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第2話 命をチップに賭けるギャンブル

「イカれてる……頭おかしいんじゃないのあなた……」

「これぐらいやらなきゃ叔父上を完全に失脚させることなんて無理よ」


 私とステラは三日後のお父様の葬儀での計画について打合せをしていた。

 それは傍から聞いたら正気の沙汰とは思えないような内容で、ステラをドン引きさせるには十分だったようだ。


 作戦は簡単。弔問客がいっぱい訪れたタイミングで私は毒入り紅茶のカップを呷る。

 叔父上にはステラを通し『葬儀の日に決行する』とだけ偽情報を流しておく。

 ノコノコと現場に訪れたグスタフは毒で苦しみ悶える私に、『なんてことだー、我が姪に毒が盛られたぞー』と、ステラを暗殺犯と仕立てるだろう。

 そこでギリギリ死ななかった私が『なぜ、叔父上は毒だとお分かりなのでしょうか?』と問い詰める。

 強く当たってあとは流れで、グスタフを嵌めるのだ。


 この世界に前世みたいな念入りな捜査はない。あるのは噂と顔色と、誰が得をするかという空気だけ。私が死んで一番得するのはグスタフだとみんな理解している。

 だからこそ、空気を先に作った者が勝つ。


「で、私はあなたが――リリアーネが死なない程度の毒を調整してカップに盛る……バカげてる。それは私が毒の量を間違えないという前提」

「そうよ。私じゃ死なない量の毒なんてわかんないし、赤い眼の暗殺者やってたステラなら、殺せる量を調整できるなら死なない量を調整するのだってお茶の子さいさいでしょう?」

「リリアーネ、私がわざと致死量の毒を盛るっていう可能性は考えないの?」

「んー、あるかないかと言われたら“ない”でしょう? 私が死んで困るのはあなただし、殺す気でいるならこんな打ち合わせの途中で、さっさと私を殺しとけば良いだけだもん」

「何なのこいつ……自分の命をチップみたいに扱ってる」


 ステラの狼耳が後ろに倒れ、不満をアピールするように尾がばふんばふんと椅子をを叩いてる。

 まあ彼女の言う通りだ。私は今まで自分を殺すつもりでいたステラ相手にこうして話を進めている。さっきまで自分を殺そうとしていた人間に生殺与奪権を再び握らせる。うん、我ながらどうかしている。

 だけど、私一人だけの手持ちカードが限られてるからこそ、イチかバチかの選択を行い大穴を目指すしか生き残る道は無いのも現状なのだ。


「ステラ、あなたが私を頼るしかできないのと同じように、私もあなたを頼らざるを得ない。互いに利害の一致があるから手を取り合う。信頼とか信用はその結果生まれるものよ。今は私を信用しなさいなんて言わないわ。私とステラがお互いを利用して利用される関係になれれば、それで十分よ」

「……面倒な性格」


 ステラはそう言って肩をすくめた。

 心なしかその表情は、少しだけ和らいでいた。


 ※


 葬儀当日――アッシュフィールド領の各々の村の代表が弔問客として駆けつけてくれた。

 お父様は病に伏せていたとはいえ、領民を決して搾取するような真似をせず、領民には公平に接していたためか、今のところ私の父への評価は高かった。この状態から反乱起される原作の私って、どんだけ領民の恨み買ったんだよ……と呆れ返るが、おそらく飢饉のせいも大きいだろう。

 だからこそ、領民たちはこの私が次の当主になることを不安視している。

 お父様はそれなりに領民たちの支持を集めていたのに対して、原作と同じなら私は傲慢な令嬢だ。

 そんなろくでなしが領主になって領民は大丈夫なのだろうかという不安は当然だろう。


 私は喪主として、父の棺の傍らに立ち続けていた。

 弔問に訪れた下級貴族たちが、次々と私の前で立ち止まり、形式ばかりの悔やみの言葉を述べていく。  

 彼らの視線には同情の色は薄い。そりゃそうだ。お父様が亡くなる前の――前世の記憶を思い出す前の私は傲慢で高慢だった。

 周りの貴族たちにはよく思われていない。同情する理由は無いし、むしろこれからのことを思って内心ほくそえんでいるだろう。

 その最たるものが叔父のグスタフなのだから。


(……ふん、好き勝手に値踏みして)


