忍び奥手の雪使い
校舎の屋上で、凛子は灯輝が倒れるのを見た。
手すりにもたれかかる彼女の後ろで、一匹のコウモリが舞い降り、人の形を取る。
仙家は、立っているのも辛いというような立ち膝だった。その姿は風に揺らめき、今にも消えてしまいそうだった。
『……見てたんですか』
その声も、気をつけないと聞こえていないくらい、ささやかなものだった。
凛子は手すりに肘をついたまま、顔を仙家のほうに向けた。
「ああ。わりと最初からな」
『西塚サオルの実体化は、あなたの仕業ですね』
そんな姿になってまで、仙家の眼光は厳しい。こちらを睨みつけてくる仙家を、しかし凛子は涼しげに流した。
「誰かさんが一度、おまえとノートを切り離してくれたからな。あれでだいぶやりやすくなった」
『あのタイミングで彼女が出てくるなんて、いくらなんでも都合がよすぎると思ったんだ……』
事は全て、最強の手のひらの上というわけだ。
忌々しいにも程がある。
「なあ仙家。灯輝は気を失っているぞ。今ならやつを乗っ取ることができるんじゃないか?」
灯輝は地面に崩れおち、ぴくりとも動かない。目を覚ます気配もなかった。
本当に嫌そうに、仙家が言う。
『わかってて言ってるのが本当にむかつくのですが……今彼に取り憑こうとしても、逆にそのまま食われるのが関の山ですよ。
……誰のせいでこんなことになったと思ってるんですか』
「まあそう怒るな」
凛子がひらひらと手を振る。
「おまえはただ、生きようとしただけだ。その点に関してわたしは否定するつもりはないし、むしろそれでいいと思っている。
ただ、そっちかそこまで本気でやってくるなら、こっちも本気を出さないとだめだろう。
生きているのは、誰だって同じだ」
『だから、ぼくの邪魔をしたと』
「自分一人でいきがったところで、どうにもならんだろう。
人に関わって、人に影響されて、それがおまえの望む『生きる』ってことなのではないか?」
『……』
仙家が黙って、目を背けた。
しばらくの沈黙のうち、凛子が言う。
「なあ仙家。おまえが取ろうとした手段以外にも、おまえが生き延びる方法はあるんだよ」
『……!?』
驚いた様子で、仙家が凛子を見た。凛子はつかつかと歩き、仙家の目の前に手を差し伸べた。
「私が卒業してこの場にいないようになったとしても、おまえが消えてなくなることがないように。私がおまえに、力を与えることができる」
『――』
「まあお前が、私に助けを求めれば、だが」
『……からかってるんですか?』
「誰にものを言っている。わたしは『当代最強』だぞ」
差し伸べられた手を、しばし見つめる。
迷うように視線は揺れ――そして仙家は首を横に振って、挑戦的に笑った。
『あなたに助けを請うなんて、真っ平ごめんだ』
手ひどく言われたはずの凛子は、最初からそれがわかっていたかのように、かはは、と笑った。
「なるほどなあ。意地っ張りなのは西塚ゆずりか」
『ぼくと彼女を一緒にするな』
憮然とした調子で、仙家が言う。
『どこぞのありふれた話みたいに、『おまえは俺だ! 俺の中に帰って来い!』とか言って、生み出された影が主人公と一つになって、反撃が始まるなんて展開、ぼくは認めませんよ。
ぼくは、ぼくだ。誰がなんと言おうと、決して誰かの影なんかじゃない』
凛子は笑う。
「まあいいさ。せいぜい限界までがんばってみるといい。
それでもだめだと思ったときはいつでも来い。助けてやる」
『……雪野さんがあなたを苦手な理由、わかるような気がします』
ため息をつくと、目の前になにか飛んできた。反射的に受け取ると、それは沙織のおみやげのポストカードだった。
『……これは、ノートと一緒に燃えたはずでは』
もっともな疑問に、凛子はさも当然といった体で「最強だからな」と言った。それでなんでも解決らしい。
「そのポストカードには、西塚がおまえに会いたい、存在していてほしい、という思いが詰まっている」
『――』
「それがあれば、当面は大丈夫のはずだ。これから先のことは、また考えればいい」
『これから……』
「受け取ってくれるな?」
ポストカードと凛子を交互に見、戸惑いながら仙家は訊く。
『……ぼくは、あなたに消されてもしょうがないような存在だ。それなのにどうして、あなたはぼくを助けようとするんですか?』
「そんなの決まってるだろう」
なにを今更、と凛子は言う。
「おまえはちゃんと原稿を書いてくれる、わたしのかわいい後輩だからな」
『――』
「先輩が後輩を助けるのに理由なんて要らない、そうだろ?」
『……くそ』
仙家は悪態をつくと、その場から溶けるように消えた。ポストカードは残らなかった。仙家が持っていったのだ。
