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第28話 執事は過去を咎めず共に背負う

「――以上が、ステラに関する真実のすべてよ」


 リュシアとイリヤが去り、静寂が戻った執務室で、私は渇いた喉から絞り出すように告げた。

 ステラがかつてヴァリャーグの諜報組織『赤い眼』の末端構成員であったこと。  

 叔父グスタフに雇われ、私を暗殺するために屋敷に入り込んだこと。  


 そして――あの日、私がその計画を逆手に取り、自らステラの持っていた毒を呷って、叔父を破滅の淵へ突き落とし、私自ら処刑の命令を下したこと。


 それでもステラが皇女ユースティアだということは言えなかった。

 それはステラにとってもはや必要のない名前だから。


 すべてを語り終えた今、私の心臓は早鐘を打っていた。  

 怖い。ヴァリャーグの陰謀と対峙するよりも、ずっと怖い。


 私は、ヴェルナーの顔をまともに見られなかった。  

 彼は父の代から仕える、アッシュフィールド家の良心そのものだ。誠実を絵に描いたような人間が、この話を聞いて何を思うのか……それがひどく恐ろしかった。  


 そんな彼が、身内を嵌めるために自ら狂言を行った私の所業を知ったら、どう思うだろう。

 失望し、軽蔑されるか。

 あるいは主家への義憤をもって、私を非難し屋敷を出ていってしまうか。

 不安が冷たく暗い霧となって私の心を染め上げ、呼吸が早く浅くなっていることに気付く。  


 重苦しい沈黙が流れる。 一秒が永遠のように感じられた。  

 やがて、小さく衣擦れの音がして、ヴェルナーが口を開く気配がした。私は身を強張らせ、叱責の言葉を待った。


「――ありがとうございます。お嬢様」


「……え?」


 聞こえたのは、私が想像したどの感情でもなく。

 ただ、平穏な声で感謝を口にする彼の言葉。  

 私は思わず顔を跳ね上げる。そこには、私に向かって深く頭を下げる、ヴェルナーがいた。


 ヴェルナーはゆっくりと膝を折り、その場に跪く。  

 執事としての礼ではない。一人の人間として、主君に対する最大限の敬意と、謝罪を込めた姿勢だった。


「……ただただ、申し訳なく思います」


「申し訳ないって、あなたが謝ることなんて……」


「あの男がいずれアッシュフィールドに仇なすことは確信しておりました。しかし腐っても先代様の弟君、私ども含め使用人ごときが意見できるものではございませんでした。それゆえに……それゆえに、そのような苦い決断を、まだ年若いお嬢様おひとりに背負わせてしまった。私めが不甲斐ないばかりに――守るべきお嬢様に、そこまでの覚悟を強いてしまったことが、悔しいのです」


 震える声で紡がれた言葉に、私の胸の奥にあった張り詰めた糸が、ぷつりと切れた気がした。  

 ああ、そうか。この人は、私が「汚い手を使ったこと」を責めているんじゃない。「汚い手を使わざるを得ない状況に追い込まれ、それをひとりで抱え込んでいたこと」を、悲しんでくれているんだ。


「お嬢様。私のような老骨に、そのような大事な秘密を打ち明けてくださったこと……その信頼に、心より感謝いたします」


 顔を上げたヴェルナーの瞳は、どこか潤んでいるようにも見えた。  

 その表情を見て私はようやく、本当の意味で息ができた気がした。

 肩の力が抜け、へなへなと椅子に背中を預ける。


「……よかった。あなたに嫌われたらどうしようって、内心ビクビクしてたのよ」


「とんでもない。これからは、その『汚れ仕事』の荷物、少しはこの老骨にもお分けください。伊達に長く生きてはおりませんゆえ、多少の泥仕事ならば、お嬢様より上手くこなしてみせますよ」


 私同様に、ステラもどこかほっとしたような表情をしていた。

 彼女もヴェルナーとのぎこちない関係には、内心罪悪感を抱いていたのかもしれない。

 そんなステラだが、微妙にドヤ顔で口を開いた。


「私の正体も知ったことだし――ヴェルナー、一緒にヘルマンシュタイン殺しに行こうか」


 おいいいいいい!!! まだそれを言うか!

 ヴェルナーは苦笑しながらも、私を安心させるよう、柔和な笑みをステラへと向けていた。


「ふふっ……ステラ嬢はまずは殺し以外の解決策をお考えになるのがよろしいかと思いますな」

「えー……ヴェルナーまで……」


 いやいやいやヴェルナーなら真っ先に否定するでしょ。

 てかなんでヴェルナーと一緒にヘルマンシュタインを暗殺なんて発想が出てくるんだ。ステラの頭の中で、ヴェルナーが一体どんなイメージを持たれているか非常に気になるところではある。


 あれか? 温和な老執事だが実は元凄腕のアサシンだったというテンプレをご所望なのか?

 ピアノ線使って人間をサイコロステーキにするようなアレだ。


「ふふっ、二人が打ち解けたようで良かったわ。私も二人が業務上の会話以外であまり話さないのがずっと心配だったの」


 まあ……私がずっと黙っていたのが一番悪いのだけど。

 でもきちんと腹を割って話したおかげで、胸の中にあったモヤモヤとした暗い霧はなくなったような気がした。  

 心を覆っていた重たい何かがなくなり、私の心は澄み渡った空のように晴れやかな気分だったのだ。  


 これで、隠し事は(ステラの血筋以外は)なくなった。  

 私たちの間にあるのは共犯者としての絆と、家族のような温かい信頼。


「さあ、ヴェルナー、湿っぽい話はおしまい。これから忙しくなるわよ」


「はい、お嬢様。……まずはエルベ谷へ向かう兵の編成でございますな」


 ヴェルナーが立ち上がり、いつもの有能な執事の顔に戻る。

 あとは迅速に行動するだけだが……やはり気になるのはエルベ修道院の様子だ。

 ヘルマンシュタインが初手で軍事行動を起こしているとは考えづらいが、書状と同時に行動を起こされていたら非常に厄介なことになる。


 何とかして修道院の様子を把握できる方法はないものか――

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