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我ら、物語によりて世界を更新せん

 月の光が窓から差し込み、朧に部屋を照らし出す。

 夜の学校。光の加減で極端に表情が変わる、その生きた見本。

 いや、生きてはいないのか――自分と同じように。そんなことをつらつらと考えながら、仙家正文は文芸部の部室に座っていた。

 明かりは点けていない。必要がない。

 むしろ半透明なその姿は、明かりなど点ければ消えてしまうのではないか、とも思えた。


「……」


 彼の見つめる正面には、沙織が置いていった、鳥の絵の描いてあるノートが置いてあった。

 昨夜も目にしたそれだが――手に取ってみると、そこに込められた想いが、少し強くなっているように感じられた。

 彼女が他人を求める、その想いが。

 その想いに触れて、それを理解しながら。

 仙家は迷うを振り払うように首を振った。


「ぼくもそう、あなたと同じだ。努力も手段も惜しまない」


 そう言って彼は、部室に転がっていたシャープペンシルを手に取った。


「そうしなければ、生きていけない」


 ページを、開く。


◇◆◇


「で、今日もまた、書いてあったんだね?」


 沙織の顔を見れば質問するまでもなかったが、灯輝は沙織にそう言った。

 にこにこと嬉しそうな彼女の様子に若干呆れにも似た苛立ちを覚えたが、そんなことはおくびにも出さない。

 いつも通り完璧に隠し通したおかげで、沙織は全く気づくことなくノートを机の上に広げた。狙い通りだ。自業自得だ。彼女に罪はない。そう自分に言い聞かせて、苛立ちを鎮める。


「書いてあったわ。今日は、ちょっと長い」


 促されて、灯輝はノートを覗き込んだ。なるほど、前回より文量が多かった。


◇◆◇


 4月27日

 西塚さんへ

 原稿を読んでもらって、ありがとうございます。ぼくはみなさんと話したことがないので、自分の書いた話の感想をもらえることがありませんでした。おもしろいと言ってもらえて、とても嬉しいです。

 お返しといってはなんですが、ぼくも西塚さんの作品のことに触れたいと思います。

 西塚さんの書く『戦巫女ユウガオ戦記』は、導入に漫画を入れたり、途中にも挿絵を入れたりして、すごく読みやすいものになっていると思います。

 どうしてもぼくは作り手側の立場からものを見てしまう癖があるので、こういう書き方になってしまうのですが、気分を害されたならすみません。

 さらに失礼を承知で、もう一歩踏み込んだことを言わせてもらうと、主人公のユウガオは、西塚さんに似ているのではないでしょうか? 自分の作ったキャラクターというのは、少なからず自分の一部が投影されているものです。

 仇敵を探して、一人孤独に戦い続けるユウガオ、それは西塚さんに通じるものがあるのではないでしょうか。

 会ったこともないのに、こんなことを言うのも変に思うかもしれません。けれど、それくらいの『なにか』が伝わってくるもので、この場を借りて言ってみました。なにかの参考になれば幸いです。



