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第42話 辺境の狼、いよいよ王都へ

 王家からの召喚状が届き数日。月も変わった四の月。

 朝夜はまだ冷え込むものの、昼は春を告げる日差しが心地よい穏やかな季節。

 私は執務室で最後の書類に目を通しながら、出立の準備を整えていた。


「ヴェルナー、私の留守をよろしく頼むわね」


「はいお嬢様……あ、いや、当主様。どうぞ御自らお気をつけ下さい」


「もうっ、当主様なんて他人行儀な。今まで通りお嬢様で結構だわ」


「……恐れ入りましてございます。ステラ殿、お嬢様を頼み申しますぞ」  


「言われるまでもなく。私がいる限りリリアーネには指一本触れさせないから」


「ほっほっほ、頼もしいことです」


 私は書類の束をヴェルナーに渡す。

 内容は税収の管理、穀物備蓄の出納、グレイハウンド商会との定例連絡、守備隊の配備状況。

 どれもヴェルナーに任せておけば心配はいらない項目ばかりだが、念のため目を通すのが当主の務めだ。


「ヴェルナー。何かあればリュシアとイリヤに相談して。あの二人なら大抵のことは捌けるから」


 今回、私はステラを同行させるのみの単身にも等しい状態で王都へ出向くことにした。

 王家からのアッシュフィールド家の心証は決して良くない。

 元々先代国王の崩御とお父様が亡くなった日が偶然にも同日だったこと、そして私のアッシュフィールド家の権力掌握のゴタゴタとも重なり先代国王の葬儀にうちからは誰も出席できず、新国王の戴冠式にも参列しなかった――という経緯があったからだ。


 もちろんそれは全て不可抗力によるものだが、向こうにとっては知ったこっちゃない。

 まして新しい国王はイケメンなこと以外はバカ殿のジークハイト四世だ。百パーセント「父の葬儀に参列しないばかりか俺の戴冠式にも出席しねえって舐めてるのか?」と根に持ってること間違いなし。


 そして先のヘルマンシュタインとの領地の巡る争いと和睦。

 王家を蚊帳の外に置いて戦争し、教会の仲介によって和睦したという事実は向こうとしては面白くもないだろう。「俺の頭を飛び越えて勝手にやりやがったなこの野郎」という風には思われて当然だ。  


 だから、王家に叛意は一切ありませんよ、というアピールで今回はステラだけを連れていくことにしたのだ。

 さすがに叙爵の儀という口実で呼び出して謀反の疑いをかけられることはないとは思うが、油断は禁物だ。


「ところでヴェルナー。王都での滞在先だけど」


「はい。そちらについてですが――ヴァイスフューゲル地区に当家の別邸がございます」


 ヴァイスフューゲル地区とは王宮に近い高台の一角で、貴族の邸宅が連なる区画だと聞いたことがある。


「別邸……お父様が使っていたの?」


「いえ。先代様が当主になられてからは、ほとんど足をお運びになりませんでした。元々は先々代様が王都での社交のために構えられたものですが」


 お父様は王都の社交界で諸侯の顔色を伺うよりも、領民の信頼を得ながら堅実に統治するタイプだったらしい。

 実に堅実で、実に不器用で、実に正しい判断だ。

 そのおかげで私は安定した領地運営の地盤を引き継ぐことができたのだ。

 その代わり、王都には味方どころか顔見知りすら一人もいないわけだけど。


「それで、その別邸の今の状態は?」


「警備は常駐させておりますので、建物自体は維持されているはずですが……正直に申し上げまして、もう随分と人が暮らしておりません。状態については、あまり期待されない方がよろしいかと」