やれやれ、と一息つくと、凛子は再び灯輝を見下ろした。
相変わらずぴくりとも動かない上に、あの失血量だ。そろそろ助けてやらないとまずいだろう。
「まったく、世話の焼ける後輩どもだ」
凛子は心の底から愉快そうに、笑った。
◇◆◇
「……」
灯輝は目を開けた。うっすらとした明かりが差し込んでいる。まだ夜が明けて間もないようだ。
意外にもはっきりとした意識で辺りを見る。この場所は知っている。天野家の離れだ。布団が敷かれ、自分はそこに寝かされている。
起き上がると身体のあちこちが痛むが、手をやると包帯が巻かれていた。誰かが手当てをしてくれたらしい。
「目が覚めたようだな」
そう言って、凛子が入ってきた。天野家の当主は灯輝が布団から出ようとするのを手で制して、傍らに座った。
「昨夜は結構な傷をこしらえていたからな。手当てをしておいたぞ」
「ありがとうございます」
感謝を述べる反面、また恥ずかしいところを見られた、とも思う。
ばつが悪い思いをしていると、凛子が先に口を開いた。
「『君は一人じゃないんだ! 僕がここにいる!』」
「うわあああああっ!?」
いきなり一番恥ずかしい台詞を言われて、灯輝は身体が痛むのも構わず身悶えした。
「『だからもう、一人で泣かないで。
いつか君に救われたように、今度は僕が君の力になる』」
「やめてええええええ!?」
改めて他人の口から言われると、相当に恥ずかしい。しかも凛子の淡々とした口調で。
顔を真っ赤にして枕に顔をうずめ、しくしくと泣いていると、凛子は満足いったようにうんっとうなずいた。
「それだけ元気なら、もう大丈夫だな」
「……その確認のためだけに、僕をこんなに辱めたと?」
「まあそう言うな。確認は必要だ。輸血は上手くいったようだ」
「輸血?」
枕から顔を上げる。確かに、貧血の症状はない。凛子の言う通り、輸血が行われたのだろう。
ただあの夜中に、一体、誰が。
「きのうの夜な、雪野の家全員に連絡を取って、おまえに血を分けてやれる者はいないか、と訊いたんだよ」
「……」
「そうしたら出てくるわ出てくるわ、おまえの親や親戚筋、こぞって天野家に押しかけてきたぞ。
なにが冷静に冷血に冷徹にが信条かなあ、雪野家は」
「そう、ですか」
周囲の人間の意外な反応に、灯輝は戸惑った。雪野の忍びたちが、まさか、そんな――
「遊静さんも南極から帰ってきていてな。血を分けていったぞ」
「祖父がですか!?」
一番意外な人物が出てきた。あの祖父が勝負に負けた自分を助けるなど、思いもしなかった。
まさか、そんな。
「遊静さんはおまえと血液型が違うんだが、そこはわたしがなんとかしておまえにぶち込んでおいた。安心しろ」
「ええええええええっ!?」
ある意味一番の驚きだった。当代最強はなんでもありだった。
戸惑いを隠せずにいると、凛子が言う。
「簡単なことだ。思っていたより、おまえの周りは、おまえを助けたいと思っているんだよ」
「……あ」
「一人になんか、させてやらないぞ。おまえはいつでも我らと共にあるのだ」
「……」
ぎゅ、っと。
胸元に手を当てる。
その下で心臓が脈打っていた。
どくん、どくん、と、皆から分け与えられた血が、全身に巡っている。
温かい血潮が、心を包む。
涙が出そうになった。凛子の手前、なんとか堪えて言葉を搾り出す。
「……祖父は、なにか言っていましたか?」
「ん?」
凛子は思い出すように宙に視線を移し、ああ、と言う。
「『少しはマシな顔をして立ち上がるようになったじゃないか』とか、そんなことを言っていたな」
「そうですか……」
幼き頃に、うつろな目をして立ち上がった自分は。
今になってようやく、少しは認められるようになったらしい。
目を閉じて、その言葉を噛みしめる。
凛子が言った。
「灯輝、我らの力は、その心のありように、深く根ざしている」
「はい」
「望めば強くなり、乱れれば弱くなる。我らの心の強さはそのまま、我らの強さとなる」
凛子はそこで言葉を切り、灯輝をじっと見つめた。
「おまえは今どうだ、心を強く持てているか?」
心の奥まで見透かす、真っ直ぐな視線。それを怯まずに受け止めて、灯輝は己の中を見つめた。
いつものように真っ白な世界の中に。
埋もれず、真っ直ぐに立った自分がいた。
「――はい」
「うむ、よろしい」
凛子が微笑む。
「一時はどうなるかと思ったが、結果として今までより自由に力を使えるようになったな。それに免じて、今回の失態は許してやろう」
「今までより自由に?」
灯輝は試しに、自分の手に冷気を集中させた。そこに集まったのは、今までより濁りのない、クリアな力だった。
