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第34話 一時の勝利は、どうしようもなく血の味がした(前編)

 轟音、それが開戦の狼煙だった。


「――撃てェッ!!」


 指揮官たちが一斉に号令を発する。  

 その瞬間、砦の銃眼から数百の銃口が火を噴いた。

 耳をつんざく連続した破裂音と視界を覆い尽くす白煙。

 一拍遅れて砦を落とすために坂を上ってきたヘルマンシュタイン軍の最前列が悲鳴と共に倒れ伏す。


 これぞ銃の集中運用、弾幕はまるで巨大な死神の鎌が隊列を薙ぎ払うように襲い掛かる。


「な、なんだ!? 何が起きた!?」


「雷魔法か!? いや、銃だ! あいつらあんな武器を……!」


 敵兵の悲鳴と怒号が、風に乗って微かに聞こえる。


「ええい怯むなァっ! あのような豆鉄砲! 我が甲冑の前には無力ッ!!」


 敵指揮官と思しきプレートアーマーの騎士が、混乱し恐れおののく味方を鼓舞し、号令を出す。

 さすがに銃とてあの甲冑を正面から貫くのは難しい――だが。


「物ども我に続け――ガッ!?」


 シュゴウと空気を斬り裂く音が、敵指揮官の甲冑ごと胴体を粉砕する。

 槍――否、さながら杭のような巨大な矢が敵指揮官の胴体を穿ち、背中から生えた。


「レオニス!」


「まずは一人……いや、今の一射で二人だ」


 私の横に控えるのは、長さが人の身長ほどもある特大の弓を番えた灰狼隊長――レオニスだ。

 彼麾下の強化弓兵は魔力によって身体能力を底上げし、普通の人間であれば手で曲げられないような硬さの弦を引き、甲冑ごと相手を貫通する超長弓の一射を放つ。

 その破壊力は凄まじく、指揮官ごとその背後の兵まで串刺しにして葬っていた。

 さながら弓と言うよりは対物ライフルのようなそれである。


「次弾装填! 急げ!」


「弓隊、前へ! 弾込めの隙を埋めろ!」


 銃撃の直後に生じた静寂を埋めるように、今度は一般弓兵からの矢の雨が降り注ぐ。

 弓隊の援護射撃は混乱して足が止まった敵兵にとって、慈悲のない追い打ちとなる。


「……すごい」


 私はその光景を見つめながら、ただただ感嘆するしかなかった。

 確かに初撃は決まった。敵の出鼻はくじいた。

 けれど、相手は千の軍勢。これだけで撤退してくれるほど甘くはない。  

 煙の向こうで、敵が隊列を立て直し始めている気配がする。


「……ステラ、私の護衛を頼むわ」


「リリアーネ?」


「敵の本命を――魔導兵を探す」


 私は目を閉じ、意識を深く沈める。

 この時のために密かに魔法の練習もきっちりと重ねていた。

 いつぞやの――叔父グスタフを殴り飛ばしたような雑なやり方ではない。

 魔力の消費が大きい攻撃魔法ではなく、持続力と精度に優れた索敵魔法。  


 自身の膨大な魔力を練り上げ、形を与える。  

 イメージするのは、黒き翼。空を舞う三つの目。


「――飛べ、『三羽烏(トリニティ・レイヴン)』」


 私の周囲から三つの黒い靄のような魔力の塊が飛び立ち、三羽のカラスの姿となって空へ舞い上がる。

 視界が切り替わり、私の脳裏に上空から見下ろす戦場の俯瞰図が映し出された。  

 それはまるで、前世で見たドローンのカメラ映像のようだ。


(煙で見えない地上も、空からなら――!)


