護る雪野と向日葵畑-02(typeC)
それから、夜風も俺も何も話さなくなって数十分後。
背後から「ゴ」とか「ド」を使うような大きい擬音が聞こえた。
振り返ると、全ての向日葵が左右に傾き始めていた。
向日葵、夜風、向日葵の順で目を動かしたけど、夜風も一緒に驚いていたので結局何が起こったか分からなかった。
「始めまして。安本樵、22歳です」
その後、前方から高身長の男が現れた。
恐らくバイト関連の説明に来たのだろう、と思い俺は言葉を放つ。
「えぇっと、雪野し...っ?」
俺が苗字を言い終わった頃には、高身長は視界から消えた。
見回して見つけた。さっきまでの俺の背後、つまり俺と向日葵畑の間に居た。距離はそう遠くない場所でゆっくり歩いていた。
「*********」、
急に静かになったかと思うと、声が聞こえた。
でも音は聞こえない。音は聞こえないのに声は聞こえた。
自分でも理解できない、本当によく分からない感覚...夢でも見ているのか?
何が起こってるのか分からない俺の視界に、走る夜風の姿が見えた。
同時に周囲の音が帰ってきた。
現状の整理。今はそれをしたいのに、次々に事が起こりすぎる。
ひとまず、あの高身長...たしか安本が向日葵に向かうのはまずい気がした。
もしあの男が向日葵畑を荒らしでもしたら、"向日葵を護る"というバイトは失敗。
俺も夜風の後を追った。
夜風は急に飛び上がり、安本の背中を蹴った。
...ちょっといきなり過ぎないか?関係者だったらどうする...
夜風はそのまま宙を舞った。安中は体勢を全く変えずまだ歩いている。
思い切りやっといて外すってかっこ悪いな。
そんな風に一瞬思った。だが違う。夜風は蹴りを外していない。何故かそう思えた。
根拠など無い。直感でそう思った。
「他人の距離感を操作する」なんて事が本当にあるとは思えなかったが、今はそれで納得するしか無い。
さっきの「音の無い声」の言っていた事を信じよう。
俺は一呼吸置く暇も無く解決策を練った。
思考開始。
安中の力、能力と言う感じか。
それは距離感を操ることが出来るということ。
ただし条件付き、出来るのは「自分(安中)の居る場所を他人に誤認させること」だけ。
何故俺がそれを知っているのかはとにかく後だ。
だったら、本当の安中が居る場所を探してやればいい。
安中自身は見えない。影を探せば早いかもしれないが、雲と高い向日葵のせいで此処は日陰だった。だが此処は運良く草原。だったら、姿が見えなくともそこに居るのなら、そしてあの身長なら草は現在潰されているだろう。
だったらとにかく地面を見よう。草が潰れているところを見つけよう。
そこに安中は居る。
以上、思考終了。
そして俺は探した。草の潰れている場所...
草の中に一箇所だけ、薄い溝があった。
俺はその辺りに向かって腕を振り回した。何故自分がこんな行動をしたのかはよく分からないが、とにかく本物の安中を見つけたかった。
「ったぁ~...」
その時、尻餅をついた夜風の小さい呻き声が聞こえた。同時に男の言葉にならないような低い声も聞こえた。