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第45話 従者一人でいざ伏魔殿へ! まずは別邸の「大掃除」から始めましょう

 王都エーデルシュタット。

 アッシュフィールド領の我が家を出発しておよそ十日の道のりを経て、私とステラはついにその門の前に立ったのだ。

 ――いや、立ったというより、見上げた。


「うわ……でっか……」


 思わず庶民丸出しの感想が漏れた。

 城門の高さだけでゆうに十メートル以上はあるだろうか。うちの領都の門も小さいわけではないけど、スケールが違い過ぎる。THE大都会!って感じのオーラをビシビシ感じる。

 

「ステラ、やっぱり都会は違うわね」


「そう? 私の故郷のズヴェズドグラードはもっと大きかったけど」


「そ、そうかしら……」

 

 あーそうでしたね。あなた亡国のお姫様だし。

 今少し皇女様モードだったでしょっ。

 くそう……私だけ田舎者みたいじゃん……


「こほん、検問はあっちみたいね」


 誤魔化すように咳払いをして私は視線の先にある列に並んだ。馬車や人足が長蛇の列になっていて、入門検査を受ける前にこの有様である。数十分ほど並んでようやく番が回ってくる。

 アッシュフィールド領の領主だと身分を示すと、衛兵は通行台帳と照らし合わせ「叙爵の儀にご出席の領主様ですね」と確認した。

 そこまでは事務的だったのだが――衛兵の視線が私の馬車と御者のステラ、そして私たちとは無関係な後方に並ぶ列を往復した。


「……アッシュフィールド様、従者の方はお一人だけでしょうか」


「ええ。身軽な旅が好きなの」


「はあ……左様でございますか」


 衛兵は何か言いたげな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。

 無理もない、爵位を正式に叙するはずの貴族が王都に赴くのに従者ひとりだけで参上となれば奇異の目を向けられても致し方なしである。大名行列とは言わなくても供回りの一行もつけぬとは、というわけだ。


 衛兵の目には「この伯爵はよほど落ちぶれているのか、あるいは変わり者か」と映ったに違いない。

 もっとも私たちは王命で訪れているのだから、その旨を照会されると何の問題もなく通行許可は下りた。

 だが門をくぐる時、背後で衛兵同士がひそひそと言葉を交わしているのがかすかに聞こえた。


(……まあ、噂になるでしょうね)


