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狼になりたい羊

作者: タロ

動物が、普通に話します。


 とある国の人里離れた場所にある牧場で、羊が狼に食べられた。

 夕方前、牧場主がそろそろ羊たちを小屋に帰そうかと考え始めた頃のことだった。

 そこの牧場には、柵が設けられていないワケではない。だが、羊の逃走防止用に作られた柵など、狼の脚力を持ってすれば容易に飛び越える事が出来た。

 牧場主が羊たちから目を離している隙を狙って、狼は牧場に入った。

 騒然とする羊たちの異変に気付き、牧場主が羊たちの所に戻って来た時には、すでに一頭の羊が食べられてしまった。

 これは大変だ、と慌てた牧場主は、羊の数を数えて被害の状況を確認した。

「しまった…二匹もやられた」

 牧場主は、悔しさに顔を歪めた。



 羊を食べた狼は、森へ帰ってきていた。

 狼が獲物にした羊は大人の羊で、その場で一度に食べ切ることが出来ず、残りは口にくわえて運んできた。後で食べるつもりだ。

 薄暗い森の中、狼は、狩って来た羊を傍らに置き、大木に背中を預けて座った。

「おい、何のつもりだ?」

 狼は言った。

 視線の先には、狼の後を追って来た子供の羊がいた。

 子羊は、狼に半分食べられた羊の死体を目にして、怯えを見せていた。捕食者である狼の恐怖を目の当たりにしながら、それでも子羊は狼の後を追ってきていた。

「あの…おおかみのおじさん…」

「俺は、おじさんって程の年でもない」

 狼にそう言われ、子羊はビクッと震えた。

「ご、ごめんなさい!」

 びくびくと震える子羊の様を、狼は呆れながら見ていた。少しだけ可哀そうにも思えてきて、溜め息を一つつくと、「それで、俺に何か用か?」と話のきっかけを作ってあげた。

「う、うん」

 勇気を振り絞り、子羊は言った。

「ボク、おおかみになりたい」


「狼になりたい?」と狼は、子羊の言葉を繰り返した。「お前がか?」

「うん」

 子羊は、大きく頷いた。

 子羊の言う事に呆気に取られる狼には、殺気がなかった。そのことに子羊も気付いているのか、それまでずっと見せていた怯えは影をひそめ、明るい顔をして、テレビの中のヒーローに憧れる人間の子供のような、そんな興奮を伴って、狼を見ている。

「ボク、おにいさんみたいなおおかみになりたいんだ」

 子羊は、声を弾ませた。

「何でだ?」

 子羊とは対照的に、そう訊くオオカミは冷静そのものだった。

「だってかっこいいもん」

「何でかっこいいと思う?」

「だって、強いでしょ。ボクも、食べられちゃう弱い動物じゃなく、食べられないような強い動物になりたい。それに、ボク知ってるよ。おにいさんみたいに一匹で行動しているおおかみって、『一匹狼』って言うんでしょ?誰にも頼らないで一匹で何でもやって、すごくかっこいいよ」

「かっこいいから、お前は狼になりたいのか?」

「うん。強くてかっこいいから。羊なんていいことないよ。去年なんて、春になって温かくなったからって毛を刈られたんだけど、ごしゅじんさまの勘違いで、また寒くなったんだよ。それまでは毛があったからよかったけど、風邪引いちゃうところだったよ」

 そう不満を洩らす子羊に、狼は「それは災難だったな」と苦笑した。

 子羊から狼になりたい理由を聞き終えると、狼は黙った。黙って、考えた。「ボクを、おおかみのデシにして」と頼んでくる子羊のことを、ジッと見つめながら、考えた。

「お前は、いくつか勘違いしている」

 狼は言った。

「えっ、勘違い?」

「そうだ。まず、俺は『誰にも頼らないで一匹で何でもやる、かっこいい一匹狼』なんかじゃない。俺が一匹なのは、みんなと考え方が異なったからだ。小さなことが少しずつたくさん積み重なり、とうとう愛想を尽かされ、俺も嫌気がさしたから、だから俺はみんなと一緒に行動できなくなった。だから、さみしく一匹でいる」