「これは」
「まあ、そういうことだ。今まで以上に精進しろよ。以上だ」
「お凛様」
凛子が立ち上がり、部屋を出て行こうとする。と、そこで立ち止まり、こちらに背を向けたまま言った。
「強くなれよ、灯輝。おまえはまだまだ強くなれる。わたしたちが求めているのは、そういう力だ」
日が昇ってきて、この離れにも、だいぶ光が射してきた。その光の中に出て行きながら、凛子はひらひらと手を振った。
「じゃあな。今日もちゃんと学校行けよ」
ぱたん、とふすまが閉じる。それをしばらく見つめて、灯輝はぽつりと言った。
「……強くなるって、難しいなあ」
こんなのばかりじゃ身が持たないぞ、と本気で思った。
◇◆◇
いつものように、学校へ行く。
サオルによって焼失した木々、自分が霜柱だらけにしたアスファルトは、跡形もなく修復されていた。おそらく凛子がやったのだろう。便利なことだ。
たぶん、昨夜のサオルのことは、沙織は覚えていないはずだ。
いくら意思が強いとはいえ、彼女はこちら側の人間ではない。仙家の言っていた生霊、というのが一番しっくりくる存在だ。でなければ訓練もなしに、あんなふうに炎を生み出せるはずがない。沙織とサオルは同一人物でもあるが、本体と影のように繋がっているだけで、それぞれ別個のものだった可能性が高い。
まあ、そう思っていても、少し気恥ずかしい。
けれど今なら、沙織ともう少しちゃんと話せるはずだ、と思って、灯輝は教室に向かった。
きっと、まだ落ち込んでいるだろうから。なにか言葉をかけられればいい。
教室に入ると、沙織がいた。おはよう、と言おうとしたとき。
「あ、灯輝おはよう!」
とても元気に挨拶された。
「……おはよう?」
あれ、なんか昨日までと様子が違うぞなんだこれ、と思っていると、沙織が灯輝に一枚の紙を差し出してきた。
ルーズリーフだった。そこには手書きで数行、なにか書かれていた。
西塚さんへ
このあいだはひどいことを言ってしまって、すみませんでした。
事情があってしばらく書き込みもできず、不安に思っていたかと思います。
あまつさえノートを汚してしまったので、こんな紙で重ね重ね申し訳ありません。
ポストカード、ありがとうございます。いただきます。
「……」
「仙家くんが、返事を書いてくれたの!」
沙織がとても嬉しそうに言ってくる。灯輝は無言でルーズリーフを返した。あのポストカードも燃えたんじゃないか、とか、いろいろ突っ込みたかった。
沙織は丁寧にルーズリーフを折りたたみ、鞄にしまう。
「よかった。仙家くん、怒ってたんじゃなかったのね」
「そうだね」
そうかなあ。めっちゃ怒ってた上で、かなり色々あって結果としてこうですけど、と思わないでもなかったが。
なぜかはわからないが、仙家は灯輝の頼みを聞いてくれるつもりになったらしい。あの後なにか、思うところがあったのかもしれない。
たぶん、今もこのやりとりを見ているのだろう。一応、ありがとう、と小さく呟いてみる。
しかしそれにしても、沙織のこのテンションの高さはなんなのだろう、と灯輝は不審に思った。
まさか昨日のことを覚えていたわけではあるまい。覚えていたら、灯輝に対してこんないつも通りの態度ではないだろう。
「西塚、なんだか楽しそうだけど、なにかあったの? なんか、仙家さんのことだけじゃない気が……」
「あ、わかる?」
はあ、といつもの癖で生返事をしていたら、予想外の答えが返ってきた。
「昨日の夜、夢に戦巫女ユウガオが出てきたのよ」
「……え?」
嫌な予感が全身を巡る。
「やっぱり夢だから記憶が曖昧なんだけど、なんかねえ、私がユウガオになって、すごい悲壮に戦ってたの」
「えー……と」
「彼女は必死に戦い続けて、自分はもう一人でもいいんだと言い聞かせて、自暴自棄になっていた」
「ふ、ふうん」
「でもそんなとき、彼女はかつての盟友であった、雪使いの男と再会するの」
待て待て待て。先を聞くのが怖くなって制止しようとする。しかしそれよりも先に、沙織は続けた。
「彼はユウガオのその有様を見て、彼女を止めようとするの。けれどユウガオはもう止まらないわけ。けれど雪使いはあきらめずに、彼女の説得を続ける。
そして――その思いはようやく、ユウガオに届いた」
「……」
「晴れて一人は二人になって、まだまだ続く旅の空、ってね。
よーし、戦巫女ユウガオ戦記、定まらなかった最終話がようやく見えてきたわ! 忘れないうちに書くわよー!」
「……うわー」
雪使い、とか。
あきらめずに説得する、とか。
(現実と微妙にリンクしてる……!?)
