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第30話 不揃いな共犯者たちは修道院に集う

 聖声盤による通信から三日後――アッシュフィールド領西端・エルベ渓谷にて私たちアッシュフィールド本隊は、ヘルマンシュタイン伯爵に先駆けエルベ砦に到着し防衛線を布陣することができていた。


 ヘルマンシュタインには出立の時に早馬にて書状を送っている。内容は要約すると『エルベ谷周辺で魔物被害が発生したため討伐部隊を編成、出撃することにしたので4649ね』といったものである。


 もちろんその中には『貴領主と交戦の意思は一切ないので、我が軍が近づいたとしても領境は超えないし武装した兵を差し向けないでね! 約束!』といった趣旨のしたためている。


 まあ、真っ赤な嘘だ。お前が売ったケンカ、こっちから買ってやるよと言ったところである。  

 とはいえ領主としての体面上、交戦の意思はありませんよーという“建前”も示しておかないと、他の諸侯や王家に後々グチグチと絡まれたりする恐れもあるのでこの程度の“言い訳”は必要だろう。  


 私たちは砦後方に位置する修道院に本陣を敷き、前線のエルベ砦にて連絡を取りつつヘルマンシュタインの出方を見守っていた。

 ――嵐の前の静けさ、というやつだ。


 エルベ修道院・食堂。

 普段は修道士や修道女が一同に集まる食事場所に不釣り合いな戦術地図が広げられている。

 修道院のみんなには悪いが、ここを臨時の作戦司令部とするため一時的に接収させてもらっているのだ。  

 そしてここに集まった顔ぶれもまた、聖なる場所には似つかわしくない“ごった煮”だった。


 メンツは領都で留守を任せているヴェルナーを除いたいつメン。

 そして――


「――現在、砦周辺に点在する村落からの避難民の受け入れは順調です。すでに九割の住民が修道院の敷地及び後方に設営した天幕に収容が完了し、残りの一割の住民については日没までに避難誘導が完了するでしょう」


 報告を行っているのは、エルベ砦守備隊長のユーリ・クライチェク。  

 真面目を絵に描いたような堅物そうな青年で、領主である私を前に緊張で直立不動になっている。


「ありがとう、ユーリ隊長。迅速な対応に感謝するわ」


「はっ! すべては閣下の事前の通達があったおかげです!」


 ユーリが恐縮する横で、気だるげに声を上げる男の姿があった。


「いやー、それにしても田舎だねえここは。こんな何もない谷底取り合って戦とかご苦労なこった」


 すらりと長い脚を組んで椅子にふんぞりかえっているのは、私が創設した特務部隊『灰狼アッシュウルブズ』の隊長、レオニスだ。歳は三十前後。

 整った顔立ちをしているが、着崩した騎士服と、常に口元に浮かべたニヒルな笑み。

 ――いかにも「遊び人」といった風情を醸し出している男だ。


 彼は没落した下級貴族の三男坊で、家を出奔した後傭兵紛いなことなどして食い扶持を稼いでいたようだが、私がその腕を見込んで拾い上げた男だ。


「レオニス、軽口はその辺にして」


 ステラが冷たい声で諌めるが、レオニスは「へいへい」と肩をすくめていなしている。  


「で、お嬢様? 俺ら『灰狼』の配置は砦側面で守備隊の援護でいいのかい?」


「ええ。あなたたちは銃で撃ち漏らしたところをカバーして。速射力で勝る弓で銃の弾込め時間を埋めてちょうだい。そしてレオニス、あなたを含めた数名の強化弓兵は敵の指揮官や魔導兵を狙い撃ちしてほしいの」


「了解。ま、正面の泥臭い足止めは守備隊の皆さんにお任せして、俺たちは強弓で美味しいところを攫わせてもらいますよ」


 レオニスがウィンクを飛ばすと、真面目なユーリがムッとした顔をするが、反論はしない。

 彼もまた、灰狼の実力を認めているからだ。


「おいお嬢。軍人のじゃれ合いはどうでもいいが、物資の確認をしてくれ」


 今度は、テーブルの隅で不機嫌そうに帳簿を睨んでいたイリヤが口を開いた。


「弾薬、矢、食料。搬入はあらかた終わってるが、あまり余裕のある数とは言えん。弾薬や矢は明日には予定数に届くとして――特に食料だ。避難民の分までウチ持ちとは聞いてないぞ」