「で、でも理由なんて関係ないよ。だっておにいさんは、一匹で生きてるじゃない」

「それは、今まで運が良かっただけだ。もしかしたら、明日にもすぐ死ぬかもしれない。一匹のヤツの生存率なんて、たかが知れている。本来群れで生きているヤツが一匹なっても、そんなのすぐ死ぬだけだ」

「そんな…」

 狼の言葉に、子羊はショックを受けた。敵を倒せるのはテレビの中の話だからだ、敵とそういう契約を結んでいるのだ、と憧れていたヒーローにそう現実を突きつけられた気分だった。

 だが、子羊の想いとは関係なく、狼はさらに続ける。

「それに、お前は『強い動物になりたい』と言ったが、強くなってどうする気だ?」

「えっ…だ、だって、強くなったら食べられないでしょ」

「じゃあ、強くなったお前は、他の動物を殺せるか?」

「た、食べられないようにするためなら」

「ほら、そこが違う」

 狼に指摘され、叱られたわけでもないのに子羊はビクッと身体を強張らせた。

「どう違うの?」

「俺達は、『食べられないようにするため』とか、そんな消極的な理由で殺しはしない。俺達は、『生きたい!だから食う為にこいつを殺す』って、生きる為に必死になって他の動物を殺す。殺して、他から命貰って、食わなきゃ、自分が死ぬ」

「う、うん…」子羊は、乾いた唾を飲んだ。

「お前は、他の動物を食いたいと思うか?」

「ううん。牧場の草の方がおいしそう」

「だろ?けど、ああいうのは俺達肉食は全く食う気がしない。お前らの方が、よっぽど美味そうだ」

 狼にそう言われ、それまで忘れていた狼という捕食者に対する恐怖が、子羊の中にまた顔を出した。しかし、「怯えるな。今は、食う気がしない」と狼に言われ、とりあえず子羊は安心する。

「お前には、俺みたいに殺すだけの強さなんて、必要ないんだよ」

「……うん」

 狼に言われ、子羊はしぶしぶと言った感じで納得した。



 殺すための強さは、自分には必要ない。

 狼が強くて、他の動物を殺すのは、食べなきゃ死ぬから。

 そう狼に教えられたが、子羊は、どこか釈然としないところがあり、「でも、おおかみのおにいさん」と再び狼に話しかけた

「ん?何だ?」

「前にごしゅじんさまのラジオで聞いたんだけど、人間って、おなじ人間を殺すんだよね?人間が人間を食べるの?」

 子羊の言い分は、食べないのに殺す事もあるのではないか、そういう強さもあるのではないか、あなたの言っている事は間違っていないか、ということだった。

 その子羊の質問に、狼は即答出来なかった。「う~ん」と頭を悩ませ、苦い顔をした。

「俺も、人間のことは詳しい方じゃないから何とも言えないが、人間は少し変わっているんだ」

「変わっている?」

「ああ。全てがそうだと一概には言えないが、とりあえず食う目的じゃなく殺しをする人間はいる。動物相手にしても人間同士にしても、食わないのに殺すってことは確かにある」

「何でそんなことするの?」

「さぁな。人間は、俺達とは違う欲もあるからかもな。いろんな感情もある。ヒトが好きだから、だからヒトを殺すってことも少なくないらしい」

「へー。変なの」

「なぁ。人間は、俺達よりもずっと複雑だから」そう言うと、いや、と狼は考えた。「もしかしたら、俺がこんなんじゃなければ…、『一匹でもいい』って思うようなヤツじゃなければ、もっと分かるのかもな…。愛だとか、仲間意識だとかがあれば、あるいは…」

 狼は、自分の居場所ではないと見切りをつけた仲間達を思い出し、呟いた。

 その声は、子羊には聞こえなかった。

「えっ、なぁに?」

「ん?いや、なんでもない」取り繕うように言うと、狼は、「なぁ、お前には『誰かが好き』だとか、『大切な仲間』だとかっていう気持ち、そういうの分かるか?」と訊いた。

「う~ん」子羊は、考えた。「ボクまだ子供だし、よくわかんないよぉ」

「だよなぁ」狼は、言った。そして、「それじゃあ、分からないなら、お前には人間みたいな強さも必要ない。お前は、弱いままでもいいんだ」と、子羊の考えを見通し、言い聞かせた。