 王都では情報が通貨だ。「アッシュフィールド伯が従者一人で王都入りした」という噂は、遅かれ早かれ誰かの耳に届くだろう。

 それを狙ったわけではないが、利用できるなら利用する。侮られるなら侮らせておけばいい。


「さて、まずは別邸に向かいましょう。ヴァイスフューゲル地区だったわね」


 ヴェルナーから渡された地図を広げる。

 王宮を中心に東西南北に大きく四つの区画に分かれた王都の中で、ヴァイスフューゲル地区は王宮の北東に位置する中堅貴族の邸宅街だ。馬車は石畳の大通りを北へ進む。

 門前の商業区の喧騒を抜けると街並みは徐々に落ち着いたものに変わっていき、やがて高い塀と庭木に囲まれた邸宅が並ぶ静かな通りに入る。


「この辺りが貴族街かあ。……ずいぶん静かだこと」


「静かというか人の気配が薄い。空き家が多そう」


 ステラの観察は的確だった。

 邸宅そのものは立派なのに、門が閉ざされたまま庭木が伸び放題になっている家がちらほら見える。

 地方貴族の別邸とはそういうものなのだろうか。

 普段は無人で、社交の季節や王宮での行事があるときだけ主人がやってくる。

 うちの別邸もまさにその典型だった。


「……あったわ。ここね」


 通りの端に近い場所にアッシュフィールド家の紋章――狼の意匠が刻まれた門扉を構える屋敷があった。

 門そのものは堅牢で、ヴェルナーが言った通り守衛は常駐しているらしく、門番小屋から男が一人出てきた。

 三十代半ばといったところか、日に焼けた顔に職業的な警戒の色を浮かべている。


「アッシュフィールド伯爵リリアーネよ。叙爵の儀のことは聞いているかしら?」


「はっ、伺っております! お待ちしておりました!」


 男は背筋を正し、慌てて門の錠を外す。


「どうぞ、中へ……ただ、その、建物の状態につきましては……」


 言い淀む守衛の視線を追って門の内側に目を向け、なるほど、と納得した。

 うーん、最低限庭の雑草を払ったくらいの手入れはされているけど、貴族のお屋敷にはほど遠いわね。

 守衛が申し訳なさそうに頭を下げる。建物の維持管理は彼の職分ではないとはいえ、主を迎える邸がこの有様では居心地が悪いだろう。


「しょうがないわよ。十年以上誰もここを訪れずにこの程度の状態を維持できてたら十分。泥棒に入られていないのはあなたの仕事ぶりのおかげでしょう。引き続き警備をお願いするわね」


「はっ、ありがたきお言葉……!」


 さて、と私はステラに向き直る。


「ステラ。二人で掃除頑張りましょう」


「ん。潜伏先の整備は得意。任せて」


 ステラは外套を脱ぎ、てきぱきと腕まくりを始めた。

 元皇女にして元暗殺者が今度は清掃員である。なんという人材の無駄遣い。


 ※


 それからの数時間はひたすら埃との戦いだった。

 屋敷中の窓という窓を全開にして換気をする。空気の入れ換えをしているうちにハタキで高い所の塵を叩き落としていき、床の埃やゴミは箒で外に掃き出す。


 アッシュフィールド別邸は領都の屋敷に比べると小さい。

 小さいとは言え貴族の別宅だけあって、普通の民家に比べれば格段に広い。


「ぶえっくしょい!」


「リリアーネ、口を布で覆わないと」


 貴族らしからぬ盛大なくしゃみをかました私に、ステラが手拭いを投げてよこす。


「ステラは手慣れているのね……」


「潜入訓練の一環で清掃技術は叩き込まれてるから。どこにでも雇われる身の振り方を学んでた」


「訓練……か」


 その言葉に胸の奥がちくりと痛んだ。

 ステラがそうなる前は皇女として生まれ、皇女として育ち――何不自由ない暮らしを享受する立場にいたはずだった。

 部屋の掃除なんて使用人に任せるだけで自分でするはずもなかったし、そういった技を学び、習熟する必要なんてなかったのだ。


「……私の境遇を憐れんでる?」


 私の胸の内を読んだかのように、ステラは静かにそう尋ねた。

 その言葉には感情の波を感じさせない。


「ごめんなさい。そういうわけではないのだけど……」


「リリアーネ。私、今はわりと気に入っているの」


 ステラの視線は窓の外へ向く。

 屋敷から見えるのは王都の町並み。遠くに見える王城は白亜に輝き、この国の栄光と歴史がそこに集約されている。


「あなたと出会えなかったらきっと私はまだ誰かを殺し、自分の血と末路を呪いながら死んでいた。そういう意味で、私は今の人生が気に入っているわ。あなたといる時だけ私はただのステラでいられる」


「ステラ……」


 その言葉には嘘も誤魔化しもなく。

 彼女は本当にただ素直な気持ちだけを私にぶつけてくれていた。

 だからこそ、皇女ユースティアがそんな言葉を吐かねばならないこの世の中のままならさが悲しい。

 生まれと環境に翻弄されてなお前を向き生きようとする彼女に、私は何をしてやれるだろうか。


「……無駄話はおしまい。掃除、きちんと終わらせよう」


 ステラはぶっきらぼうな童女の仮面を被り直して、再び手元の掃き掃除に集中していった。

 あらかた目立つ埃を落とし掃き終えると、今度は汚れを雑巾できれいに拭き取るのを部屋の数だけ繰り返す。

 貴族の娘が一心不乱で雑巾がけだんなんてヴェルナーが見たら絶句しそうである。


 一階部分の掃除を終え、二階へ上がり再び同じことを繰り返す。

 そして執務室と思しき他の部屋より一回りほど大きな部屋に入った。

 