冷や汗が止まらない。そんな灯輝をよそに、沙織は夢での出来事を書いたメモとにらめっこを始めた。
「起きたらもう、記憶がぼやけてて……。忘れないうちに書きとめようとしたけど、ほんと断片よね。
でも、ちょっと覚えてたのはこのセリフで……『君は一人じゃないんだ! 僕がここにいる!』とか」
「うぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
本日二度目。
のたうちまわるしかできない状況に、さらに沙織が追い討ちをかける。
「ほんと、クサいセリフよねー」
「軽く笑って全否定されたああああ!?」
「今時、こんなベタなセリフって使われる? 少女漫画でも使わなくなったんじゃない?」
「やめて、もうやめて! もう誰か、僕を、僕を殺してください!?」
混乱のあまり頭を机に打ちつける。
沙織はメモに視線を落として気づかないまま、しかし、えへへ、と笑った。
「でもね、クサいかもしれないけど……なんかこの言葉で、私も救われたような気がして、ね」
「え……」
「ちょっと疲れてたから。なんか、一人で考えすぎてたなーって、思ったのよ」
「西塚……」
彼女の表情は、きのうまでのものとは違っていた。これまでの、どこか追い詰められたような暗い熱気が消えて、憑き物が落ちたようにさっぱりした顔をしている。
「ま、問題が解決したわけでもないけれど。誰かいるだけで、立ち向かう力は持てるのよね、きっと」
「うん……そうだね」
一人孤独に泣いていた炎の巫女は。
一緒にいるよ、と約束してくれた雪使いに、心を動かしてくれた。
「さーてと。そしたら今の状況からどうやってこの展開に持っていくか、考えなくっちゃね」
「やる気がすごいなあ」
「当然よ」
いつものように不敵な笑みを浮かべて、沙織は立ち向かう。
そんな彼女の顔がもっと見たくて、灯輝はある行動に出た。
望めば強くなる、というのなら――
「……あのさ、西塚」
勇気を持って、その一歩を。
「なに?」
こちらを真っ直ぐに見つめてくる視線に、思わずたじろぐ。今朝は凛子を相手にしても臆さなかったのに、なぜ今は、こうも揺らいでしまうのだろう。
けれど、今までと違うのは。
自分の中にあるこの熱は、もう拒絶する必要がないということ。
だから踏み出すのだ。その近くへと。
「携帯……買ったんだ」
「ほんと!?」
ぱあっ、と彼女の表情が輝いた。そう、それだ。
それを、ずっと見ていたいんだ。
「メアド教えてよ! ようやく今時の高校生になったのね!」
「うん」
ようやく、今時の高校生として彼女に接することができる。生まれて初めてといってもいいその感覚に戸惑いながら、沙織とメールアドレスを交換した。
登録が完了する。再び執筆作業に戻る彼女を、正面から眺めた。最初の一歩としては上出来だろう。心臓の鼓動は早いのに、不思議と心は穏やかだった。
この熱にどれだけ近づけるのか――それはこれからの自分次第だ。
微笑ましい気持ちで沙織を眺めていると、ふいに、彼女が顔を上げた。深く悩んだ表情をしていて、まだなにかあったのだろうかと不安がよぎる。
「……どうしたの?」
今度は見て見ぬ振りはしない。沙織がなにかを悩んでいるなら、今度はそれを一緒にそれを、考えていきたい。
そう誓ったから、灯輝は沙織に、そう訊いた。
彼女はペンで額をコツコツと叩きながら、なにかを思い出すように言う。
「いや、きのうの夢のことなんだけどね」
「……うん」
きのうあったことに、まだなにか消化不良なことがあるのだろうか。多少の心の準備をして、灯輝は続きを聞いた。
「なんでキスしてくれないんだろうなあ、って思ったのよ」
「……は?」
想定をはるかにぶっちぎった単語に、思考が停止した。
そんな灯輝に向かって、沙織は言う。
「いや、雪使いの男がユウガオを説得するわけじゃない。夢の中だからユウガオの気持ちが私にもわかったんだけど、ユウガオはそのとき思ったの。『なんでキスしてくれないんだろう』って」
「なん、で、って……」
あの場面で、それは、無理だろう。
「だって、物語の中でいったらそういうシーンじゃない?」
弱気になる灯輝に、間髪入れず容赦ない一撃が飛ぶ。
感動的な説得の場面で、思いがようやく、彼女に届く。
ストーリー的には、それがないと締まらない――。
「雪使いの男は、きっとユウガオのことが好きだったのね。だからどれほど拒絶されても、彼女を救おうとし続けた」
「そ、そう、なのかもね」
なんだこれ。
自白の強要?