「あら、避難民のケアは領主の義務よ。それに、彼らは将来の『お得意様』候補でしょ? 避難民の食糧配給はあなたの好きな“未来への“投資”よ」


「ケッ、よく言うぜ……大体俺は商人だぞ、なんで俺が最前線で兵站管理をさせられてんだ」


 イリヤはブツブツと文句を言いながらも、手元のリストには完璧な物資配分が記されている。

 強面の狼面のヤクザのくせに、その本質は堅実な官吏というギャップなのがイリヤという男だ。


 彼の兵站管理は堅実で確かなもので、彼がいるから私は兵站について細かな配慮をすることがなく戦闘に集中できる。まさしく私にとっての蕭何といっても良い存在だ。


 その時、会議室の扉がノックされ、甘い匂いと共にフランツやアストリッドを含む修道院の面々が、紅茶とお菓子をお盆に載せて運び入れてくれた。


「皆さん、根を詰めすぎてはいけませんよ。お茶とクッキーをお持ちしました」


「焼きたてだよー! あ、イリヤさん眉間の皺すごいよ?」


 場の空気が一気に和む。  

 イリヤもアストリッドにクッキーを差し出されると、渋い顔をしつつも断れないようで、無言で口に放り込んでいた。  

 ……うん、いいチームだ。バラバラだけど、噛み合っている。きっとこの戦いは勝てる。


 ――私のために力を貸してくれている皆のためにも、必ず勝たなくては。


 ※


 会議を終え、私は修道院の敷地に設営された避難民のためのテント群を視察する。

 そこには近隣から避難してきた村人たちが身を寄せ合っていた。

 不安げな顔をする彼らに、温かいスープを配って回る集団がいる。


 ――“麦の穂”だ。その中心には、代表のカルロスの姿があった。


「スープはまだあるから慌てないでください!」


 彼らは手際よく列を整理し、老人や子供に優先的に食事を配っている。

 その動きは訓練された組織のそれだ。


「……役に立ってるでしょ?」


 隣に並んだリュシアが、少し誇らしげに言った。


「驚いたわ……彼らを呼んだのはあなた?」


「ええ。避難民の管理なんて、軍人には無理だし、修道院の聖職者だけじゃ手が回らない。彼らには『組織運営』のノウハウがあるもの」


 かつては私を脅かす革命の火種になりかけた『麦の穂』。  

 けれど私が合法化し、管理下に置いたことで、彼らは有事の際の強力な「後方支援部隊」として機能している。

 私の施策は間違っていなかったと、少し目頭が熱くなった。


「リュシア、彼らを守ってあげて。私も全力でここまで敵を近寄らせないつもりだけど」


「ええ。修道院の敷地を土足で跨いで私を殺したいなら最低でも千人は連れてくるべきって、思い知らせてやるわ――」


 せんにんってマジですか、聖銃騎士サマ。

 さすがは教会最強と謳われる戦力の一人。まさしく一騎当千の言葉を体現した存在である。


「聖銃騎士って凄いのね」


「どうだか、逆に言えば――千人以上溶かす覚悟の指揮官がいれば、私を殺せるのよ」


「え――?」


「私を含む十三人の聖銃騎士は、確かに教会最高の戦力ではある。けれど――物量で圧殺できるのよ。教会が絶対に国家に対して異端認定はできない理由がそれよ」


「……」


「国家に異端認定は無制限の総力戦を意味する。たかだか十三人の聖銃騎士、万の軍勢で圧し潰せばいい。神罰の代行者たる聖銃騎士が全滅だなんてことが世界に知れ渡ったら、教会の権威は消滅にも等しいわ」


 ああ、そうか。

 教会にとって異端認定による聖銃騎士の投入とは政治的メッセージにおいて十三発しか撃てない小型核兵器のようなもの。強大ではあるが、国家そのものを消滅させるような戦力ではなく、使ってしまえば最後、相手は死に物狂いで向かってきて数の力に潰されかねない危険性を孕んでいる。


 教会は十三発の“異端認定弾”を使わないように立ち回りつつ、各国には“いつでも潰せるんだぞ”というポーズを見せることが重要で。国家としても大切な軍を十三人のために消耗したくないということで、暗黙の了解のように共存している、ということなのだろう。


「所詮――異端認定なんて、弱いものいじめができるときにだけしかやれない卑怯な宣言よ――」


 リュシアはいつもの皮肉屋の顔だったけど、その眼は悲しみと怒りに満ちているように思えた。

 いや、彼女は常に怒り迷い続けている。

 己の信仰心に、神に、教義に。  

 それでもなお彼女は司教の法衣を纏う異端の聖女であり続けるのだ。

 

「リュシア――」


 私は、彼女を背中からそっと抱きしめた。  


「ちょ、ちょっと……人前なのに何してるの!」


「私は――あなたの信仰への苦しみを理解することはできない。だからせめて、友達として寄り添ってあげることだけはしたい……」


「馬鹿みたい。そんなことして何になるのよ……」


 リュシアは毒づきながらも、その頬には微かに紅が差していた。  


「ほんと、馬鹿な人……」  


 彼女は照れ臭さそうにつぶやき、微笑んだ。

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