 書類仕事をする執務机と椅子、干からびたインク壷とペン。

 他の部屋よりも大きな窓から差す柔らかい光が、部屋を優しい空気で満たしている。

 開け放たれた窓からは風にそよぐ木々の葉ずれの音がかすかに届いた。  


「ここは……お爺様が使っていた部屋なのかもね」


「お爺様?」


「ええ、私の祖父――といっても私は肖像画の中でしか顔を見たことがないけど」


 お父様は堅物で真面目なタイプだったが、お爺様はわりとお茶目で陽気な伊達男タイプだったらしい。  

 だからこそ、王都の社交界にも積極的に顔を出したりしたんだろうな。

 その割には女性関係は固く、嫁いで来たお婆様と早くに死に別れた後はずっと独り身を通したらしいけど。

 そういうところはお父様も似ていた。


 私はこの世界での母の顔を知らない。

 名前はリュドミラということは知っているが、どんな人だったかは父ベルンハルトは多くは語ろうとはしなかった。


 名前の響きからヴァリャーグに縁のある出自ではあるようだったが、ヴァリャーグ系の名前なんて東西の大国に挟まれたエーデルガルドには珍しいものではない。実は亡命貴族とか!なんて裏設定はさすがにないでしょう。

 つーか、私の知り合いのヤクザだってイリヤというヴァリャーグ系の名前ですしね!?


 ……なんて、ついどうでもいい脱線を考えてしまうほど、この執務室には不思議と安らぎがある。  

 本棚に手を伸ばし、手帳をひとつ取り出す。

 開いてみると、几帳面な筆跡で日付と人名がびっしりと記されていた。


「……これ、交友録だわ」


 日付順に、誰と会ったのか手帳にはそうした記録が延々と綴られていた。

 日付は三十年以上も前のもので、ざっと眺めただけでもブラックウォール公爵の名は何度も登場していた。

 会ってどのような話をしたまでは手帳に綴られてはいないが、何度も会っているのだからそれだけで深い間柄であることは分かる。  

 確かにアッシュフィールド家とブラックウォール家は懇意にしているのは事実らしい。  

 手帳を私と一緒に覗き込むステラが、不意に声を上げた。


「……ふと思ったんだけど。リリアーネってもういい歳なんだし、婚約の話のひとつやふたつくらいあってもおかしくないと思ってたけど――今までそういう話は出てなかったよね?」


「あー……」


 そういやそうでした……と言われて気づいた。

 この世界は政略結婚が当たり前、私だって例外ではないのだ。


「あったみたいだけどね。お父様が水面下で話を進めていたようだけど……話か固まる前にお父様が亡くなったせいで、立ち消えになったらしいわ」


 お父様の嫡子は私のみ。

 なのでアッシュフィールド家を存続させるためには婿養子という選択肢が必然的に求められるわけで、そのためには同格以上の貴族の次男以下の子弟から相応しい人材を探さなければならない。  

 おそらくそういう相手との縁談がお父様の中にはいくつか考えられていたのかもしれないが、その辺の思惑が私の知らないうちに立ち消えてしまっている。

 縁談の話が世間話レベルだったのかそれとも具体的な話だったのかは今更もう確かめる術もないのだけど。


「もしかすると王都滞在中に縁談の話が出たりしてね」  


「リリアーネと結婚するならまず私と勝負して勝たないと話にならない」


 いやいやいや、なんでそこでステラが張り切るの。  

 あなたに勝てる男なんてそうはいませんよ?


 しかし結婚かあ……前世では結婚する前に死んじゃったわけで、憧れや興味自体はある。

 ただ、貴族同士の結婚なんて家と家を結びつける政治みたいなもんなのでロマンス的な展開とかあまり期待はできないんですよねえ。  

 せめて嫌いなじゃない相手であることを願うわ。


「ともかく、この手帳は有効活用させてもらいましょ。何十年の前の手帳だけど、家同士の関係は一世代では変わらないことが多いから、誰と誰が近くて誰と誰が仲悪いかを調べる手助けになりそう」


「便利」


「お爺様グッジョブよね」


 今すぐ精読する余裕はないけれど、王都の滞在中に目を通しておくべき貴重な資料だ。

 私は手帳を大事にしまい直し、再び掃除の続きに勤しむのだった。

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