 子羊は、困ってしまった。

 強くなるぞと「いちだいけっしん」して、牧場には帰らないくらいの強い「かくご」を持って出て来ただけに、狼に断られて今更どうすればいいのかわからなかった。

「ねぇ…ボク、どうしたらいいの?」

 子羊は、狼に助けを求めた。

「決まっているだろう。帰れ」狼は言った。「帰って、仲間たちと一緒に暮らして、いっぱいいっぱい大きくなって、で、俺に食われろ」

「えっ、やだよぅ」

「なら頼れ。お前の言う『ごしゅじんさま』に、もっと柵を高く頑丈にして見張りを強化してって、『僕たちを大切にしてください』って頼め」

「でも、そんなの…」

「かっこ悪くない。俺がお前の立場なら、生きたいから必死に泣き付く。ま、俺はずるがしこい狼だから、『じゃないと良い毛皮が作れなくなるぞ』とか付け加えるがな」

「……それなら、少しはかっこいいかも」と子羊は、顔を明るくした。「うん、言ってみる。ごしゅじんさまに、伝わるか分からないけど、鳴きついてみる」

「わかったら帰れ。勝手に出て来たことをごめんなさいして、みんなのところに帰れ」

「うん!ありがと、おおかみのおにいさん」

 薄暗い森の中の教室で、子羊は、狼先生にいろんなことを教わった。

 子羊が気付いているかは定かではないが、それでも、ここでの狼との会話は、まだ幼い子羊にはとても貴重な経験となった。

 もう少し大きくなれば、あの狼は寂しそうだった、と気付くだろう。

 そしていつか、たくさんの仲間と優しい牧場主に囲まれて、自分は幸せなのだと気付くだろう。

 もしかしたら、求めていた強さとは違った形の強さを、いつか手にするかもしれない。

 だが、今はまだその時ではない。

 今はただ、小さな冒険を終えた子供は、殺さなくても食べられる美味しい牧草と優しい仲間たちの待つ牧場へ、我が家へと帰って行った。



 子羊が立ち去った後、狼は、その後を黙ってつけた。

 薄暗い森の中には自分以外の狼もいるし他の捕食者もいるだろう、それに暗くなった森の中とはそれだけで危険だから、あの子羊が無事に牧場に帰れるだろうかと気になり、後をつけた。

 そして、薄暗い森の中を出て、牧場へと無事帰って行く子羊の姿を見届けると、ホッと胸をなでおろした。

 森の中へ帰ろうと踵を返す時、狼は思った。

「これで、あのエサ場にも行けなくなるな」

 子羊に余計な知恵を与えたことを、少しだけ後悔した。

 狼は、子羊の帰った牧場に、黙って別れを告げた。


 森の中へ帰り、さっきまで居た場所に、狼は戻った。

 そこに、食べかけの羊を置いたままにしてあったからだ。

 しかし、その場所へ行くと、狼の顔色が変わった。

 そこには、生きる為の食事をしている、他の狼が数頭いた。

 狼は、その様を遠巻きに見続けた。

 エサを取られたことへの憤りは、不思議となかった。

 胸の中にあるのは、自分にはないと思っていた、正体不明の不思議な感覚。

 子羊には偉そうに語ったが、急に怖くなった。

 だが、恐怖とは別の、希望にも似た感覚もあった。

――捕食者の、狼の俺に話しかけたあいつに比べたら、怖いことなんてないじゃないか

 あの子羊のことを思い出しながら自分に言い聞かせると、狼は、意を決した。

「な、なぁ――――」


これは、お恥ずかしい話、中・高校生の頃の自分に読ませたくて書いたものです。当時、一匹狼がかっこいいとか、意味も分からず「ぶっ殺す」と言っていた、あの頃の私に。どうせ、「なに、このダセェ話」と言うにきまっていますが、それでも読ませておきたいと思って書きました。

したがって、この部分を含め、せっかく読んでくださった方には理解に苦しむ話となってしまったかもしれません。


私の作品は、往々にして自己満足でできています。

それでもよろしければ、今後ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の心情と似ていて よかった
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