「返事も敬語やめて」
「ですが、」
「聞こえなかったの?“解除”、よ」
「…………それ言われた後に、何て言っていいかわかんねぇんだよ。なあ、シロ?」
「うん。迷ったあげく、1番使い慣れた“はい”に逃げちゃうんだよね、クロ」
二人は顔を見合わせて、子供みたいな表情をして言う。
「…だったらずっとこのままでいればいいじゃない」
「「それは無理です!」」
双子が綺麗に声を揃えた。
少しだけ高さの違う音色が、絶妙なハーモニー。ミとソかしら。
「敬語」
「……いつも言うけど、俺たちの主人は楓なんだ」
「一生仕えていくんだよ、お父様とも約束した。友達みたいにずっと接することはできない」
「……、分かってるわよ、言ってみただけだわっ」
私は二人から顔を背けて、部屋を出た。「もう寝る」の言葉を忘れずに。そうしなければ二人はついてくるから、“従者”として。
分かってるのに。
だけど悔しくて涙が止まらない。
“友達みたいにずっと接することはできない”
頭の中で、永遠とリピートされる台詞。
私は制服のままベッドに潜り込んで、シーツに顔を埋めた。
小さな頃からずっと、一卵性双生児の真白と真黒とは兄弟のように育って来た。
私はリョウケの娘で、二人はヤトワレの息子だと言われていたけどよくわからなかった。
だけどある日突然、父様が二人を部屋に呼び出して、そこから出て来た二人は、もうさっきまでの真白と真黒ではなくなっていた。
『今日から、お前に二人をつける。』
父様が低い声で言った言葉を、私はすぐに理解することが出来なくて首をかしげた。
すると二人が私の前で揃ってひざまずいたのを見て、なんだか無性に寂しかったの。
線をスパンと引かれたみたいに。私たちは世界が違うのよって、思い知らされるようだった。
* *
「あれー、カエデまたいるの!」
「そういう貴女も最近出現率高いわね」
「えへへ」
“四季同盟”の肩書のもと、普段からあまり使われていない社会科教室は、放課後とか関係なしに、私たちの秘密基地のような場所で。
私は学校にいる間はほとんど此処で過ごしている。
最近では、授業中に桜や柊がサボりに来たり来なかったり。
「サクラ、三竹くんとどうなの?」
「もー、なんで皆それ聞くのよっ」
「だって気になるじゃない、私、サクラのお母さんだもの」
以前、桜の彼“三竹くん”を見るために、皆で桜の所属するテニスクラブへ行ったことがあった。
その時に出来上がった家族設定を、今でもたまに持ち出すことがある。
桜は本当に可愛くて、お母さん気分はやめられないわ。
「あたしのことなんかよりっ!カエデは?すきな人とかいないの?」
ここでたっぷりのろけてくれたっていいのに、桜は私のことを聞きたがる。それはきっと彼女が純粋で優しいからだと、私は思う。
「…あ、でも家のこととか色々あるから、そういうのも大変だったりする?」
ちょっと心配そうに、私を見上げて桜は言った。
そんな風に考えてくれる人がいるのねと驚いた。
「品定めとか、されそうね」
「しな…っ!?」
「特にあの二人が」
「二人………、従者さん?」
「ええ。私が彼なんか連れて来た日には、きっとその人を24時間体制で監視ね」
「なるほど、二人いるから、出来そうだね!」
「ふふ、そうね」
ああ、そこにツッコミを入れるのね。桜って不思議、そう思った。
「でも、そっか…すごく二人とも、カエデが大好きなんだね」
――大好き?真白と真黒が、私を?
「まさか、違うわよ。父様に頼まれて、仕方なく従者なんかやってるのよ。機械みたいに敬語使って……簡単に言うこと聞くのよ?敬語やめてって言っても、友達みたいにしてって言っても、無理だって………っ」
私は止まらなくなって、夢中でべらべらと喋った。
誰かに自分の気持ちを言う日が来るなんて思わなかった。
いつでも、どこへ行っても、私の側には二人がいて、それは嬉しいことなのに、どこか寂しかったの。
全て分かる距離で、私の気持ち、見えないフリをするから。
だからこそ、二人の知らない自分が欲しくてこの教室には来ないように“命令”した。
「あたしは…、カエデの家のこと詳しく知らないけど、それでも“護る”なんてこと、どうでもいい人に対しては出来ないと思う」
「でも…、」
「二人とも、カエデが“大切”なんだよ。敬語使っても、従者でも、その気持ちは変わらない」
「大切……」
「友達なら、あたしたちがいるじゃん!同じようにカエデが大切。でも二人は、友達じゃなくて、もっと素敵な関係。名前は違っても、カエデを想う気持ちは皆一緒だよ?」
「サクラ…っ」
私は椅子から立ち上がって、桜に抱き着いた。
私よりもずっと身長の低い桜なのに、私を抱き留めて、優しく包み込んでくれる。
桜は私の娘なのにね。
* *
その日、家に帰っても、私はあの言葉を言わなかった。
私の背後に真っすぐと立つ二人に、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、私は言う。
「肩書は何でも、私は二人が大好きよ…」
ねえ、それでいいでしょう?
二人が私を大切に思ってくれてるって、そんなことわかっていたのに、分からないフリをしていたのは私の方。
分かろうとしていなかったのね。
認めてしまえば、何だか楽になった。
ゆっくりと振り向いて、二人の瞳を見つめた。
「クロ、シロ…。
貴方たちに、私の命を預けます。一生守って貰うわ」
「「はい、楓様」」
二人は揃って頭を下げた。
綺麗なハーモニーが耳に響く。
自覚する。この音色が、私は誰よりも好きなんだってこと。
「だから……、たまには昔みたいに、3人で遊びましょう。コレは命令だわ、絶対よ」
そう言って私が微笑むと、安心したように二人も笑みを零した。
(大切な人が笑ってくれることは、こんなにも嬉しいことなのね)
まだまだ暑さを残した秋の晴れ渡った空の下、私は大切なものを見つけたのかもしれないわ。
(カエデの季節、おわり)
【楓の花言葉】…遠慮・確保・とっておきの・自制




