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第4話 詭弁で追い詰め、物理で黙らす

 この世界の――エデガルに住まう人間は多くの人種が存在している。

 例として西方系、大陸の西側に多く住まう私の前世と同じようなホモ・サピエンスの姿をしたヒト。

 そしてもうひとつ例を挙げると東方系を含む、いわゆる獣人のヒト。頭部には動物のそれに酷似した耳があり、お尻には尻尾が生えている。

 人によっては頭部がそのまま動物の頭となっている人もいる。ケモナー大歓喜――いやこの先は宗教戦争に繋がるので止めておこう。


 そして私――リリアーネは、銀髪で白い狼の耳と尻尾を持つ白狼系獣人のヒトだ。対して、グスタフは西方系の容姿のヒトだ。

 アッシュフィールド家は混血であり、生まれる子はどちらかの特徴を引き継いでいる。血統そのものは混血なのに、グスタフは西方系の容姿がゆえに私のようなケモミミ人を“耳付き”などと蔑称で呼ぶ。バッカじゃないの。

 アッシュフィールド家的には白狼の徴は大昔、エーデルガルド王国がまだ東の旧ヴァリャーグ帝国領だった時代の皇帝の血筋に連なるとされている。

 もっとも白狼系の人はステラのように普通に沢山いるわけで、三国志で例えると劉姓の人間はみんな漢室の血を引いていると言っているようなもんだから、あまりアテにはならない。

 信じたい人は信じればいいし、そうでない人は別に信じなくても良い。そういう伝承なのだ。


 ※


(あ……やっと、来た……)


 グスタフの嘲るような声は、今の私にとっては天使のラッパのように聞こえた。  

 彼が来たということはもう私は立っていなくていいということだ。  

 この地獄のような激痛に耐え、脂汗を垂れ流しながら直立不動を維持する苦行から解放されるのだ。


「よ、よく……来てくれましたわね、叔父上……」


 私はどうにか声を絞り出す。  

 皮肉を込めたつもりだったが、おそらく今の私は死にかけの掠れ声しか出ていないだろう。  

 グスタフが何か言い返そうと口を開いたのが見えた。だが、その言葉を聞く余裕は私に残っていなかった。


(もう、無理。限界……ッ!)


 プツン、と。私の中で意識を繋ぎ止めていた最後の糸が切れた。  

 膝の力が抜け重力に身を任せる。世界がスローモーションのように回転し、濡れた石畳が迫ってくる――

 あ、やべこれ石畳とキスするわ私――そんなことを考えていたその時、バシャッという水音が弾け――私の身体は冷たい地面ではなく、温かく柔らかい何かに受け止められた

 ステラだ。さすが“赤い眼”の元工作員。

 常人離れした反応速度で私の身体を抱きとめると、それはもう悲痛な喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げた。


 「お嬢様! しっかりしてください! お嬢様――ッ!!」


 おー、すごい演技力、アカデミー賞取れるんじゃないの? だけど私は


(……リリアーネ、今解毒剤を打ち込む)


 耳元で囁くステラの声。その直後、首の後ろにチクっと小さな針が刺さる感触があった。

 みんな私を注目してるのにステラは鮮やかな手並みでバレることなく私に解毒剤を投与した。

 私を抱き留めていることと、絶叫によってステラは周囲の視線を一身に集めている。

 だからこそ、注射の瞬間だけは死角になると判断したのだろう。流石である。


(立てるようになるまでもう少し時間かかると思うから)


