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第47話 元・帝国直系の皇女ですが、分家のバカ殿にマウントを取られました。心の中で見下しておきます

 朝の光が石畳を白く照らす中、私――ステラは別邸の門をくぐった。

 懐にはリリアーネが夜通しで書き上げた封蝋付きの書状。

 外套のフードを深く被り、王宮への道を歩き出す。


「行ってらっしゃい。気をつけてね」


「ん。行ってくる」


 リリアーネに短く返して背を向けた。

 本当はもう少し何か言おうとしたけれど、やめた。

 言葉を重ねるほど、私たちの間では余計なものが増える気がする。

 必要なことだけを手渡し合う。それが私たちの共犯関係だ


 ――なのだが、最近は私の“素”が垣間見えてるような気配は自覚している。

 ぶっきらぼうで、表情に乏しく、幼い印象の元暗殺者のメイド、ステラ・エクレール。

 皇女ユースティアという血の呪いから逃避するために、いつしか身につけた仮面。


 リリアーネとの共犯関係は、そんな仮面にほんの少しの隙間を生んでいる。

 別に私の“素”を見せるのが嫌なわけではない。

 “ステラ”を演じているのに、今さら“ユースティア”としてリリアーネと接するのは……どこか恥ずかしいから。


 ※


 ヴァイスフューゲル地区から王宮までは徒歩でおよそ三十分ほどの距離になる。

 貴族街の静けさを抜けると、大通りに合流し人の波が一気に増えた。

 商人、職人、使用人、兵士。朝の王都は慌ただしく動いている。

 歩きながら自然と周囲の情報を拾っていた。


 通りの幅、路地の入り口、建物の高さと死角、兵士の巡回間隔。

 別に意識してやっているわけじゃない。息をするのと同じ――長年の訓練がそうさせるのだ。

 やがて大通りの正面に、白亜の城壁がせり上がるように現れた。


(ここが王宮ね……)


 正門は開放されているものの、門の左右には槍を持った衛兵が立ち、出入りする人間の一人一人を確認している。

 私は姿勢を正し、フードを外す。さすがに王宮の敷地に入るのに顔を隠しては不審人物だろう。

 白い狼耳が外気に晒される。街中で東方系の狼耳など珍しくもないのだから。

 だから堂々と衛兵に歩み寄り、要件を告げる。


「失礼いたします。アッシュフィールド伯爵家の使いの者でございます。宮内府に書状をお届けに参りました。宮内府への道順をお教えいただけますでしょうか?」


 意識して声の調子を変える。

 普段のぶっきらぼうな口調ではなく、教育の行き届いた貴族家のメイドとしての話し方。

 別に訓練で身に着けたものじゃない。幼い時より皇女として教養の一つとして自然に覚えたもの。


「アッシュフィールド……ああ、叙爵の件で上がっている家か。身分証か紹介状はあるか」


「こちらに」


 リリアーネが用意してくれた通行許可の書面を差し出す。

 衛兵は事務的に目を通し、門の内側を指差した。


「正門を入って中庭を真っ直ぐ。噴水を右に折れた先の棟が宮内府だ。看板が出ているから分かるだろう」


「ありがとうございます」


 丁寧に一礼して門をくぐる。

 ――王宮の内部は外から見る以上に広かった。

 中庭は石畳が整然と敷かれ、左右には回廊が伸びている。

 庭の中央には噴水があり、その先には大きな建物があった。

 あれが王の暮らす宮殿だろうか。


 装飾過多というほどではないが、一つ一つの意匠に金がかかっていることは一目で分かる。

 ふと、故国の宮殿を思い出す。

 お父様の宮殿はもっと荘厳で華美で、そしてどこか虚ろな空気を纏っていた気がする。


 もっとも――民を蔑ろにし続けた虚飾の宮殿は、革命後解体され独裁者が住まう党本部として建て替えられたが。


 ……今はそんなことを考えている場合じゃない。

 私は記憶を押し込め、衛兵に教えられた通りに中庭を真っ直ぐ歩いた。

 歩きながら視界の端で情報を拾い続ける。

 衛兵の配置。回廊の構造。窓の位置と死角。人の流れの密度。

 これは任務ではなく習慣だ。どこにいても退路と危険を把握しておかなければ落ち着かない体になってしまっただけ。


 噴水を右に進むと確かに「宮内府」と刻まれた石の看板が見えた。

 重厚な木の扉を開けて中に入ると、薄暗い廊下の先に受付らしき窓口がある。

 窓口の向こうには、中年の書記官が一人座っていた。書類の山に囲まれ、こちらを見もせずにペンを走らせている。


「失礼いたします」


 声をかけると、書記官は面倒くさそうにペンを止めた。


「何の用だ」


「アッシュフィールド伯爵家の使いでございます。当主リリアーネ・アッシュフィールドが叙爵の儀に際し王都に到着いたしました旨、こちらの書状にてお届けに参りました」


 封蝋の押された書状を丁寧に差し出す。

 書記官は書状を受け取り、封蝋の紋章を一瞥してから傍らの台帳を開いた。


「アッシュフィールド……ああ、東の辺境伯か。確かに受理した。叙爵の儀の日程は追って通知する。宿所はどちらだ」


「ヴァイスフューゲル地区の当家別邸でございます」


「承知した。通知はそちらに届ける。以上だ」


 そして書記官は、もう用は済んだとばかりにペンを取り直した。

 受理の確認書も手渡されず、日程の目安すら示されない。

 