拷問には強いと自負しているが――これは、耐えられるか?
あれが夢だと思っているだけに、とんでもなく性質が悪い。
その極めつけの言葉を、沙織はさらりと口にした。
「ユウガオもきっと――彼のことが、好きなのよ」
「――」
それを聞いて。
今度こそ完全に、思考が真っ白になった。
「だから、突き放してもついてきてくれる彼に、甘えるように駄々をこねて――最終的に、落ち着いた」
あれは、そういうことだったのか……?
甘える、なんてレベルではなかったと思うのだが。
そうは思ったのだが、受けた衝撃が大きすぎて、氷像のように固まっているしかない。
そんな灯輝に、火線が絡む。
「でも落ち着いた同時にユウガオは、『なんでこの男はここまで言っておいて、抱きしめてキスしてくれないんだろう』って不満にも思った」
「不満……!?」
『これからも、よろしくね』――ユウガオの言葉が、灯輝の脳裏に甦る。
実はあれじゃ、不満だったんですか。
これからもよろしくというなら――僕は、どうすればいいですか。
「だからね、私が戦巫女ユウガオ戦記のこのシーンを書くときは、入れようと思うんだ」
「……な、なにをデスか?」
答えはわかりきっているのに、そう口にするしかなかった。
身体が震えて、脂汗が止まらなくて――心臓がバクバクいっている。
「なにって――キスシーン」
「ぐはあっ!?」
巻きついた火線は、熱を撒き散らして爆発した。
堪えきれずに胸を押さえて、灯輝は突っ伏す。
それはまだ早い、それはまだ早いです西塚さん……!
最初の一歩から灼熱地獄の熱さに焼かれて、顔から火が出そうになる。
「それがないと、物語的に盛り上がらないもの。ユウガオだって――それを望んでるんだし」
西塚沙織は――それを望んでるんだし。
きのうは灯輝を焼けなかった猛火を、今になってユウガオは放ってきた。
正直もう、灯輝は消し炭になっている。
「ねえ、そのほうがいいわよね?」
「……僕に、どうしろと?」
眩しすぎるその熱から、身を守るように頭を抱えて灯輝は言う。
そんな彼に、サオルは、沙織は容赦しない。
「どう……って」
それが彼女の、力の源。
焼き尽くさずにはいられない、向かう情熱――炎の性。
「このシーンが書けたら、読んで感想聞かせて」
「死ぬかもしれない……」
本気でその覚悟をする。
そのシーンが出来上がるまでに、自分は果たして、どれほど心を強く、持てているだろうか。
「大丈夫よ。もう先は見えたんだもの。あとはそこに向かって書き続けるだけって、さっきも言ったでしょ」
ユウガオも、雪使いも、生き続けて――一緒に向かうだけ。
二人のその、結末に。
果たしてそれは、どんなものなのだろうか。
先の見えない旅なれど。
あなたと歩めば、怖くない。
「じゃ――これからもよろしくね」
見れば沙織は、再び自分の物語と格闘を始めていた。
約束したその結末に向かって、戦い続け――進んでいく。
「よろしく、ね……」
それだけなんとか答えて、灯輝は考える。
熱い、熱い、この炎の傍に、これからも居続けるには――
「まだまだ、修行し続けろってことなんだろうなあ……」
本当に、身がもちそうにない。
この先の未来を紡ぎ続ける彼女の傍で、灯輝は目を細めてそう思った。
真っ白いこの世界の中で――自分を温めてくれる、その熱を感じながら。
読んでいただき、ありがとうございました。