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第6話 出来たてホヤホヤ破滅フラグいっちょおまち!

 叔父グスタフの処刑から数日が経過した。もうこの領内で私の爵位継承に文句を言う者はいない。

 遠縁の下級貴族たちもグスタフの処刑により、頭を垂れておべっかを使ってくるようになった。

 ひとまずはアッシュフィールド領の権力の掌握に成功したといってもよいだろう。


 この数日、アッシュフィールド伯爵邸の執務室で私は積み上げられた書類の山と格闘していた。  

 格闘といってもそれは倒すべき強敵ではなく、地味な決裁判断を要求するような作業だったけれど。


「……意外ね。もっと財政は火の車だと思っていたのだけど」


 私は帳簿をめくりながら、思わず独り言を漏らす。  

 ゲーム本編でのリリアーネは、贅沢三昧の限りを尽くして領地を破綻させていた。

 だからてっきり、私が継いだ時点でもその予兆――例えば多額の借金や、横領の痕跡があると思っていたのだ。  

 だが、現実は違った。


 亡き父の統治は堅実そのものだった。  

 無駄な歳出は抑えられ、有事に備えた貯蓄もあり、領民への課税も適切なラインが守られている。

 食糧も本格的な飢饉に耐えられるほどではないが、今からきちんと備えれば数年は保つ程度の備蓄になるだろう。

 そのためには備蓄倉庫の増設でお金が飛んでいくのは仕方がないが、食糧危機で反乱を起こされるよりはずっとマシだ。


「お父様……あなた、本当に有能な領主様だったのね」


 原作のリリアーネと違い、今の私は真っ当な感性で領地を運営することができる。

 亡き父が遺したアッシュフィールド領は“イージーモード”と言っても過言ではない状態だった。


「んふふっ、これなら余裕ね。これから先の飢饉や戦争だって、私の采配さえよければ乗り切れるわ! リリアーネ大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーよ!」


 私が勝利の予感に浸っていたその時だった。  

 コンコン、と控えめなノックが響く。


「お嬢様。定例報告よろしいでしょうか」


「ええ、入ってヴェルナー」


 入室してきたのは執事のヴェルナー・クローゼだ。先日のお父様の葬儀では、私より先にグスタフを糾弾した功労者である老執事。

 とはいうものの、私が自作自演で毒を 飲んだことを彼は知らないことにちょっぴり心が痛む。


 ザ・執事の鑑ともいうべき容姿のヴェルナーは優雅かつ洗練された所作で一礼すると、今日の予定などを告げていく。その全てが滞りなく済んでいる事を把握し、私は満足げにうなずく。  


「それと――お嬢様の領主就任以降、領内の治安は安定しております。特にこれまで軽犯罪が絶えなかった貧民街の犯罪発生率が、ここしばらく劇的に低下しておりまして」


「あら、それは良いことね。衛兵の巡回を強化した成果かしら?」


「いえ、それが……どうやら民間による自発的な()()()()の影響が大きいようです」


 ヴェルナーは少し言いづらそうに、しかしどこか感心したような口調で続けた。


「貧民街を中心に活動している、ある『慈善団体』がありまして。彼らが炊き出しや病人の世話を精力的に行っているおかげで、食い詰めて盗みを働く者が減っているのです」


「へえ、殊勝な心がけね。なんていう団体?」


 私は何気なく、紅茶を一口含みながら尋ねた。  

 きっと地元の教会か、有志のボランティアサークルだろう。  

 後で褒賞金でも出してあげようか――なんて、呑気なことを考えていた。


「はい、確か――“麦の(デメテル・)(ムーブメント)”と、名乗っているようです」


「ぶふぅッ!!」

 

 私は優雅に飲んでいた紅茶を盛大に吹き出した。  

 茶色い液体が、きれいに整理された書類の上に霧状に散布される。


「お、お嬢様!? いかがなさいました!?」


「ご、ごほっ、げほっ! な、なんて……? 今なんて名前だと言ったの!?」


「は、はい。“麦の穂”と名乗っているそうですが……」


 ――嘘でしょ。

 私の思考が凍り付く。  

 ““麦の(デメテル・)(ムーブメント)””その名前を、私は知っている。

 いや、この『エーデルガルド戦記』のプレイヤーなら誰もが知っているはずだ。


 ゲームが中盤に差し掛かったころ。大飢饉によって疲弊した国土で、救済を掲げて武装蜂起するテロ組織。  

 黄色いスカーフを首に巻き、「腐った貴族から富を奪え」と叫んで略奪と虐殺を繰り返すとんでもない厄ネタ組織――それが“麦の穂”なのだ。

 原作では、彼らの略奪のせいで大勢の平民や貴族が犠牲になり、これの蜂起による混乱からエーデルガルド王国全土が本格的に内乱状態になるのだが――


 ブヘヘヘヘヘ!!!!!

 原作開始前だから安全だと思っていたのに、とんでもねぇ爆弾を投下しやがってぇ!!  


(でも待って! おかしいわよ!)


 私は慌てて脳内データベース(前世の記憶)を検索する。  

 確かに『麦の穂』イベントは存在する。

 でも、それはアッシュフィールド領からずっと西、王都を挟んで反対側の別の貴族――確か、バルモア公爵領で発生するイベントだったはずだ!


(なんでウチなのよ!? アッシュフィールド領なんて、ゲーム序盤で滅ぶチュートリアルエリアなのよ!? 中盤の強敵イベントが発生する場所じゃないわよ!)


 バタフライエフェクト?  それとも、私が生き残ってしまったことで歴史の修正力が働いた?  

 いや、そんな考察はどうでもいい。

 問題なのは凶悪な時限爆弾が、よりにもよって私の領地に設置されてしまったという事実だ。


「……ヴェルナー。その団体、具体的にどんな活動を?」


「報告によりますと……孤児にスープを配り、病人の看病をし、実に献身的な活動をしているとか。領民からの評判もすこぶる良く、『領主様よりも頼りになる』なんて声も……」


 終わった。今の彼らは()()()()()だ。  

 まだ武装もしていない。過激な思想も広めていない。ただ純粋に人助けをしていだけの慈善団体だ。

 これを私が()()()()()()()()()()()という理由で弾圧すればどうなる?  

 答えは簡単。()()()()()()()()()()()()()()()として、領民の怒りを買い、それこそ原作通りの反乱ルート一直線だ。


(詰んでる……! 手を出せば悪者、放置すれば将来テロリスト化して襲ってくる……どっちに転んでも地獄じゃない!)


 私は頭を抱えて机に突っ伏した。お父様、前言撤回します。  

 イージーモードだなんて嘘でした。これ、難易度ルナティック(最高難易度)です。


「お嬢様? 顔色が優れませんが……」


「……いいえ、なんでもないわ。ただ、少し胃が痛くなっただけよ」


 私は引きつった笑みを浮かべる。  

 こうなったら自分の目で確かめるしかない。  

 その『麦の穂』とやらが、まだ引き返せる段階なのかどうかを。

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