 私は喪服の黒いヴェールの下で、冷ややかに彼らを見返していた。

 どうせ私に死んでほしい急先鋒のグスタフが失脚すれば彼らは手の平を返して私の機嫌を取りに来るだろう。

 それよりも気になるのは一番の“主役”の姿が見えないことだ。  


 叔父のグスタフ――私の席を奪おうと画策するハイエナのボスがまだ姿を現していない。


(遅いわね……まさか、ビビって来ないなんてことはないでしょうけど)

 

 あえて遅刻することで私への敬意のなさを示し、同時に自分の優位性をアピールするつもりなのだろうか。小物らしいやり口だ。

 私はちらりと、数歩後ろに控えるステラへと視線を流した。  

 彼女は完璧な侍女の仮面を被り、微動だにせず控えている。その澄ました顔を見ていると一時間前の出来事が思い出される。


『一時間後に効果が出るように調整した。味はしないようにしたからぐいっと一気に』

 

 そう言って渡された紅茶を、私は一気に飲み干した。

 あれからちょうど一時間が経過しようとしている。今のところ、身体に異常はない。  

 少しお腹が温かくなってきたかな、程度だ。これなら演技で「うっ、頭が……」とふらつく必要があるかもしれない。


(なんだ、やっぱり大したことないじゃない。ステラも大袈裟なんだから……)


 そう高を括り、私は再び参列者の列へと視線を戻した――その時だった。


 ぐにゃり。


 世界が、歪んだ。

 まるで視界の端を指で掻き回されたかのように、並んでいる墓石がグニャグニャと曲がりくねる。


「……え?」


 思考する間もなかった。  

 直後、ドンッ!と腹の底をハンマーで殴り上げられたような衝撃が走り抜けた。


「――っ、ぐ……ッ!?」


 声にならない悲鳴が喉で詰まる。熱い。いや、痛い。  

 胃袋の中で焼けた鉄球が転げ回っているような、内臓という内臓が雑巾絞りされているような、脂汗が瞬時に噴き出す激痛。


(は、はあぁッ!? な、何これ!? 痛い、痛すぎる!!)


 二日酔いレベル? 冗談じゃない。

 これは文字通り“死ぬほど”痛い。立っていることすら奇跡のような状態で、私の膝がガクガクと震え始める。  

 呼吸が浅くなり視界が明滅する。尻尾がバタバタと空を切りそうになるのを必死に抑える。

 ああっ、この東方系の獣人の容姿ってこういう時、感情が筒抜けになるから嫌なのよ!  

 何とか誤魔化さないといけないのに、尻尾も耳も思い通りにコントロールできない。


(ステラァァァッ!! アンタ量間違えたでしょ!? 絶対ちょっと多めに入れたでしょ!? これ死ぬ! 私死んじゃう!!)


 心の中で絶叫しながら、必死に後ろのステラを睨もうとするが、首が回らない。  

 ダメだ、もう限界だ。グスタフが来る前に倒れてしまう。そうなればこの計画は失敗に終わるだろう。


 意識が飛びかけたその時――ジャリッ、ジャリッ、と静寂を切り裂くように、無遠慮に砂利を踏みしめる足音が響いた。


「――遅れてすまないね、愛しき“耳付き”の姪っ子よ」


 しとしとと降る雨音に混じって聞こえてきたのは聞き覚えのある、ねっとりとした声。  

 私は霞む視界を無理やりこじ開け、声の主を見る。そこに立っていたのは、勝ち誇ったような笑みを浮かべた叔父グスタフ――私の救世主のハイエナ。

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