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第24話 多頭の竜は互いに喰らい合う。手応えなき勝利(後編)

 結局――怪しいところを網ですくってみれば、網に簡単に引っかかるものだけが残された。

 私たちが手に入れられたものは、ノースウッドが行っている脱税や密輸程度の不法行為の数々のみ。彼らがヴァリャーグの工作機関である証拠は出なかった。


 連行された支配人は、尋問に対してのらりくらりと脱税と密輸の事実だけを認めるのみ。  

 背後関係を洗おうにも、「東の国境付近で流しの商人から買った」「税金が惜しかった」の一点張り。

 そして彼は多額の保釈金を支払い、私の元からあっさりと釈放される。  

 

 そして――その日の夜には配人は姿を消し、ノースウッド商会の事務所も倉庫も、すべてがもぬけの殻。

 後に残されたのは、押収した密輸品と、商会からの罰金として徴収した資産だけ。

 そして――


「……嘘みたいに静かになったわね」


 数日後の執務室。ヴェルナーからの報告書を読みながら、私は深い溜息をついた。  

 あれほど頻発していた不審火も、商隊への襲撃も、商会へのガサ入れを行った日を境に沈静化し、ピタリと止まった。  

 まるで蛇口を閉めたかのように。あるいは、スイッチを切ったかのように。


「表向きは、アッシュフィールド家の迅速な対応によって悪徳商会が摘発され、治安が回復した……という『大勝利』ですな」


 ヴェルナーが淡々と事実を述べるが、その声にも納得していない響きがある。


「ええ。領民も私を称えているわ。『さすがは若き領主様、対応が早い』ってね」


「一先ずは、事件は解決したということでしょうな。それでは私は、これで――」  


 ヴェルナーが恭しく一礼して立ち去ると同時に、ステラが執務室の中へと入ってきた。    

 彼女はもう一度ノースウッド商会跡地に何か手がかりはないか探っていたが、その様子だと空振りに終わったのだろう。


「ねえステラ、この前言おうとしてやめたこと、そろそろ話してもらえないかしら?


 ステラは静かに頷くといつもの淡々とした調子で、しかし確信に満ちた口調で語り始めた。


「リリアーネが感じている違和感の正体……それは、『ノースウッド商会による麦の穂への浸透工作』と、『不審火や商隊襲撃による治安悪化工作』が、互いの足を引っ張り合っていることにあると思う」


「ええ、その通りよ。だって馬鹿げているじゃない」


 私はペンを置き、指を組んでステラを見る。


「麦の穂への工作は、数年単位で時間をかけて行うべき繊細なものよ。カルロスを懐柔し、組織を内部から腐らせ、最終的に反乱の苗床にする……成功すればアッシュフィールド領を内側から崩壊させる致命的な一撃になったはずだわ」


「ん。でも、その最中に派手な放火や襲撃が起きた」


「そう! おかげで私は警戒レベルを最大まで引き上げて、今回みたいな強引なガサ入れまで敢行した。結果、彼らは撤退せざるを得なくなった。……まるで、自分で自分の家に火をつけて逃げ回る馬鹿としか思えないじゃない」


 一人の指揮官が全体を統括しているなら、こんなちぐはぐな作戦を立てるわけがない。

 私の疑問に対しステラは小さく息を吐き、どこか呆れたような、それでいて諦観を含んだ瞳で答えた。


「だから……私の仮説はこう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……はぁっ?」


「もっと正確に言うなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――かもしれない」


 ステラは指を二本立てて見せる。


「一つは、麦の穂への浸透工作。これは非常に巧妙で長期的視野に基づいている。恐らく……総書記長の直命か、あるいは極めてそれに近い中枢からの命令で行われていた国家レベルの戦略工作」


「……なるほど。ヴァリャーグ本国の意志、というわけね」


「対して、もう一つの治安悪化工作。手口が粗暴で、短期的で、成果が見えやすい。これは十中八九、『赤い眼』が独自に計画して実行していたもの」


「そんなことって……」


「『赤い眼』は腐ってるから。彼らは常に総書記長の顔色を窺ってる。何か目に見える成果を上げないと、無能だと粛清される恐怖と常に戦ってる。だから、手っ取り早い手柄が欲しかったんだと思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう、報告書に書きやすい成果が」


 私は開いた口が塞がらなかった。  

 つまり、こういうことか。中央がせっかくコソコソと大事な種まきをしていたのに、手柄を焦った現場の諜報部隊が「ヒャッハー! 燃やしてやったぜ!」と暴れまわったせいで、すべてが台無しになったと?


「……なんていうか、笑えない縦割り行政ね」


「ヴァリャーグではよくあること。横の連携なんてないし、他人の手柄は自分のもの、自分の失敗は他人のせい。……結果として、短期的な『赤い眼』の破壊工作は大成功した。リリアーネに損害を与え、領民を不安にさせたんだから」


 ステラは皮肉げに口角を少しだけ上げる。


「でも、その『大成功』のせいで、アッシュフィールド領の警戒度は跳ね上がった。どんな些細な口実で捜査の手が入るか分からない状況になった。……こうなると、長期潜伏していた浸透工作班にとっては悪夢でしかない」


「……いつガサ入れが来るか分からない状況で、これ以上工作を続けるのはリスクが高すぎる、と判断したわけか」


「そう。もし万が一、本命である『転覆工作』の証拠……指令書や工作員名簿が見つかれば、大きな問題となる。ヴァリャーグはまだ国内が安定していないのに、ここで外交問題を抱えるのは得策ではないから」


 だから、彼らは逃げたのだ。私に致命的な証拠を押さえられる前に。

 彼らは私に対して『撒き餌』を用意した。

 ステラは私の机の上にある、押収品のリストに視線を落とす。


「あえて分かりやすい“脱税”や“密輸”の証拠を残すことで、リリアーネに『勝利』を与えた。領主は悪徳商人を成敗して満足し、事件はそこで幕引きとなる……そうやって、本命の尻尾を隠して撤退した」


 ――辻褄が合う。  

 私の感じていた「消化不良感」も、「手ごたえのなさ」も、すべて腑に落ちた。  

 私はヴァリャーグという巨大な敵と戦っていたつもりだったが、実際に相手にしていたのは、組織の不和と保身が生み出した、歪な自滅劇の余波だったのだ。


「……頭が痛くなってきたわ」


 私はこめかみを指で押さえる。  

 敵が有能な一枚岩なら、まだ戦いようがある。  

 だが、今の話が本当なら、敵は「巨大で、凶暴で、頭がいくつもあって互いに噛みつき合っている多頭の竜」だ。  

 それはそれで、予測不能という意味でタチが悪い。


「でも、おかげで助かったとも言える。もし『赤い眼』が暴走しなかったら、私は麦の穂が腐らされていることを何もできずに見ているだけだったかもしれないわね……」


「まあ。結果論だけど私たちの勝ち」


 ステラは軽く肩をすくめる。

 釈然とはしない。しないけれど、とりあえず目の前の火種の一つは敵の自滅によって消え去った。

 ノースウッド商会は消滅し、麦の穂に革命思想が浸透することはなくなった。  


 非常に消化不良な結末だが、一先ずはこれで納得するしかないようだ。

 私は大きく深呼吸をして、執務机に山積みになっている書類に取り掛かる。

 領内を揺るがす事件が終わりを迎えても、領主の仕事は終わらないのだから。

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