第27話 渓谷に描く勝利の方程式
――アッシュフィールド邸、執務室。
ここには私、ステラ、リュシア、イリヤの悪巧み担当四人組に加えて、常識人担当のヴェルナーが加わっていた。
「ハッ、お嬢。初手でケンカを買うとはいい度胸してきたな」
イリヤが笑いをかみ殺したような声色で言った。私がヘルマンシュタインから売られた喧嘩を買うことに、彼はいたく気に入っている様子だ。
「ヴェルナーはどう思う?」
私たちだけだとどうしても過激な案になりかねない。
その調整役として、冷静沈着な執事の意見はぜひとも伺っておかなければなるまい。
「そうですな……本来なら戦を回避、もしくは準備のために時間を稼ぐのが定石。しかし、お嬢様も仰られるように教会や王家の介入を防ぐならば時間の猶予はないのもまた事実でしょう」
ヴェルナーもまた私の“武力による早期決戦”の方針を否定はしなかった。
「ねえ、リリアーネ。そのヘルマンシュタインをちゃっちゃと殺してしまえば戦にならずに済むと思うけど」
言うと思ったよステラさん。イリヤもリュシアも肩を竦めて苦笑している。
ヴェルナーは……まだ彼女の素性をはっきりと知らないからあからさまに怪訝な顔をしている。
そう……だよね。今までなあなあで済ませていたけど。
ヴェルナーを信頼するのなら、そろそろステラについてはきちんと説明すべきね。
いつまでも彼を仲間外れにするのは心が痛む。
「ヴェルナー。ステラについて聞きたいことはたくさんあるだろうけど、今はあえて飲み込むって形にできないかしら?」
「……申し訳ございません、つい表情に出てしまいましたか」
「いえ……まだあなたにステラの素性をちゃんと打ち明けていなかった私の落ち度だわ。ただ、私のことを支えてくれる者同士として彼女のことを信用してほしい」
ヴェルナーは一言「かしこまりました」と短く返す。
ステラについては追々、打ち明けられる時がくるでしょう。
「で、ステラの案だけど却下」
「えー……」
「係争地の扱いについて明らかに私と対立してるヘルマンシュタインが不審死したら、間違いなく向こうはこっちがやったと思われるに決まってるじゃない。そうなったら収拾がつかなくなるわ。教会や王家の介入を招く、ねえリュシア?」
「そうね……最初に教会や王家が介入するならまだマシよ。当主を失って激怒したヘルマンシュタイン家とアッシュフィールドとの全面戦争になりかねないわ。そうなるともう泥沼ね」
「政治って本当に面倒だね……」
ステラは肩を竦める。彼女の言葉が正直なところだと私も思う。
本当に、面倒なのだ。
この間のノースウッド商会相手にするときはギリギリまで強権が発動できなかったけど、今回は逆に迅速に小競り合いで済む武力衝突に持っていき勝利を納めなければ、政治的に負ける可能性がある。
時と場合で常に戦いの環境が変わり、適切な解決策が多層に渡ってしまうのが今の私たちが置かれている立場というものだ。
「さて、方針は決まったわ。即座にヘルマンシュタインを叩き、既成事実を作る。……となれば、次は具体的な手札の確認ね」
私は卓上に広げられた地図の横に、羊皮紙を一枚置いた。
それは以前グレイハウンド商会へ手配させていた“とある物資”のリストが記されている。
「イリヤ。例の鉄の筒――銃の在庫はどれくらい集められた?」
「あー、そうさな。あれから調達をかけたが、今回用意できたのは二百程度だな」
「思ってたより少ないわね……」
不服な私にイリヤは呆れたように煙草の煙を吐いて答える。
まあ二百か……集中運用するにはもう百は欲しかったけど、ない袖は触れないし、そこは我慢すべきか。
「おいおい、あんな不便なモンをそう簡単に集まると思ってんのかよお嬢。弾薬の確保もあるんだ。あんまり無茶言うんじゃねえよ。司教様が使ってる聖銃とはわけが違ぇんだ」
そりゃあ聖銃はオーバーテクノロジーの産物なので、一般的な銃が火縄銃なら聖銃はビームライフルみたいなものだろう。それぐらいこの世界において聖銃は規格外の兵器なのだ。
「――言っておくけど、私の聖銃はアテにしないでよ。司教として領主同士の諍いには中立という立場を崩せないから」
「わかってるわよ。でも、避難民を収容しているエルベ修道院に武装した一団が向かってきたら?」
「……そうね。修道院を守るためという大義名分はできるかしら」