 灯輝が読み終えたのと同時に、沙織が興奮した声で言う。


「こんな風に言われたのは初めてよ。いやー、嬉しいわねぇ」

「僕だって、このくらいとっくにわかってたさ……」


 灯輝が、引きつる口の中だけで呟いた。わかっていても言わなかったのだから、それはわかっていなかった、と同じことなのだが。

 そうだと口にできない自分が、ひどく歯がゆい。

 しかし、会ったこともないのに、とか白々しいにもほどがある。あいつは学校の生徒の思念の塊なのだから、沙織のこともわかっていて当然だというのに。

 苛立ち紛れに、仙家の言うことの先まで灯輝は考える。自分はもっと彼女のことを知っているんだぞ、というせめてもの反発であることはわかっているが。

 沙織の書く主人公のユウガオは、情けを受けず、施しを断り、自ら孤独を選んで戦う、そんなキャラクターだ。

 普通の女子高生が書くような人物ではない。ハードボイルドすぎる。

 確かに彼女は、他の女子生徒からはだいぶ違った価値観を持っていが、それでも普通の生活を送る、一般人であることに変わりはない。

 ユウガオは沙織の一部というより、彼女の一人でも強くありたい、という願望を写したキャラクターなのではないかと、灯輝は思うのだ。

 他に混ざらず自分を貫くだけの強さがある、それを極端な形で表したキャラクターがユウガオだ。架空のお話だからそんなキャラクターが存在できるわけで、現実にそんな性格の奴はいない。

 だがそれでも、作者の世界には、理想が存在できる。

 自らの作り出す世界で、理想の自分を演じられる。

 実際の彼女は、自ら一人になりながら、全部一人ではいられないけれど。

 それでもささやかな抵抗として、理想の自分を描き続けている。

 それは強がっているだけだとしても。

 間違ったことなんかじゃ、決してない。

 別に沙織に限った話ではない。多かれ少なかれ、人にはそういった願望があるものだ。なりたい自分の話を書くことができて、それを人に評価してもらえたら――それは、一体どんな気持ちだろう?

 答えは既に、目の前にある。沙織の顔を見ながら、しかし灯輝は何も言うことができなかった。自分はこれを言うべきではない。彼女のプライドと、自分の理想のために。


(……いや、それは単なる言い訳か)


 知っている。彼女から距離を取るためのいい訳だ。そしてそれは自分で望んだことでもある。彼女をダシに言い訳をするなんて、自分もとんだ卑怯者だとわかっている。

 でも、それでいいのだ。

 改めて沙織との一線を意識しながら、灯輝は沙織が書いた文章を見た。


◇◆◇


 4月28日

 仙家くんへ

 そこまで指摘してくれてありがとう。

 言われてみれば確かに、ユウガオは私の一部であると言えます。自分のことは案外わからないものですね。



「……あれ? これだけ?」


 そこまで書いて手を止めた彼女に、灯輝は言った。

 沙織はぱたんとノートを閉じて、


「うん、あとは家で書いてこようと思って」


 ノートを大事に鞄に仕舞った。

 さすがにそんな様子を、うろんな眼差しで見やる。


「西塚さ、仙家さんの正体を探るっていうより、なんかもう交換ノート自体が楽しくなってきてない?」

「えへ」

「否定しないの!?」


 自ら孤独を選ぶキャラクターじゃなかったんかい。

 若干彼女の頬が紅潮して見えるのは、気のせいだろうか。

 自分の妄想が現実味を帯びてきた気がして、灯輝はため息をついた。やはり、現実は理想どおりにいかない。


◇◆◇


「ただいまー」


 沙織は自宅の玄関を閉めて靴を脱ぎ、リビングに向かった。中からはテレビの音がする。

 部屋を覗くと、父がごろごろしながらなにかの洋画を見ていた。ドカーン、ドカーン、と爆発シーンが続いている。

 母はまだパートから戻っていないようだ。


「ただいま」


 もう一度言う。


「おう、おかえり」


 そこでようやく気づいたらしい父親が、沙織を振り返った。


「もうこんな時間か、夕飯作らないとな」


 沙織は冷蔵庫を覗き込む。なぜかキャベツが二玉あった。母がきのう買ってきたところに、父も買ってきたらしい。お願いだからお互い連絡は取り合ってほしいと切に思う。


「キャベツ多すぎます。安いからって買ってきすぎです。夕飯は野菜炒めで」

「はいはい」


 気のない返事を受けてリビングを出ると、二階の自室に向かった。

 二階の手前が沙織の弟、奥が沙織の部屋だ。弟の部屋からは、テレビの音、というか、ゲームの音が聞こえてきていた。一応中学三年で受験生ではあるはずなのだが、そんなことをしていて大丈夫なのだろうか。