「……あ、ぐ……ぅ……」


 口をパクパクさせながら、私はどうにかステラに答える。  

 幸いにも痛みは和らいできた。しかし身体の痺れと倦怠感はまだ抜けない。

 そして私の苦悶の表情を見た周囲の弔問客たちが、一斉にざわめき立つ。


「おい、どうされた!?」

「伯爵令嬢が倒れられたぞ!」

「誰か! 医師はいないか!」


 騒然となる会場。  

 その混乱の中心で、私はグスタフの顔を見た。  

 彼は驚愕し、目を見開いていた。だが次の瞬間、その口元がニヤリと歪むのを私は見逃さなかった。

 彼は確信したのだ。「自分の依頼した暗殺計画がついに成功した」と。そして、ここで混乱に乗じて犯人を仕立て上げれば、アッシュフィールド家は自分のものになると。


 ――さあ、言え。その浅はかな頭で考えた最悪の一手を。


「毒だ! 毒に違いない!!」


 グスタフの大声が雨音を切り裂いて響き渡った。  

 彼はビシッと、私を抱きかかえているステラを指差す。


「そのメイドだ! その耳付きの女がリリアーネに毒を盛ったんだ! 衛兵、何をしているその女を捕らえろ!」


 その瞬間だった。

 先ほどまで騒がしかった会場が、まるで水を打ったように静まり返ったのは。


 ……シーーーーーーン。


 しとしとと降り注ぐ雨の音だけが、世界の全てになった。

 誰も動かない。衛兵すらも困惑した顔で棒立ちになっている。

 雨音だけが虚しく響く中、その場にいる全員の視線が――私やステラではなく、指を指しているグスタフへと集中していた。


 その視線が語っている言葉は、ただ一つ。――『いや、お前やろ』


「……な、なんだ。なぜ動かん! その耳付きが犯人だと言っているのだぞ!」


 周囲の異様な冷たさに気づいたのか、グスタフの声が上ずり始める。

 そこへ、静かな足音が近づいてきた。

 長年アッシュフィールド家に仕えてきた執事、ヴェルナーだ。

 彼は冷徹な瞳でグスタフを見据え、淡々と問いかけた。


「……グスタフ様。医師の診断もまだ、誰も原因などわからぬこの状況で……なぜ貴方は『毒』だと断定できるのですか?」

「なっ……!?」

「ただの貧血や、ご病気による発作かもしれません。それなのに、なぜ『毒』だと? まるで――毒が使われることを、予め知っていたかのような口ぶりですね」


 ヴェルナーの言葉に、周囲の貴族たちがヒソヒソと囁き合う声が重なる。『確かに、倒れた直後に毒だと決めつけるのは不自然だ』『しかも、なぜあのメイドだとわかる?』『そういえば、アッシュフィールド家の後継者争いで彼は……』


 グスタフの顔色が、みるみるうちに蒼白になっていく。

 彼は自分が墓穴を掘ったことにようやく気付いたようだ。


「ち、違う! 私はただ、状況を見てとっさに……!」

「それに、なぜこのメイドが犯人だと? 彼女はずっと私の傍らに控えておりました。毒を盛る隙など無かったはずですが」


 ヴェルナーがさらに畳みかける。

 グスタフは脂汗を浮かべ、視線を泳がせた。  

 もう言い逃れはできない。彼がここでステラを犯人だと主張するのは「自分がステラに毒殺を依頼した」と告白するも同然だったから。


「くっ……お、おのれ……!」


 ヴェルナーに詰め寄られ、グスタフは脂汗をだらだらと流して後ずさる。

 完全にチェックメイトだ。だが――


(……まだよ。ヴェルナー、そこから先は私の獲物)


 私は心の中で執事を制する。

 ステラが打ってくれた解毒剤が劇的に効き始めていた。  

 燃えるようだった内臓の熱が引いていき、代わりに氷のような冷徹な思考が戻ってくる。

 まだ手足は痺れている。けれど「グスタフを地獄に叩き落とす」という明確な殺意が、私の身体を突き動かした。


 私はステラの腕を強く掴む。

 私の意図を察したのか、ステラが一瞬だけ目を見開き――すぐに小さく頷いた。

 彼女のサポートを受けながら、私は濡れた石畳の上で、ゆっくりと膝を伸ばし、地面を踏みしめる。


「……ま、待て! 私はアッシュフィールドの血族だぞ! こんな濡れ衣……!」

「――濡れ衣、ですって?」


 雨音を切り裂く、私の凛とした声。

 グスタフの喚き声がピタリと止まる。

 彼だけじゃない。その場にいる全員が信じられないものを見る目で私を見ていた。


 私はステラに支えられながらも、背筋を伸ばし、冷たい雨に濡れながら亡霊のように立ち上がった。

 

