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四季同盟  作者: 紫雨
本編
4/5

カエデの季節

 ずっと、ずっと羨ましかった。

 私も仲間に入れて欲しかった。

 …三つ子だったらよかったのに。




「二人とも、もういいわ、解除」


 “解除”

 私は家に帰ったらいつも、この言葉を口にする。スイッチみたいな私の声が、二人に届く。


「「はい」」

「返事も敬語やめて」

「ですが、」

「聞こえなかったの?“解除”、よ」

「…………それ言われた後に、何て言っていいかわかんねぇんだよ。なあ、シロ?」

「うん。迷ったあげく、1番使い慣れた“はい”に逃げちゃうんだよね、クロ」



 二人は顔を見合わせて、子供みたいな表情をして言う。



「…だったらずっとこのままでいればいいじゃない」

「「それは無理です!」」



 双子が綺麗に声を揃えた。

 少しだけ高さの違う音色が、絶妙なハーモニー。ミとソかしら。



「敬語」

「……いつも言うけど、俺たちの主人は楓なんだ」

「一生仕えていくんだよ、お父様とも約束した。友達みたいにずっと接することはできない」

「……、分かってるわよ、言ってみただけだわっ」



 私は二人から顔を背けて、部屋を出た。「もう寝る」の言葉を忘れずに。そうしなければ二人はついてくるから、“従者”として。


 分かってるのに。

 だけど悔しくて涙が止まらない。


“友達みたいにずっと接することはできない”


 頭の中で、永遠とリピートされる台詞。


 私は制服のままベッドに潜り込んで、シーツに顔を埋めた。






 小さな頃からずっと、一卵性双生児の真白と真黒とは兄弟のように育って来た。

 私はリョウケの娘で、二人はヤトワレの息子だと言われていたけどよくわからなかった。


 だけどある日突然、父様が二人を部屋に呼び出して、そこから出て来た二人は、もうさっきまでの真白と真黒ではなくなっていた。




『今日から、お前に二人をつける。』



 父様が低い声で言った言葉を、私はすぐに理解することが出来なくて首をかしげた。

 すると二人が私の前で揃ってひざまずいたのを見て、なんだか無性に寂しかったの。

 線をスパンと引かれたみたいに。私たちは世界が違うのよって、思い知らされるようだった。






               *  *





「あれー、カエデまたいるの!」

「そういう貴女も最近出現率高いわね」

「えへへ」



 “四季同盟”の肩書のもと、普段からあまり使われていない社会科教室は、放課後とか関係なしに、私たちの秘密基地のような場所で。

 私は学校にいる間はほとんど此処で過ごしている。

 最近では、授業中に桜や柊がサボりに来たり来なかったり。





「サクラ、三竹くんとどうなの?」

「もー、なんで皆それ聞くのよっ」

「だって気になるじゃない、私、サクラのお母さんだもの」



 以前、桜の彼“三竹くん”を見るために、皆で桜の所属するテニスクラブへ行ったことがあった。

 その時に出来上がった家族設定を、今でもたまに持ち出すことがある。

 桜は本当に可愛くて、お母さん気分はやめられないわ。


「あたしのことなんかよりっ!カエデは?すきな人とかいないの?」




 ここでたっぷりのろけてくれたっていいのに、桜は私のことを聞きたがる。それはきっと彼女が純粋で優しいからだと、私は思う。




「…あ、でも家のこととか色々あるから、そういうのも大変だったりする?」



 ちょっと心配そうに、私を見上げて桜は言った。

 そんな風に考えてくれる人がいるのねと驚いた。


「品定めとか、されそうね」

「しな…っ!?」

「特にあの二人が」

「二人………、従者さん?」

「ええ。私が彼なんか連れて来た日には、きっとその人を24時間体制で監視ね」

「なるほど、二人いるから、出来そうだね!」

「ふふ、そうね」



 ああ、そこにツッコミを入れるのね。桜って不思議、そう思った。




「でも、そっか…すごく二人とも、カエデが大好きなんだね」



 ――大好き?真白と真黒が、私を?



「まさか、違うわよ。父様に頼まれて、仕方なく従者なんかやってるのよ。機械みたいに敬語使って……簡単に言うこと聞くのよ?敬語やめてって言っても、友達みたいにしてって言っても、無理だって………っ」



 私は止まらなくなって、夢中でべらべらと喋った。


 誰かに自分の気持ちを言う日が来るなんて思わなかった。


 いつでも、どこへ行っても、私の側には二人がいて、それは嬉しいことなのに、どこか寂しかったの。

 全て分かる距離で、私の気持ち、見えないフリをするから。



 だからこそ、二人の知らない自分が欲しくてこの教室には来ないように“命令”した。




「あたしは…、カエデの家のこと詳しく知らないけど、それでも“護る”なんてこと、どうでもいい人に対しては出来ないと思う」

「でも…、」

「二人とも、カエデが“大切”なんだよ。敬語使っても、従者でも、その気持ちは変わらない」

「大切……」

「友達なら、あたしたちがいるじゃん!同じようにカエデが大切。でも二人は、友達じゃなくて、もっと素敵な関係。名前は違っても、カエデを想う気持ちは皆一緒だよ?」

「サクラ…っ」



 私は椅子から立ち上がって、桜に抱き着いた。

 私よりもずっと身長の低い桜なのに、私を抱き留めて、優しく包み込んでくれる。

 桜は私の娘なのにね。





               *  *





 その日、家に帰っても、私はあの言葉を言わなかった。


 私の背後に真っすぐと立つ二人に、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、私は言う。



「肩書は何でも、私は二人が大好きよ…」



 ねえ、それでいいでしょう?



 二人が私を大切に思ってくれてるって、そんなことわかっていたのに、分からないフリをしていたのは私の方。

 分かろうとしていなかったのね。


 認めてしまえば、何だか楽になった。


 ゆっくりと振り向いて、二人の瞳を見つめた。



「クロ、シロ…。

 貴方たちに、私の命を預けます。一生守って貰うわ」

「「はい、楓様」」



 二人は揃って頭を下げた。

 綺麗なハーモニーが耳に響く。

 自覚する。この音色が、私は誰よりも好きなんだってこと。


「だから……、たまには昔みたいに、3人で遊びましょう。コレは命令だわ、絶対よ」




 そう言って私が微笑むと、安心したように二人も笑みを零した。


(大切な人が笑ってくれることは、こんなにも嬉しいことなのね)



 まだまだ暑さを残した秋の晴れ渡った空の下、私は大切なものを見つけたのかもしれないわ。







(カエデの季節、おわり)

【楓の花言葉】…遠慮・確保・とっておきの・自制


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