「よろしい、十分すぎる助力よ」
この世界において、単独で戦術核並みの政治的影響力を持つ聖銃騎士が避難民の盾になればそれだけでも敵にとっては脅威になるはず。
――だからこそ、政治的メッセージが強すぎるあまり、異端排除という名目でもないと専守防衛でしか下手に抜けない剣なのが欠点だけど。
「戦いには直接協力できないけど、あなたが勝つにしろ負けるにしろ、戦の趨勢が決まれば停戦の仲介はしてあげられるわ」
「そうね……できれば私が勝って停戦できることを祈っていてほしいわね」
そこはやはり教会という権威の持ち主。戦争を円滑に終わらせる段取りを組んでくれるのは僥倖だ。だからこそ、この戦いは勝って終わらさなければ。
「しかしお嬢。銃を実戦で使うとか本気か? あんなもの農民が弱い魔物を狩る時ぐらいしか使わんぜ」
イリヤの言葉に、ヴェルナーも同意見と言わんばかりに頷く。
「左様ですな。銃は『当たらない、遅い、雨に弱い』の三重苦。魔力によって身体強化した弓兵による強弓の投射のほう遥かに敵軍に脅威を与えられると思いますが――」
「ええ、平原での撃ち合いならね。でも今回の戦場はエルベ谷よ」
私は地図上の、エルベ修道院付近の地形を指さした。
エルベ修道院の西側は小高い丘になっており、そこには古い砦が築かれ、ヘルマンシュタイン領側を見下ろすような形で聳え立っている。また相手側から砦に向かうと必ず渓谷状の隘路を通過しなければならない。
「あの砦の背後を大部隊で突けるルートは存在しない。敵軍は、必ず私たちから見下ろされる狭い場所を進軍するしかない――というわけ」
「ん、砦西側の斜面が完全にキルゾーン。敵の頭の上から矢と銃弾が雨あられ」
さすがステラだ。一目見ただけで作戦意図を読み解いた。
「敵が密集する狭い一本道で、狙いをつける必要もない距離から二百丁を一斉射撃する。……想像してごらんなさい。轟音と白煙と共に、回避不能の鉛の壁が飛んでくる光景を」
「……なるほど。敵軍の混乱を誘い、足止めをするには十分すぎますな」
ヴェルナーが納得したように頷く。 銃の命中率も射程も威力も、強化弓兵の威力と射程には及ばない。
しかし、銃は弓と違って訓練が簡単だ。すぐにでもえっちらおっちら斜面を登ってくる敵程度になら一斉射撃を浴びせることができる。誰にでも扱える面制圧能力こそが銃の真価なのだから。
「ヴェルナー、肝心の守備隊……私たちが即座に動かせる兵力はいくらほど?」
「領都の治安維持に最低限の人員を残すとして……出せるのは領都守備隊から百五十名。後はお嬢様直轄の『灰狼』全騎、五十名。合わせて二百といったところです」
現地の守備隊百名を合わせても、総戦力は三百。
対するヘルマンシュタイン軍は、正規軍を動員してくる以上、その倍――下手をすると千近くを動員してくる可能性もある。
「数は向こうが上になるだろう。まともにぶつかれば押し切られるな」
「そうね。平原での平押しなら。でも、私たちにはエルベ谷という要害があり、そこでは銃火器の真骨頂である一方的な面制圧を行える地形がある。数の不利はそれで覆す」
一先ず方針は固まった。遅くとも三日後には現地で迎撃態勢を整えたい。
イリヤには物資の運搬を頼み、私とステラ、ヴェルナーは領都守備隊から精鋭を選抜し、迅速に現地へと向かうことにしよう。
リュシアは停戦時の仲介や避難民の誘導役をしてもらうことになるだろう。
作戦会議を終え、リュシアとイリヤは執務室を退室する。
残されたのは私と、ステラ。そしてヴェルナー。
「ねえヴェルナー、聞いてほしいことがあるの」
「これまた改まって……何でございましょうか」
「あなたは私の大切な執事。お父様の代からアッシュフィールドに仕えてくれて感謝している」
「もったいないお言葉です、お嬢様」
「だから、ステラのことを話しておこうと思うわ。彼女のこと、あなたは何一つ知らないのに私のことを信頼してくれるのが心苦しくてね」
「……」
ヴェルナーがわずかに目を細め、私とステラへと交互に目をやった。ステラの表情もいつになく真剣そのものであり、私たちの緊張感は空気感としてヴェルナーにも伝わったはずだ。
そしてヴェルナーは幾拍か逡巡した後、静かな声で私に告げた。
「――わかりました。それでは私に教えてくださいますか。ステラ嬢が一体何者なのかを」




