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第33話 開戦

 翌朝。エルベ谷に立ち込めていた朝霧が晴れるのを同じくして、ついにその時は訪れた。

 斥候からの報告に、私は司令室を飛び出し城壁へと向かう。  

 西の方角――エルベ砦から見て谷の入口にあたる方向にヘルマンシュタインの軍勢が陣取っているのが遠望できた。


「――ようやくのお出ましね」


 私は、眼下に広がる光景を見下ろして小さく息を吐く。

 谷の入口に本陣を置き、整然と並ぶヘルマンシュタイン伯爵軍は、予想通りアッシュフィールド軍よりも規模は大きい。

 先頭の隊列には二匹の蛇が絡み合う意匠の旗――ヘルマンシュタイン伯爵家の紋章旗が風にはためいている


 騎兵、歩兵、弓兵。その数はおよそ千。

 対するこちらの守備兵力は三百。平原での戦闘では到底勝ち目がない。

 だが、ここはエルベ谷。地形と砦での籠城で地の利はこちらにある。


「綺麗な鎧。よく手入れがされてる」


 私の斜め後ろに控えたステラが感心したように、しかしどこか冷めた声で呟く。


「そうね……私が先手を打ったとはいえ、向こうは初めからここを攻め込むつもりで準備していたのバレバレよ」


 もし、私が戦を回避しようと引き延ばしの交渉を続けていたらどうなっていただろうか。  

 準備が整った相手に、何の対抗策もないまま攻め込まれていただろう。

 そう思うと、身が寒くなる。

 私に先手を打たれても、すぐに千の兵を編成し、ここへ派遣することができる――それこそがヘルマンシュタイン伯の実力だろう。


 すると、敵陣の中から一騎の騎馬が進み出てきた。

 これは――あれか、戦の前の口上みたいなやつなのだろう。

 ここを攻めるための大義名分を叫び立て、自陣の士気高揚と、相手方を煽るのが目的というところか。


 敵陣から派手な羽飾りをつけた兜を被った騎士はゆっくりと前進を続ける。

 そして砦からの攻撃が届くギリギリの距離で馬を停めると、大仰な身振りで羊皮紙を広げ、朗々と声を張り上げた。


「――砦に立て籠もるアッシュフィールドの者共、よく聞けぇィ!!」


 谷間によく通る、腹の底から吐き出される大音声。  

 あそこからこの距離を通す声を出すとは、なかなか立派な喉をお持ちのようである。


「我はヘルマンシュタイン伯爵家騎士、ベルガー・ウルライヒ! 偉大なる当主、ローマン・ヘルマンシュタイン伯爵閣下の名代として告げる! 貴様らが不当に占拠しているこのエルベ砦及び周辺地域は、古来よりヘルマンシュタイン家の正当なる領地である! 直ちに武装を解除し、城門を開いて恭順せよ! さすれば閣下の慈悲により、命だけは助けてやろう!!」


 要約すると「ここは俺様の土地だからさっさと出ていけ、逆らうなら殺すぞ」である。

 これさすがに挑発以下の口上なので、あの騎士に弓を射かけるのは我慢しておこう。  

 あくまに私たちは戦の作法に則り、勝利を納めなくてはならないのだから。


 そしてふと思う。これがかつての日本で、源義経なら口上の名乗りを上げてる武士にいきなり矢を撃ち込んでるんだろうな。

 さてその口上の返しだが――私は懐に拡声の魔導具を忍ばせ、彼を見下ろす形で城壁の端に立った。


「――ごきげんよう、騎士様。朝から随分と元気な声ですこと」


 かよわき乙女のため彼のような大声は出せないが、拡声の魔導具でそれをカバーすれば問題はない。

 私は精一杯の猫をかぶり、淑女の礼をもって出迎える。

 あくまで優雅に、余裕を持って。


「なっ……貴様、何者だ! ここは女子供が出張ってくる場所ではないわ!」


「あら? あなたは私を存じていないの? アッシュフィールド伯リリアーネとは、私のことなのに――もしや戦う相手すら分からずに、ここまでやってきたのかしら? それで……ええと、私たちは周辺住民を困らす“魔物”退治のためにここに詰めているだけですわ?」


