冷たい夜に
空気中の水分を凍らせて、氷のクナイを作り出す。
それを持つのは、口元を真っ白いマフラーで覆った少年だ。
少年は茶色がかった髪と、色白の肌をしていた。全体的に色素が薄く、存在感も希薄で――口元を覆うマフラーとクナイを持つ姿は、現代に適応した忍者を思わせる。
四月の初めにしては妙に気温が低い夜で、マフラー越しに吐かれた息が白く染まった。
少年は寒さを気にした様子はない。口元まで上がっているマフラーのせいもあるが、それがなくても彼の感情はひどく沈黙していて、なにを言う気配もない。
ふと、彼の後ろで気配があがる。
振り向きざまに少年はクナイを投げ放った。それは気配を掠めたものの、その場に縫いとめるまでには至っていない。
少年が気配に向き直る。
それはかろうじて人の形を残した、化け物だった。
曲がった足は鹿のように変形し、肌には鱗が浮いている。爛々としたその瞳は金色に染まっていて、少年を狙って瞬いていた。
この世には、人たる道を踏み外したモノが時折、現れる。
それを狩るのが少年の役目であり――彼の一族の存在理由。
役に立たなければ、要らないモノ。
戦うためには、心など無用。
だから少年は、いつものように淡々と化け物を始末しにかかった。
幾本もの氷のクナイを作り出し、牽制として投げつける。
化け物はその足に違わぬ跳躍力でそれをかわした。そして、その爪で少年を引き裂こうとしてくる。
少年は慌てることなくそれを交わし、クナイと同じように作り出した太刀で斬りつけた。長い爪が切り裂かれて宙を舞う。
爪は地に落ちる前に凍りつき、塵となってどこかに消えた。
「――最近、調子が悪いから」
マフラーの下で、ぽつりと少年が言う。それは化け物に言っているというより、自分に向かって言っているような口調だった。
自分まで突き放した、ぞっとする声音。
冷静を通り越して――冷血に。冷徹に。
周囲を全て凍りつくそうとするように、少年は冷たい目で化け物を見て、言い放った。
「どこまでできるか確かめるために、本気でやらせてもらうよ」
得体の知れない迫力に、まだ人の心を残していたのか――化け物は恐れるように、一歩後ずさった。
それを逃さず少年は地を蹴り、太刀を片手に化け物に迫る。
肩口から袈裟懸けに振り下ろした太刀はしかし皮膚を切り裂くことなく、鱗に弾かれ硬い音を鳴らした。
それに動揺することもなく、少年は次なる手段に打って出る。
再び襲い掛かってきた化け物の一撃を紙一重で交わし、胴に掌底を叩き込む。
冷気の塊を直撃させ、身体を硬く守っていた鱗を凍らせる。
腹に吐き気のような冷気を受け、化け物がよろめく。凍り付いて脆くなった白い箇所へ、少年は太刀を突き出した。
太刀は鱗を貫いて、死の冷気をその身へ注ぐ。
化け物は震え、しかし最後の力を振り絞って少年に攻撃を加えようとした。
振りかぶられた爪を無慈悲に見やって、少年はさらに、太刀を奥へと差し込んだ。
同時に身体の内側から凍り付いて、ついに化け物が息絶える。振りかぶられた腕はだらりとぶら下がり、その途中で少年の頬を薄く掠めた。
太刀を引き抜く。地に伏した化け物はやはり、跡形も残さず塵と消え――後にはただ、一人佇む少年が、残るのみ。
「……」
少年が、自分の頬へと手をやる。最後に受けたその傷は、薄く地が滲んでいて――指先が赤く染まっていた。
「……詰めが甘いな」
やはり調子が悪いのだ。その現実をその赤色に突きつけられて、わずかに少年の眉間に皺が寄る。
だがそれも、一瞬のことだ。少年はすぐに元の無感情な表情を取り戻し、血を付けた手をだらりと下げた。
既にその血は、冷えて固まっていた。