「つまり埃と蜘蛛の巣のお屋敷ってわけね」


「端的に申しますと、そうなります」


 ヴェルナーが珍しく歯切れ悪く目を伏せた。

 執事として主を迎える家がそんな状態であることが相当に不本意なのだろう。


「王宮に宿所の手配を願い出ることも不可能ではございませんが……」


「それはなし。王の目の届くところで寝起きするなんて、檻に自分から入るようなものよ。多少カビ臭くても、自分の家の方がずっといい」


「お嬢様……滅多なことを言うものではございません」


「あら、ヴェルナーだってジークハイト四世陛下様の評判ぐらいご存知でしょうに?」  


「それであっても不用意な発言をするものではありません、と言ったのです」


 ヴェルナーがやんわりと私を嗜める。

 まあ彼も新国王サマの評判は知っているのだろうが、さすがに執事としてここは一言言っておかないといけなかったようだ。

 

「……ともあれ、王都に着いたらまずは屋敷の掃除ね」


「清掃人を臨時で雇うとのでしたら、手配のほうはいかがいたしましょうか」


 私はしばらく考えた後、ヴェルナーに首を振る。


「ううん、身軽でいたいからいいわ。私とステラで大掃除よ。ね? ステラ」


「任せて。工作員たるもの、潜伏先の清掃もお手のもの」


「ふふん、うら若き女伯が自ら屋敷の雑巾がけ。なかなかの箔がつくわね」


「お嬢様……どうかそのようなことは社交の場では……」


「大丈夫よ。冗談だから」


 出発の時刻が迫っていた。

 私は着替えを済ますと執務室を出て玄関ホールへ向かう。

 すでに馬車は用意されていて、御者台にはメイド服に外套を羽織っただけのステラがちょこんと座っていた。


「あら、ステラが御者をするつもり?」


「ん、国王陛下のご機嫌取りたいなら、少しでも早く王都に向かったほうがいい。強行軍なら私が最適。まあ夜になる前にどこかで宿を見繕う必要はあるけど」


 それと万が一、道すがら賊にでも襲われた時は守る対象が私だけでいい方が楽だということだろう。

 しかし――元皇女殿下を御者にさせ、自分の護衛任務をさせる悪役令嬢ってどうなの?  と自分でも思う。

 まあ当のステラはそんなこと気にしてなさそうなのが、救いか。


「ステラ、準備は?」


「ん、いつでも」


 私は馬車に乗り込もうとして、背後から「お嬢様」とヴェルナーに声を掛けられて振り向いた。  

 振り返ると、老執事はいつもの瀟洒な佇まいで門前に立っている。

 けれどその目元には隠しきれない不安の色があった。


「どうか、王都ではくれぐれもお気をつけて。あの場所は戦場とは違う種類の危険がございます。剣では防げぬ刃が飛び交う場所です」


 権力闘争という魑魅魍魎の蠢く貴族社会――その中枢たる王都エーデルシュタットにこれから赴くのだ。

 できることならこんな面倒は回避してしまいたかったけど、王家の命令は絶対だ。

 地方伯爵程度、王家の権威をもってすればいつでも首を落とすことができるのだから、従うしかない。


「ええ……気をつけるわ」


 私はそう言うと馬車のステップに足をかけて乗り込んだ。

 私が前世の記憶を取り戻して半年近い時が過ぎていた。


 父をここで看取り前世の記憶を取り戻した。

 私を暗殺しようとしたステラを逆に篭絡して共犯者にした。

 アッシュフィールドの権力を掌握するため叔父を断罪した。

 リュシアと出会い、イリヤと手を組んだ。

 ヴァリャーグの陰謀に翻弄されたこともあった。


 そして、初めての戦を経験しエルベ谷を守り抜いた。

 短くも激しく、鮮烈で忘れられない時間だった。

 

「……行ってくるわ」


 誰にともなく呟き、馬車が動き出す。

 車輪が石畳を鳴らす音と共にグレイヴィルの街門をくぐると、春の陽光がいっぱいに降り注ぐ街道が真っ直ぐに西へと伸びていた。

今話より二部の開幕です。今後とも応援のほどよろしくお願いします!

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