「なにィ!? 我らを“魔物”と罵るか、小娘がッ!」


 いや、そこまで言うとらんが。  

 そちらから攻め込んでおいて、いきなり逆ギレというのは流石に横暴にもほどがある。  


「あら、どうやら魔物の自覚がおありでしたとは。それなら話が早いですわ。これ以上、エルベ谷を騒がせないでもらいたいものですの。領民たちも不安がっているのですよ?」


「小娘ェ……その不遜な態度が許されると思うなよ!!」


 あまりに煽り耐性が低い騎士が怒りでわなわなと身体を震わせる。

 怒りに任せて全軍突撃の号令が出るかと身構えるが――


「――下がれ、ベルガー。口の減らん小娘相手に貴殿では荷が重い。武勇には自信のある貴殿だが、頭に血が上りやすいのが玉に瑕よ」


 威厳のある、しかし押し殺した怒りを含んだ声が響く。

 敵陣が割れ、戦場にも関わらず豪奢な衣服を纏った小太りの初老の男が――ローマン・ヘルマンシュタイン伯爵その人が、悠然と馬を進めてきた。


「はっ、申し訳ございません閣下!」


 騎士が慌てて道を譲る。ヘルマンシュタインは馬を停めると口を開く――こちらは拡声の魔導具を用いているのか、よく通る声だった。


「刺繍の針と剣の区別もつかん小娘が、戦場にしゃしゃり出てくるとはな。……リリアーネ殿、悪いことは言わん。即刻砦を明け渡せ。そうすれば、子供の火遊びとして不問にしてやろう」


 圧倒的上から目線の物言い。「お前のためを思って言っているのだぞ」と言外に語る高圧的な態度。

 私は扇子で口元を隠し、わざとらしく首を傾げてみせる。


「お断りしますわ。先ほど騎士様にも申し上げました通り、私は『魔物討伐』の任務中ですので」


「あくまでシラを切るつもりか。貴様が並べているその武装集団こそが不法占拠の証拠ではないか」


「心外ですわ。これは正当な自衛のための戦力。……そこにいる“魔物”から領民を守るための、ね」


 私は手に持った扇子を閉じ、パチリと音を立てる。

 そして、真っ直ぐに伯爵を見据えた。


「これ以上進むなら、ヘルマンシュタイン家と言えども“魔物”として排除せねばなりません。……どうぞお帰りください、閣下」


「――それが卿の返答か。小娘が慈悲をかけてやれば増長しおって」


 ローマン・ヘルマンシュタインは大げさに首を振り、大袈裟な仕草で剣を抜いた。  

 太陽の光を受けた白銀の切っ先がギラリと輝く。


「いいだろう。だが殺しはせぬ。その生意気な口が二度と叩けぬよう辱め、首を鎖で繋いで領地を引き回しにしてくれる!」


 この期に及んで首を晒すと言わないあたり、よほど私を小娘としてしか見ていないらしい。  

 その自尊心を木っ端微塵にしてくれるわ、この野郎。


「全軍かかれ! あの砦を落とし小娘を私の前に引き出せ!」


 伯爵の号令と共に、千の軍勢が一斉に鬨の声を上げた。  

 怒号のような歓声が谷を震わせる。

 彼らは彼らは一塊となって、砦へと続く街道を進軍する。


「……交渉決裂ね」


 私は冷めた目でその光景を見つめる。

 狭い隘路ではその軍勢も、数の利を活かしにくいということを分かっているのだろうか。  

 ――あるいは、何かしらの手を考えているのか。

 

 そう、相手の歩兵は大した敵じゃない。

 怖いのは攻城魔法を持つ“魔導兵”だ――ヘルマンシュタインの正規軍なら必ずどこかに紛れ込んでいる。

 あれは弓と火縄銃で戦う世界に持ち込まれる()()()()だ。

 私たちが最優先で討つべきなのは、敵軍の中でも“そいつら”なのだ。


「総員、戦闘用意」


 私は振り返り、待機していたユーリや兵士たちに告げる。  

 私の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。


「みんな――ここが踏ん張りどころよ。……エルベ谷を必ず守るわ! ――撃ち方、はじめっ!!」


 ユーリが復唱し、号令が飛ぶ。  

 城壁に並んだ数百の銃口が迫りくる敵影に向けられた。

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