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第48話 報告のち恥じらい、ときどき血統マウント

 ステラが屋敷に戻ってきたのは、昼をやや過ぎた頃だった。

 出迎えた私に外套を脱ぎながらステラは簡潔に報告を始めた。


「書状は宮内府に届けた。受理の確認書はなし。叙爵の儀の日程は追って通知、届け先はこのアッシュフィールド別邸」


「書状の受け取り確認書みたいなのもらった?」


「ない。受け取りの手続き自体は無事に終わったけど、向こうが台帳に書き込むだけで終わり」


 つまり、向こうの手元に受理の記録は残るが、こちらには何の証拠も渡されていない。

 まあ想定の範囲内ではある。嫌がらせというよりは単に寄せられる申請の山を処理しているだけだろう。いちいち辺境の伯爵に丁寧な事務手続きをしている王宮の官僚に暇はないということか。


「日程の目安は聞けた?」


「書記官の言葉では、早くて十日、長ければ一月以上」


「うーん、適当なこと」


 急いでくれとは言えない立場だ。こちらから催促すれば「分際を弁えろ」と取られかねない。

 待つしかない。王都での時間を有効に使うことを考えよう。


「他に気になったことは?」


「王宮の構造と警備については頭に入れてきた。後で必要なら図に起こす」


「さすが元工作員」


「それと――」


 ステラが一瞬だけ言葉を区切った。

 その間は短かったけれど、普段の彼女にしては珍しい躊躇だった。


「帰り際に、ジークハイト四世と遭遇した」


「……え?」


 思わず身を乗り出した。


「視察からの帰還だったみたい。騎馬の一行が中庭に入ってきて、私はそのまま端に控えてやり過ごそうとしたんだけど」


「やり過ごそうとした、ということは、過ごせなかったのね」


「……まあ」


 ステラは淡々と、しかし正確に状況を語った。

 馬上から声をかけてきたこと。その内容。


「『辺境の耳付きは、従者も耳付きで揃えているのだな』――それだけ言って去った」


 耳付き。

 この世界の獣の特徴を持つ人間への蔑称。

 それを、この国の王が臣下の従者に向かって公然と口にした。


「……そう」


 ムカつかないと言われた嘘になる。

 だがそれ以上に、ジークハイト四世という人間の解像度がまた一段上がったことの方が大きかった。


「ステラ、その時のジークハイトはどう見えた?」


 私が聞きたいのは言葉の内容じゃない。

 ステラの工作員としての観察眼から見た、その時の王の様子。


「……怯えてた。自分がどう見られているのか、常に気にしている目。自信があるように振る舞っているけど、その虚勢を本人が一番分かってる。だから他人の視線に過敏で、値踏みされていると察した瞬間に攻撃に転じる」


「値踏み?」


「頭を下げていたから顔は見えなかったはずだけど――気付かれた。馬上からメイドの視線の質まで嗅ぎ分ける……良く言えば勘が鋭い。悪く言えば――」


「自意識過剰、ってことね」


「そう」


 ステラの分析は、私のゲーム知識から得た国王像と寸分違わず重なった。


「近衛兵の目も気になった。王を守っているけど、王のために緊張しているんじゃない。王の不興を買わないために緊張してる。忠誠で繋がった主従じゃない」


 まずいわね……近衛ですらそうなら、各地の諸侯の忠誠などどこまで当てにしていいものか分からない。

 何かきっかけがあればあっさりと王家に見切りをつけ、独立を画策する貴族たちが何人も出てくるだろう。


「ステラから見て、ジークハイトはどういう人間?」


 しばらくの沈黙の後、ステラは短く答えた。


「追い詰められた時に、一番愚かな選択をする人間」


 うん、それはもう間違いない。

 ゲームの原作知識でも彼は最悪のタイミングで最悪の判断をして、この国を内戦の泥沼に引きずり込む張本人だ。


「あと――」


 報告は終わったかと思ったのだが、ステラがまだ何か言いたげに口を開きかけ、閉じた。

 そしてまた開きかけて、閉じた。

 魚みたいに口をぱくぱくさせて、珍しく落ち着きがない。


「……どうしたの?」


「…………」


「ステラ?」


 彼女の白い尻尾が、体に巻きつくように丸まっている。

 その仕草は、まるで恥ずかしがってるみたいな。


「……笑わないで聞いて」


「何よ、改まって」


「耳付き、って言われた時に……ちょっとだけ、思ってしまったことがあって」


「思ったこと?」


「……あの男の祖先は、帝国の皇統の――私たちの臣籍した分家だった。その分家が王を名乗って、直系を耳付き呼ばわりするのかって……」


 ステラの声は尻すぼみに小さくなっていき、最後はほとんど聞き取れないほどだった。

 耳が完全に伏せられ、尻尾は体にぎゅっと巻きついている。

 こんなステラは初めて見た。


「……ごめん。バカバカしいって分かってる。私はもう皇女じゃないし、そんな資格もないのに。ただ、咄嗟にそう思ってしまって――」


「ぶっ――」


 堪えきれなかった。


「あっはっはっはっは!」


 腹を抱えて笑った。

 ステラが目を見開いてこちらを凝視している。


「な、何で笑うの……笑わないでって言ったのに……」


「ご、ごめん、ごめんなさい! だって……あはは、分家風情がって! それ最高じゃない!」


 涙が出るほど笑った。

 ステラは決して言葉に出さないが、自分の出自を負い目に思ってることは分かる。

 でもステラがそうやって皇女としてのプライド全開の怒りを感じたのが、何だかすごく可笑しくて――そして安心してしまったのだ。

 おまけに普段はクールに振舞っているステラが、恥ずかしそうにもじもじして打ち明けてくるギャップがたまらない。


「笑い事じゃ――」


「いいえ、笑い事よ。最高に良い意味でね」


 ようやく笑いを収めて、私はステラの目をまっすぐ見た。


「ステラ、あなたの“ユースティア”という素性は確かに“ステラ”としては無用のものかもしれないけど、その血が持つ誇りそのものは誰にも侵させいない。あなた自身が恥じる必要なんてどこにもないわ」


 私には亡国の皇女という呪いが、どれほど彼女を苛んでいるか計り知れない。

 だけど安易に忘れろだとか、捨ててしまえなんてことは言いたくなかった。

 それは彼女の大切な誇りの一つのはずだから。


 だから――今はもうこの世には存在しない名と血であっても、その誇りを傷つけたジークハイトに対する怒りは正当なものだ。


 ステラは目を逸らした。

 でも耳は――さっきまでふにゃっと伏せられていた白い狼耳が、ほんの少しだけ持ち上がっていた。


「……リリアーネは変わってる」


「私が普通じゃないことなんて今さらでしょう?」


 ステラの口元が、ほんの僅かに緩んだ。

 笑った、とは言い切れない。でも確かに表情が動いた。


「……ありがとう」


 小さな声だけど確かに聞こえたお礼に、私は笑って頷く。


「どういたしまして。――さ、次はジークハイト対策よ。あのバカ殿にどう跪くか、作戦を練りましょう」


 私は手を叩いて話を切り替える。

 ステラの横顔にはまだ少し赤みが残っていたけれど、それには気づかないふりをしてあげた。

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