 まあまだ四月ではある。もう少し煮詰まれば焦りだすか、と考えながら、自室に入った。

 ふう。

 扉を閉めたら、ため息が漏れた。どうして我が家の男どもは、こう危機感がないのだろう。

 家族に対して丁寧語を使ってしまうのは、この家族と自分は他人だと思いたいからだと沙織は自己分析している。そしてこの歳にしては妙に行動力のある、この性格も。

 頼りない家族を持つと、苦労する。

 父は先日、早期退職で会社を辞め、今は就職活動中である。なので西塚家の経済状況はあまりよろしくない。母がパートをしているのもそういったことからである。

 お願いだから、私立の高校とか行かないでね弟よ。我が家にも世間の不景気は無関係ではないの。

 沙織は部屋着に着替えると、キッチンへと向かった。そこには、大胆に切った野菜を大胆に味付けする父の姿があった。

 ええい、それを作る前に味噌汁の下準備をして、ご飯を炊かないか、手際の悪い!

 おかずの行く末はとりあえず無視するとして、沙織は米を磨ぐことにした。

 ファンタジー小説を書いていようが、現実は容赦なく、作者に生活感を叩きつけてくる。

 戦巫女ユウガオに、米を磨ぐシーンは必要だろうかと考えて、沙織は首を振った。雰囲気がぶち壊しになることこの上ない。物語は物語として、トイレどうしてんだとかそういう無粋なことは考えないで、純粋に楽しむのが一番だ。

 まったく、現実は理想のようにはいかない。

 だからこそ、自分は米を磨ぎながらもこうして構想を練っているのだ。このくだらない現実感には、そうやって対抗するのが一番だと知ったから。

 そう思いながら白く濁った水を捨てようとしたら、手元が狂って米がこぼれてしまった。うんざりしながら、沙織は米を拾い上げた。


◇◆◇


 夕飯を食べ、自室に引っ込む。

 宿題を手早く済ませる。自分のことは自分でやるのが、沙織のモットーだ。遊びに夢中の弟さんとは違うのです。

 そして、鞄から鳥の絵が描いてあるノートを取り出す。

 頭に浮かぶのは、仙家正文に対する疑問ばかりだった。


「一体、いつこのノート書いてるのかしら、仙家くんて」


 この二日、朝早く部室に行ってノートを回収しているものの、すれ違うような出来事さえない。あの短い文面からして、自分のように持って帰ったりはせずに、部室でぱぱっと書いているのだろうが。謎は深まるばかりだ。


「どんな人なんだろう」


 ベットにごろりと横たわり、考える。文面からは、とても丁寧な感じの人、という印象を受ける。そして彼の書く作品からは、わりと突き放したような、そういった視点も感じ取れた。妖怪とか幽霊とか、そういった幻想的な装置と、それをあえてつき崩すような主張の強い登場人物が、いいコントラストを出している。

 この世界を俯瞰してとらえて、現実と理想の駒を入れ替えて再配置するような。彼の意思を、見ることができる。

 その辺りになんとなく自分と同じ雰囲気を察して、勝手に親近感を持っているわけではあるけれども――


「さすがにそれは、夢をみすぎかな?」


 そこまで現実と物語をごっちゃにはしないほうがいいだろう。

 さて、ノートの続きはなにを書こうか、と考える。

 部長のエンジンのかかり具合、後輩二人の微笑ましいエピソード、自分の作品に対する想い、そういうのを知ってもらいたい。

 そして、願わくば部活に顔を出してほしい。


「あは」


 なんだかおかしな気分だった。

 会ったこともない人物に、これほど心を動かされるというのは、まるで。


「これじゃまるで、ほんとに恋する乙女みたいじゃない」


 灯輝が聞いたら悶え苦しみそうなことを言いながら、沙織はベットの上できゃー、と足をばたばたさせた。

 そう、ありえないファンタジーだとしても、現実にはこのくらいの楽しみは必要だ。

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