「お、お前……なぜ、立って……!?」


 グスタフが腰を抜かしそうになりながら、ひきつった声を上げる。  

 その顔は恐怖に歪んでいた。まるで、死人が生き返ったのを見たかのように。  

 私はそんなグスタフに向けて、聖女のように優しく、けれど絶対零度の微笑みを向けてやった。


「あら、残念そうですわね、叔父上。私が毒で死ななくて」

「ひっ……!」

「それにしても不思議ですわね。ヴェルナーの言う通り、まだ誰も原因なんて分かっていないのに……どうして叔父上は、私が『毒』で倒れたと確信していらしたのかしら?」


 私は一歩、また一歩と、ふらつく足取りで――しかし獲物を追い詰める捕食者のような威圧感で彼に近づく。


「まるで……『今日、ここで私が毒殺される手はずだった』のを、最初から知っていたみたい」

「あ、あ……あぁ……」


 私の赤い瞳に見据えられ、グスタフは言葉を失った。

 もう、言い逃れはできない。被害者本人が蘇りその口で矛盾を突いたのだから。


「くっ、うぅ……おのれ……おのれぇぇ……ッ!」


 追い詰められたネズミは猫を噛むというが、追い詰められた馬鹿は何をするか。  

 答えは――「自暴自棄」だ。

 グスタフの瞳から理性の光が消えた。彼は懐から護身用と思しき短剣を抜き放つと、獣のような咆哮を上げて私へと突っ込んできたのだ。


 「貴様さえ! 貴様さえいなければァァァッ!!」

「――ッ!?」


 あまりの愚行。

 あまりの短絡的思考。  

 誰よりも早く動くはずのステラの反応が、ほんのコンマ数秒だけ遅れた。

 無理もない。彼女はプロの工作員だ。「相手が最善手を打ってくる」「生存確率の高い行動をとる」という前提で思考する。

 だからこそ――この衆人環視の葬儀の場で、自分から破滅に飛び込むだけのこの自殺行為が彼女の計算の外側だったのだ。


(ああ、本当に――)


 スローモーションのように迫りくるグスタフの歪んだ顔と、雨に濡れて鈍く光る刃を見つめながら私は冷ややかに思う。


(救いようのない馬鹿ね、叔父上)


 私は逃げない。

 解毒剤で回復しつつある身体に、残った魔力を全投入する。  

 身体強化魔法――なんて高等な技術じゃない。

 単に魔力回路をぐるぐる回して右手に集約するだけの原始的な力技だ。まあ、こんなの魔力がある人なら誰でもできる。

 ただし――チュートリアルボスとしての、腐っても高ステータスな魔力を込めて。


「死ねぇぇぇッ!!」

「お眠りなさい」


 振り下ろされるナイフを半身で躱す。

 がら空きになった胴体。無防備に晒された鳩尾。そこへ向けて私は魔力を纏った右拳を、親愛なるグスタフへの感謝を込めて叩き込んだ。


(ありがとうグスタフ――あなたのおかげで私はアッシュフィールドの権力を掌握できるわ)


 ドォォォンッ!と、腹を殴ったとは思えない重低音が響いた。


「が、はッ……!?」


 グスタフの身体がくの字に折れ曲がる。

 衝撃波が背中を突き抜け、着ている喪服がバッと波打った。

 魔力を乗せたカウンターの一撃は、ナイフを振り下ろす力ごと彼を粉砕したのだ。


 カラン、と虚しい音を立てて短剣が石畳に落ちる。  

 数瞬遅れて、グスタフが白目を剥き、口から泡を吹きながらドサリと崩れ落ちた。

 ピクリとも動かない。


 ……シーーーーーーン。


 本日二度目の静寂。

 だが今度は疑惑の沈黙ではない。

 毒に侵されているはずの令嬢が、大の男を一撃で沈めた光景に対する、純粋な「畏怖」と「ドン引き」の沈黙だった。


(あ、やべ。やりすぎた)


 拳に残る痺れを感じながら、私は冷や汗をかく。

 か弱い被害者を演じるはずが、物理で黙らせてしまった。  

 私は慌てて拳を隠し、震える声(演技)で呟いた。


「こ、怖かったですわ……無我夢中で、つい手が……」


 ……無理があるだろうか?  

 チラリとステラを見ると、彼女は口をポカンと開けて地面に転がるグスタフと私を交互に見ていた。

 その顔には明らかにこう書いてあった。


 ――『やっぱりコイツ、イカれてる』と。

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