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第23話 多頭の竜は互いに喰らい合う。手応えなき勝利(前編)

 翌朝、アッシュフィールド邸の庭では重苦しい沈黙が流れていた。艶消し処理されたプレートアーマーの上に灰黒色のサーコートを身に着けた一団が、私の合図を待っていた。


 ――アッシュフィールド伯爵家直轄、親衛騎士団『灰狼(アッシュウルヴズ)』。


 私が領主となってから真っ先に行った軍制改革の一つが、彼らの創設だった。

 領都に常駐し、私の招集があれば即時出動可能な精鋭のみで編制された即応部隊。それが灰狼たちだ。

 構成員は主に領内で固有の領地を持たない下級貴族の次男坊三男坊など、家督を相続しない――いわゆる部屋住みと呼ばれていた者たちで占められている。


 彼らは継ぐべき家督を持ち合わせず燻ぶっていたところを私が剣と禄を与えることで雇用した。

 とはいえ、やはり常備軍はお金がかかる。アッシュフィールド領の歳入で賄うには負担も大きいので、構成員はそう多くない。職業兵士ってめちゃくちゃコスパ悪いのだ。


 そんなわけで、この灰狼部隊の役割も、戦時における最前線で勇敢に戦って敵に一騎当千の働きを見せることではなく、領民を困らす野盗や魔物の対策。そして今回のように犯罪摘発などの治安維持にその役割を持たせている。要は機動隊だとか、SATだとか、そういう類。


「作戦目標を告げるわ」


 私は重々しく口を開く。部隊の騎士たちが一斉に私のほうを見た。

 私は懐から令状を取り出す。


「作戦目標は、ノースウッド商会の本拠地とその関連倉庫の強制査察。現在、アッシュフィールド領において多発する不審火や野盗の略奪が続いてるわ。そしてその奪われた積み荷がノースウッド商会によって買い取られ横流しされている可能性も捨てきれない。この令状には領内の治安維持を理由とした特別査察権が記されている」


 そこで言葉を切り、私は親衛隊の一団を見る。

 ――それっぽいこと言ってるが、ただの言いがかりですけどね。

 という内心はお首にも出さない。こういうのはハッタリと強気に押すことが大切なのだ。なにより、私はこのアッシュフィールドの領主なのだから。私の言葉に、揺らぎなんて見せてはいけないのだ。私は堂々と胸を張って、彼らに命を飛ばした。


「これより、強制査察を開始する。全騎――出立」


 私が短く告げると、部隊の皆が胸に拳を当てる。  

 号令はない。怒号もない。ただ無言の意思統一だけで、数十名の精鋭が音もなく動き出す。その統率された動きは、群れで獲物を狩る狼そのものだった。


 ※


 早朝の雪がしんしんと降るグレイヴィルの街を、物々しい雰囲気が支配する。  

 まるで戦の前のよう、とまでは言わない。だが、治安を預かる騎士団が完全武装で街中を闊歩すれば、その物々しさも仕方ない。

 その先頭には黒いドレスに身を纏い、灰色のロングマフラーを揺らす私の姿。

 

『領主様自ら指揮だと……!?』  


『一体、何があるんだ……!?』


 領主の私が直々に騎士を従えてやってくれば当然ながら人目を引く。

 彼らの目は何事かと驚愕し、その様子を遠巻きに窺っている。  

 ややあって、ノースウッド商会の事務所前に到着する。


「リリアーネ・アッシュフィールドよ! ノースウッド商会の代表はいるかしら! 出てきなさい!」


「……はい、はい。ただいま」


 私の怒声に近い呼びかけに応じたのは、意外なほど間の抜けた声だった。

 重厚な木の扉がギィと音を立てて開く。そこから顔を出したのは寝間着の上にガウンを羽織り、眠そうな目をこすっている小太りの男――ノースウッド商会の支配人だった。


「おやおや、これは領主様。朝早くから我々のようなしがない商人の店に、兵隊を引き連れて何事ですかな?」


「とぼけないで。『治安維持および野盗対策のための緊急特別査察』よ。貴商会に、野盗との通謀および盗品の横流しの疑いがかけられている」


 私が突きつけた令状を、男は「ほうほう」と他人事のように眺める。

 焦る様子も驚く様子もない。そのふてぶてしさに、私は内心で舌打ちをした。――こいつ、来るって分かってたな?


「人聞きの悪い。我々は善良な商人ですよ? 盗品なんて……」


「善良かどうかは、帳簿と倉庫を見てから判断させてもらうわ。――総員、この商会を徹底的に洗うのよ」


 私の号令で灰色のサーコートが風になびき、支配人の脇をすり抜け“灰狼”たちがノースウッドの事務所へと入り込んでゆく。

 彼らは散開し、それぞれがノースウッド商会の調査を開始した。


「動くな!」


「壁際に並べ! 手を頭の後ろで組め!」


 店内には数人の従業員がいたが、彼らもまた抵抗する素振りを見せず、制圧されていく。  

 怒号が飛び交う中、私はステラを伴って奥の事務室へと踏み込む。  

 土足で踏み荒らされる店内。商品は棚から引きずり出され、木箱はこじ開けられる。

 ステラが鋭い視線を部屋の隅々に走らせるが――


「……手ごたえがなさすぎる」


 彼女がボソリと呟いた。  

 同感だった。ヴァリャーグの工作拠点というからにはもっと激しい抵抗、あるいは自爆覚悟の罠があるかと身構えていたのだが。

 従業員たちもただ淡々と指示に従っているだけ。まるで、嵐が過ぎ去るのを待つかのように。


「閣下! 出ました!」


 一人の騎士が、床板の下に隠されていた隠し金庫を発見した。  

 よし、と私は心の中で拳を握る。暗号表か、それとも指令書か。  

 騎士が中身を取り出し、私の元へ持ってくる。


「……帳簿?」


 私は差し出された分厚い革表紙の帳簿をパラパラとめくる。  

 そこに記されていたのは、商品の仕入れ値を偽り、脱税を行っていた記録。

 そして、正規のルートを通さずに持ち込まれた高級嗜好品の数々。  

 私は支配人を睨みつける。


「……二重帳簿ね。それに密輸品」


「あらら、見つかっちゃいましたか。いやぁ、商売人たるもの、少しでも利益を求めて頑張ってしまうもので」  


「それにしても、少し頑張りすぎじゃないかしらね?」  


「あはは、お恥ずかしいところを」


 男は悪びれる様子もなく、へらへらと頭をかいた。  

 その瞬間、私の中で違和感が確信に変わる。


 ――違う。これじゃない。    

 一国の諜報機関の末端が、こんな杜撰な隠し方をするだろうか?  

 これ見よがしな隠し金庫に、分かりやすい脱税の証拠。

 まるで「これを見つけて満足して帰ってください」と言わんばかりじゃないか。


 私はステラと顔を見合わせる。彼女もまた、微かに首を横に振った。


「他には?」


「いえ……脱税や密輸品の証拠ぐらいで」  


 報告に来た騎士の言葉に、私は唇を噛んだ。  

 ない。ヴァリャーグとの繋がりを示す証拠が、何一つない。  

 出てくるのは、どこにでもある小悪党の犯罪証拠だけだった。

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