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文芸部員は原稿を書かない

 文芸部は本好きの人間が集まる、軽めのクラブ活動、といった印象だ。

 高額な部費もなく、部員の負担も少ない。

 適当に入って遊んでいても、原稿さえ何枚か書けば、なんの文句も言われない。そんなところだ。

 なのになぜ、灯輝が入部を拒んだかというと、


「苦手な親戚が部員にいるから、というのも理由のひとつ」


 文芸部の部員は現在六名(うち幽霊部員一名)。

 一、二、三年が各二名ずつ、というバランスの取れた構成である。

 そのうち三年生のうちの一人が、灯輝が個人的に苦手としている親戚なのだ。


「西塚がいるから大丈夫かな……いや、だからこそダメか」


 のんびりと沙織を愛でて楽しんでいては、後でなにを言われるかわからない。

 それに。


「あんまり彼女に、近づきすぎてもダメだからな……」


 ぶつぶつと呟きながら昇降口を出る。

 周りの人間は彼の呟きが聞こえない。

 灯輝の周りは、音が吸い込まれたように静かになっていた。まるで、雪が音を吸い込むように。

 足音もたてずに、校舎の外に出て自分の自転車を取りに行く。

 自転車小屋からは、文芸部の部室が見えた。見えるといっても中が見えるわけではなく、窓だけがそこにあるだけなのだが。

 灯輝は、その窓をじっと見つめた。

 少し深く、呼吸をする。

 すると、周りから冷気が立ち上った。表情もゆるんだものから冷たい無表情になる。

 放射される冷気をひとつに束ね、感覚を引き絞り――窓に向かって射放つ。

 ひゅん、と乾いた風のような音がしたように思えた。真っ直ぐに飛んでいった冷気は窓に命中する。

 その途端、窓ガラスが凍り付き始めた。

 ぴしり、ぴしりと霜が降りるように白く染まり、やがて全てが凍りつく。

 が――

 ぱりんと氷が剥離し、砕け、そこにはなにもなかったようにいつもの窓があった。

 灯輝はそれを見て、苦い表情になる。


「姿も見せずにこれか。まったく、本家の姉様は化け物だな」


 そう言うと、灯輝は音もなく逃げ出した。


◇◆◇


 沙織は、三年生の一人が窓の外をじっと見ているのに気づいた。


「天野先輩? どうかしましたか?」

「なんでもない。ちょっとしたいたずらを見つけただけだ」

「ふぅん」


 天野凛子は声をかけられるとすぐ、視線を窓から外した。

 ポニーテールにした黒髪がさらりと揺れる。

 文芸部の部室には、ほぼ全員が集まっていた。

 ほぼ、というのは当たり前のように仙家がいないからである。

 三年の部長、赤井至六郎が自分の手札を睨みつけながら、そうそう、と沙織に言う。


「仙家のことだったな。あいつのことは俺も見たことがない」

「そうですか……」


 仙家を除く文芸部員は、皆で大富豪(地域により大貧民)に興じていた。

 五人で机を囲み、ほどよく盛り上がってきたところで、沙織は、前から気になってたんですけど、と話を切り出したのである。

 至六郎はしばし迷った末、クラブの10のカードを出した。


「俺が二年になって、確か……四月の終わりくらいだったかと思ったな。部室に来たら仙家の入部届があったんだ、よろしくお願いします、と書き添えてあった。

 クラスや出席番号は書いてなかったな」

「なんちゅー怪しい話なんですか……」


 正直な感想を述べたのは、一年生の向田陽介。彼は手札からスペードの11を出した。


「……イレブンバック」

「あ、そうか」


 陽介の隣でぼそっと呟いたのは、同じく一年生の筑紫幸姫。陽介とは幼馴染の、小柄な少女だ。

 彼女は手札からダイヤの9を出し、山札に置いた。

 沙織は手札から中途半端な位置の、ハートの6を出した。


「考えたんですけれど、そういうことなら一年生、今の二年生とは限らないんじゃないですか?」

「たぶん仙家は今二年生な気がするんだよな。俺の勘だが」


 凛子がハートの4を出すのを確認しながら、至六郎は続ける。


「なんとなくの憶測でしかないが、あいつくらいの熱心さがあるなら、二年から入部とか中途半端なことはしないと思うんだよな。あ、パス」


 全員がパスと言って、流れる。


「まあ、顔は見せないが、あれだけちゃんと原稿を出してくれるんだ。なにか事情があるのかはわからんが、それを補って余りある活躍だ。特例で部に席を置いている」

「いいんだ、それで……」


 苦笑いする西塚に、至六郎はにやりと笑った。


「いいのさ。文芸部は原稿を書いてくれるなら、老若男女、幽霊でも妖怪でも大歓迎さ」


 部長らしいのかなんなのか、そんな台詞を言う至六郎。

 凛子がダイヤの7、至六郎がクラブのキングを出す。

 陽介がスペードのエースを置き、幸姫はパスを宣言した。


「そっか、先輩たちならなにか知ってると思ったんですが……」


 言いながら、沙織はダイヤの2を出した。


「進んで顔を出してくれるならまだしも、事情がありそうなところを無理に引っぱってきたくはないからな。ここはそういうところじゃないんだ。

 ん、誰もいないか?」

「いや、出すぞ」


 凛子がジョーカーを出した。


「確かに、原稿を書いてくれるなら、誰でも大歓迎だな」

「なんでもないことのようにジョーカー出すよな!? おまえは!」

「そして8切りであがりだ」

「ほとんど反則だぞ、そのコンボは!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ部長をよそに、沙織はため息をついた。あまり有力な情報は得られなかったように思う。


「だいたい8切りした後に1を出すのはどういうことだ!? 次の人に優しくないぞ!?」

「せんぱーい、出すのないなら早くパスしてくださいよ」

「(こくり)」


 陽介がせっつき、幸姫がうなずく。至六郎は力強く「パぁス!!」と宣言した。

 文芸部はおおむねそんな部活だった。

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