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暗闇に潜むもの

 ふらふらゆらゆらと、空中を舞う黒い影。

 なんだろうかと注視すると、それはコウモリだった。

 山は程近く、田んぼのど真ん中にあるような立地の学校なので、コウモリ自体は見かけないでもない。

 ただ、真昼間に飛んでいるというのは、珍しかった。

 ましてや、教室にまで入ってくるというのは。

 しかもなにか。


(雪野や天野に似た気配がする……なんだあれは?)


 灯輝は手先で冷気を練った。いつでも放てるようにする。

 女子生徒の大半は蜘蛛の子を散らすように逃げ、男子生徒は箒を振り回して追い出そうとしたり、遠巻きに様子を眺めていたりした。

 沙織はといえば、特に逃げ出すこともなく、だが少しだけ警戒はして、コウモリを見やっている。

 コウモリは男子生徒の箒攻撃をひらりひらりとかわして、教室の奥深くに入ってきた。

 かなり不規則な読みづらい動きで羽ばたいていたと思ったとき。それは。

 急降下して沙織のほうに襲い掛かってきた。


「……っ!?」


 一瞬動揺した灯輝は、しまったと思う心も凍結させ、冷気を細い針にしてコウモリに投げ放った。

 なんでこんなときに限って動揺する、と自分の修行不足を罵倒する。


(間に、合え――!?)


 必死の思いは届いたのか。

 顔をかばうように、腕を交差させていた沙織とコウモリの間に冷気の針は滑り込んだ。

 コウモリはそのままするりと軌道を変えると、開いていた窓から外に出て行く。

 第二射を撃つ体勢を解いて、灯輝は短く息をつく。

 緊張が解けて、教室の中は今の出来事に対してざわめきあった。

 そのざわめきをすり抜けて、灯輝は沙織のもとに行った。


「西塚、大丈夫?」

「うん……びっくりしたわ。けど平気よ」


 沙織は強がって笑った。少しこわばっているが、その笑顔に安堵する。

 誤魔化すように沙織は言葉を重ねた。


「ほんと田舎ね、このあたりって」

「そうだね」


 教室のざわめきが収まっていくが。

 灯輝の心のざわめきは収まらなかった。

 その心を鎮めるために――


◇◆◇


「――さて」


 夜。

 灯輝は、学校の前に立っていた。

 黒を主体とした動きやすい服装に、白くて長いマフラーを巻いている。

 まるで、忍者装束のようだった。


「まあ雪野は昔から、諜報とか工作とかが得意だったらしいし。

 周りの音が消えるんだから、隠密行動には最適だよね」


 この地には遥かな昔から、とある一族がいた。

 その人々は、異能の力を身につけていた。

 彼らは深く力を磨き、外敵はもちろんのこと、人ならざるものも退け、この地に繁栄をもたらしたという。

 地方の古い伝説だと思われているが。

 その歴史は、今も続いているのである。


「それが僕ら」


 天野本家。

 それに続く、分家のひとつ。

 それが雪野家。

 彼らはその力を生かして、今でも様々な仕事を行っていた。


「今回は、公私混同だと言われるだろうけど。

 でもあのコウモリから妙な気配を感じたのは確かだし。確かめないといけないよな、うん」


 ぶつぶつ言いながら、自転車と柵をチェーンでつなぐ。

 言い訳をする。


「深入りしないって設定を破るようだけど。僕らの力で一般人たる西塚が怪我をするようなことはあっちゃいけないんだ」


 これは例外、これは例外、と自分に言い聞かせる。

 あのコウモリは、明らかに沙織を襲うような行動を見せていた。

 あれは他の人間にとっても危険かもしれない。それは確かだ。

 それならば調査しなければならない。場合によっては駆除しないといけない。

 なんだ、立派な理由があるじゃないか。

 校舎は星空を背にして黒々と佇んでいる。

 昼間とは打って変わった、静けさ。

 それこそが。


「僕たち雪野の領域だよ」


 夜気に冴え渡る感覚が、心地よい。

 ここが自分の居場所だと、教えてくれる。


「じゃあ、ここからは『お静かに』」


 そう言うと灯輝は、首を覆うマフラーを口元まで引き上げた。

 雑念は白く塗りつぶそう。

 冷静に。冷血に。冷徹に。

 雪のように。

 さあ、全てを埋め尽くそう。

 しばらくして、灯輝の周囲が冷え始めた。

 四月としては不自然なほどに、マフラーから漏れた息が、白く染まる。

 よし、とも言わない。

 彼の口はマフラーで覆われ、なにを言う気配もない。

 鉄柵を乗り越える。着地は無論、音もない。

 昇降口は氷で作った鍵で開ける。素早くするりと、校舎に侵入した。

 月明かり星明りで、内部は青白く照らされている。

 それだけで十分、内部は見渡せた。

 昼間とはまるで違う空間へと、灯輝は踏み込んだ。

 まず、最初にコウモリを見かけた教室へ向かう。

 どこからかコウモリが飛び出してきてもいいように、警戒は怠らない。

 二階へと登る。中の気配を探り、教室の扉を開けた。


「……」


 なにもいなかった。生気のない空間だった。

 他の場所を探すために、廊下に出る。

 そのとき、遠く向こう側で気配が動いた。

 小さな黒い影を確認したと同時に、氷で作ったクナイを投げ放つ。そしてそれを追いかけるように走り出した。

 コウモリは身を翻しクナイを避け、逃げていく。灯輝はその間合いを、身を低くして一気に駆け詰めた。

 廊下の角を曲がったコウモリを追いかけ、灯輝もその角を曲がる。コウモリは、予想よりもかなり近いところにいた。

 灯輝も動きを止める。なぜかというと、その先にはさらに予想外の先客がいたからだ。

 そこにあったのは、文芸部の部室だった。

 その前に、腕を組んだ女子高生が立っている。


「ふむ――」


 部室の扉にもたれていた彼女は腕組みを解くと、傍らに立てかけてあった木刀を手に取り正眼に構えた。

 天野凛子。文芸部三年生、副部長。

 そして、天野家当代当主。

 灯輝と凛子に挟まれる形になったコウモリは、戸惑うようにその場で羽ばたき、そしてその隙を逃がさず、凛子は踏み込んだ。

 ぺちっと。

 案外と軽い音を立てて、コウモリは床に落ちた。逃げられないよう、すかさず凛子が踏みつける。


「……」


 灯輝はコウモリが足蹴にされる一連の流れを見、口元のマフラーを下げた。

 その場に跪き、名乗りをあげる。


「雪野家が一子、灯輝にございます」


 凛子はうんざりとした声をあげる。


「年末年始じゃあるまいし。普通に挨拶せんか」

「はい」


 灯輝は立ち上がると、頭を下げた。


「雪野灯輝、少々調べものがありまして参上いたしました」

「相変わらず固いな。おまえ本当に凍ってるんじゃないのか。まあいい」


 凛子は叩き落したコウモリを指差して、


「調べもの、というのはこいつのことだな?」

「はい」

「いくつか私のほうで説明できる。見ろ」


 凛子に促されて灯輝は床のコウモリを見た。

 床でもがいているコウモリに、凛子が木刀の先端を当てた。

 するとコウモリが動きを止め、そして。

 細部が崩れていき、やがて、黒い塵となって跡形もなく消えた。


「これは……?」

「うん。まあ入れ」


 そう言って凛子は、灯輝を部室に招き入れた。

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