 私はカラスたちを操り、敵陣の奥深くへと潜入させる。  

 探すの、歩兵や騎兵じゃない。  

 この世界において、銃以上に脅威となりうる存在――“魔導兵”だ。


 この中世風世界で、皆が剣や槍、弓や銃で戦うなかでミサイルに匹敵するのが攻城魔法を持った存在。

 それ一発程度では砦を破壊するに至らないが、直撃に巻き込まれた人間を吹き飛ばすには十分すぎる火力を持っている。


(……見つけた)


 カラスの一羽が、敵の最後衛にいる数人の集団を捉えた。

 そのうちのフードを目深に被った一人が魔導杖を掲げているのが見えた。そこだけサーモグラフィーのように赤黒い魔力の渦となって揺らいでいる――


(あれは……まずいッ!)


 魔力の密度が、私の想定よりも遥かに高い。

 ヘルマンシュタインは開戦早々から切り札を切ってきた。

 詠唱はすでに最終段階。今からレオニスたちに狙撃を命じても、間に合わない――!


「総員、衝撃に備え――ッ!!」


 私が叫ぼうとした、その刹那だった。  

 敵陣深くから、目も眩むような一条の光が放たれた。


 音すらない。

 赤黒い光の奔流は、私たちがいる南側の城壁ではなく反対側――北側の城壁へと吸い込まれていく。


 ドォォォォォォォンッ!!


 直後、エルベ砦全体を揺さぶる激震が轟いた。

 耳をつんざく爆音と共に北側の城壁の一部で爆炎が上がり、瓦礫となって舞い上がるのが見えた。


「そんな……っ! あの辺りにはユーリ隊長が指揮を……!」


 私はステラに支えられ、なんとか体勢を保つ。

 土煙が晴れた先には、黒く焦げ付いた城壁と――そこにあったはずの“人の気配”が消滅した光景があった。


 カラスの視界を向ける。 土煙が晴れていく北壁の一部には、黒く焦げ付いた大穴が空いている。

 着弾地点の様子は瓦礫で阻まれ、カラスの視界でも確認することは出来ない。


 今すぐに駆けつけてユーリの安否を確認したい。

 けれど――


「まだ魔力の反応がある! 一ヶ所じゃない、もう一つ――!」


 ステラの叫び声にハッとしてカラスの視界を動かす。  

 敵の魔導兵は二手に分かれていた。  

 最初の着弾に私たちが気を取られている隙に、時間差で詠唱を完了させた“二つ目の魔力源”が、別の場所で輝いていた。


 その杖が向いている方向は――ここ、南壁。

 私のいる場所だ――


「しまっ――」


 回避なんてできようもない。  

 二条目の光が、敵陣から放たれるのが見えた。  

 それは死の閃光となって、一直線に私たちへと迫る。


「伏せてッ!!」


 ステラが私を抱き込み、床へと押し倒す。  

 直後、世界が白く弾けた。


 ズドォォォォォォンッ!!

 先ほどよりも近い、腹の底に響くような衝撃音。  

 凄まじい振動が走り、身体が宙に浮くような感覚と共にバラバラと石礫が雨のように降り注ぐ。


 「う、うぅ……っ」


 「リリアーネ、無事!?」


 土埃で真っ白になった視界の中で、ステラが私を覆うようにして顔を覗き込んでくる。  

 耳鳴りが止まらない。体中が痛い。けれど、手足が動く感覚はある。


「わ、私は大丈夫……! ステラは!?」


「平気。かすり傷」


 ステラの頬に赤い筋が走っていたが、無事のようだ。  

 私はふらつく足で立ち上がり、城壁の外を確認する。  


 城壁の下部――土台に近い部分が大きく抉れ、黒煙を上げていた。  

 狙いが僅かに逸れていたからこそ直撃を受けることは避けられた。

 もし、城壁の上部に直撃していれば私たちは北壁のようになっていただろう。


「南壁、被害状況報告!」


「は、はいッ! 数名が破片で負傷しましたが、死者はおりません! 戦闘継続可能です!」


 兵士の震える声に、安堵よりも先に、苦いものがこみ上げる。  

 こちらは運良く助かった。けれど北壁で直撃に巻き込まれた人たちは――


 これが、戦争。  

 これが、人が死ぬということなんだ――

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