 ――意図的か、それとも単に辺境の伯爵などに割く関心がないのか。

 おそらく後者だろう。この男からは悪意よりも無関心の匂いがする。

 ここでは辺境の家名などその程度の扱いということだ。


「お忙しいところ恐れ入ります。もう一点だけお伺いしてもよろしいでしょうか」


「……何だ」


「叙爵の儀はおおよそどれほどの期間お待ちすればよろしいか、目安だけでもお教えいただけますと当主への報告の際に助かるのですが」


 書記官はペンを止め、やや億劫そうに答えた。


「他に控えている案件も多い。早くて十日、長ければ一月以上は見ておいてくれ」


「承知いたしました。ご丁寧にありがとうございます」


 深く一礼して宮内府を後にした。

 早くて十日、長ければ一月。

 リリアーネの予想通りだ。急がせるつもりもなければ丁重に扱うつもりもない。

 いかにもリリアーネが語ったジークハイト四世の器が透けて見える対応だった。


 中庭に戻ると、人の行き来が増えている。

 役人、文官、軍服の男たち。それぞれが足早に行き交い、王宮という巨大な機構が動いている様が見て取れた。


 来た道を戻り、正門に向かって歩く。

 任務は完了。あとはリリアーネの元へ戻るだけ。

 ――その時だった。

 正門の方角から、喧騒が近づいてきた。


 複数の人間の足音と、複数の馬蹄の音。それに混じって号令を飛ばす声。

 反射的に石畳の通路の端に寄り、頭を下げた。


 中庭に入ってきたのは、騎馬の一団だった。

 先頭に旗手が二人。エーデルガルド王家の獅子の紋章旗を掲げている。

 その後ろに、近衛兵に囲まれた一騎。

 金糸の刺繍が施された赤い外套を纏い、白い軍馬に跨った若い男。


 ――あれが。

 ジークハイト四世。エーデルガルド王国の現国王。

 リリアーネが「顔だけは百点満点」と評した男。

 確かに整った顔立ちで、青い瞳と金の髪が王族らしい気品を漂わせていた。


 そういえば――エーデルガルド王家は旧帝国の傍系だったはずだ。

 皇統の血脈として本来は私と同じ白銀の髪と金の瞳を持つ一族のはずだが、独立の折に帝国の血統を否定するために金髪碧眼の血を積極的に取り入れたという話を聞いたことがある。


 私は通路の壁際に控え、一介のメイドとして一行が通り過ぎるのを待った。

 だが――ふと、見てしまった。

 頭を垂れ、膝を折った髪の隙間から通り過ぎる若い王の横顔を。

 そしてその一瞬で、読み取れてしまった。


 彼の目には怯えがある。

 自分が何者かになりたいのに、なれないと知っている人間の目。

 それを他者に悟られまいとして虚勢と威厳で塗り固めている。

 見覚えのある目だ。

 “赤い眼”にもこういう目をした上官がいた。実力のない人間ほど権威に縋り、部下の忠誠を恐怖で繋ぎ止めようとする。


 リリアーネの評価は正確だった。

 無能で、しかし無害ではない。

 この男は追い詰められた時に、予期せぬ愚行を犯す可能性がある。


 ――まずい。視線を切らないと。

 そう思った時には、もう遅かった。

 ジークハイト四世が馬上からこちらを見ていた。


 私と目が合った――わけではない。髪に隠れた私の目が彼に見えるわけがない。

 だが、この男は気づいたのだ。自分を「値踏みしている視線」に。

 自分が他者からどう見られているかに対して、この王は異常なほど敏感なのだろう。


 騎馬の列が止まった。近衛兵が緊張する中、ジークハイト四世はゆっくりと馬首を巡らせ、通路の端に控える私の前で止まった。

 馬上から見下ろす金色の瞳。

 近くで見ると、確かに美しい男だった。

 人形のように整った造形。だがその美しさには体温がない。

 沈黙が数秒。

 私は頭を垂れたまま、動かない。


「……昨日アッシュフィールドが都に参ったとは聞いていたが……その使いの者か」


 静かだが、言葉の節々に嘲りを含んだ声だった。


「なるほど――辺境の耳付きは従者も耳付きで揃えているのだな」


 それだけだった。

 ジークハイトはそれ以上、私に何も言わなかった。答えを求めてもいなかった。

 ただ一方的に言葉を投げつけ、馬首を戻し何事もなかったかのように中庭の奥へ進んでいった。

 近衛兵たちがその後に続く。


 馬蹄の音が遠ざかり、中庭に再び日常の喧騒が戻る。

 私は頭を垂れたまましばらく動かなかった。


 耳付き。

 獣の耳を持つ者に向けられる、王都では聞き慣れた蔑称なのだろう。

 リリアーネに向けられた言葉ではあったけれど、少しだけ胸の奥が軋む。


 ――ジークハイトよ。お前は自分の祖を忘れたのか? お前こそ帝国の皇統たる白狼の傍流――“耳付き”の臣籍風情が。


 ……いけない。捨てたはずの血が騒いだ。

 こんなところで皇統の血に拘泥するなんて馬鹿げたことだ。

 ()()()()()()はあの革命で死んだ。でもその亡霊が私の内側で頭をもたげる。

 よほど愚王の言葉は()()のプライドを傷つけたらしい。


 私は意図的に呼吸を繰り返し、昂ぶりかけた血を鎮める。

 立ち上がり外套の裾を整えると中庭を横切り、正門を抜け、王宮の外へ出た。

 振り返らなかった。


 あの宮殿は、お父様の宮殿とは違う。あの王は、お父様とは違う。

 同じ無能でも比べること自体が、お父様への冒涜だ。


 王都の雑踏に紛れながら、私は足早に別邸への道を辿った。

 リリアーネが待っている。

 あの人に今日見たことを、正確に伝えなければならない。

 それが今の私の仕事。

 ユースティアではなく、ステラとしての。

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