第22話 矛盾する二つの悪意
ノースウッド商会との根競べはさながら『だるまさんが転んだ』のような状況になった。
私たちが監視の目を向けている間、連中は『善良な商人』としての一線を守り続けている。
しかし、着実に『麦の穂』への浸透は続けられていた。
幸い、私たちが監視の目を強化したのが功を奏して、カルロスが勉強会に誘われる頻度は減っているようで、勉強会の内容もあからさまな不満の煽動や、過激な思想の吹き込みは鳴りを潜めている。
しかし、これらは彼らにとっても“想定内”なのだろう。私が彼らの警戒を引き上げるのは当然のこととして織り込み済み。
彼らはあくまでも『善良な商人』という顔で、地道に麦の穂における影響力を増しながら、私たちが隙を見せるのをじっと待っている。
「……手堅いわね。あからさまなボロを出してくれれば踏み込めるのに」
執務室で、私は書類仕事をこなしながら溜息をついた。
ヴェルナーが淹れてくれた紅茶を啜り、私はもう何度目になるかも分からない「待ち」の戦いに、苛立ちを覚え始めていた。
焦り。じわりと、冷たい汗が背中を伝うような感覚。
私の知るゲームのシナリオとは違う、リアルな謀略の影。
そして月が替わり三の月、事態が動き始めた。
『――第三街区の資材置き場で火災発生! 放火の疑い濃厚!』
『街道にて商隊襲撃! 手口が鮮やかすぎます、ただの野盗ではありません!』
連日のようにアッシュフィールド領内で続発する、事件、事件、事件。
そしてそれはすべて、領主の威信にかかわるものばかりだった。
頻発する不審火に商隊襲撃。単発の事件ではない。明らかに「何か」が起きている。
「ヴェルナー……状況は」
「まずいですな」
私の問いに、ヴェルナーは苦々しい顔で頷いた。
このところヴェルナーはずっと、領内の不審な動きを掴むために情報収集に走り回っていた。だが、残念ながら成果は上がっていない。
「昨夜の商隊の襲撃では護衛に雇われた傭兵についに死者が出ています。幸い商人は無事でしたが、積み荷は根こそぎ奪われました」
ヴェルナーは手短に状況の報告を終える。
「領民の様子は?」
「まだ直接的な被害は出ていませんが、不安の声は上がっています。……これまで、治安に関しては良好な実績を上げていた分、動揺は大きいかと」
私は深く溜息をついた。
まるで私に見せつけるかのように続けられている、事件の数々。
まるで私を嘲笑うかのように。お前になど何も守れないのだと、領民に見せつけるかのように。
「お嬢様、私はこれで――」
ヴェルナーが執務室を出るのと入れ替わるように、狼耳と尻尾を揺らしながらステラが入ってきた。
彼女には襲撃現場を調べさせていたが、その顔を見るに、あまり成果は上がっていないようだ。
「……ステラ、どうだった?」
「ん、犯人に繋がる直接の証拠はなし。でも十中八九、ただの野盗ではないと思う。護衛の傭兵三人は、最初に喉を斬られてた」
「そこまでの腕がありながら商人は生かしておく……狙いは積み荷ではなく、私への示威行為ね」
「おそらく」
私は窓の外、遠くに広がるアッシュフィールドの街並みを見下ろした。
領主の治世に、傷をつけるという示威行為。
つまり犯人は明らかに、私を挑発し、ボディブローのように着実に私の統治に揺さぶりをかけているということ。
「ねえ、ステラ。今回の不審火や襲撃事件って、ノースウッド商会が一枚噛んでいると思う?」
「……それだと矛盾してる」
「どうして?」
「もし彼らがこの騒ぎの首謀者なら、じっくりと麦の穂に浸透工作を続ける理由がないから。あれは年単位で時間をかけて行われる作戦のはず。なら、こんな騒ぎを起こしてあたら領主に警戒されるだけ」
「……それもそうね」
確かに、彼女の言うとおりだ。
今回の騒動は、明らかに私に対する攻撃。私の統治に揺さぶりをかけようという意志が見え透いている。
“だるまさんが転んだ”を続けたいノースウッド商会が、それをやる理由はない。
「あるいは……」
ステラが、ふと何かに思い至ったように言葉を漏らす。
「あるいは?」
「――ごめん、私がいま考えてるのは正直まだ根拠のない推測、矛盾する二つの事柄を結びつける合理的な説明を強引に捻り出してるだけ。それを話したらリリアーネの判断を誤らせちゃうかもしれないから、まだ話せない」
彼女はそう言って、申し訳なさそうに耳をぺたんと倒す。
しょうがない、元法治国家で生まれ育った私としてはあんまり使いたくなかった手だが――ここまで状況がひっ迫してくると、私のやろうとする選択肢もある程度は正当性を帯びてくるはずだ。
「リリアーネ、また悪いこと考えてる?」
ステラは私の顔色を読んで、苦笑する。
「まあね。ただやはり、公明正大を掲げてる領主としては筋が悪いのだけど……これ以上、治安が乱されるのも癪だから」
「リュシアやイリヤと悪巧みして、エルベ修道院の“福音劇”の利権を独り占めしようとする領主が、公明正大って言葉を口にする?」
「……ステラ、最近段々私に遠慮しなくなってきてない?」
「お仕えしているうちに、リリアーネの性格が段々分かってきたから。でも、好きだよそういうところ。私は――元皇女だったのに、生きるために、殺しの技術しか磨いてこれなかったから。リリアーネが、みんなと悪巧みして、楽しそうにしているのを見ると、少しだけ羨ましい。本当は、私のほうがお姉さんなのに、お姉さんらしいこと何もできてない」
そうだ――彼女は見た目こそ小柄で、私とそう変わらない歳に見えるが、本当は私よりももう少し年上なのだ。
十数年前に物心ついた歳で、革命に遭ったことから逆算すれば実年齢は二十代前半のはず。
私は小さく息を吐いて、彼女に微笑む。
「じゃあ……ステラお姉ちゃんって呼んでいい?」
「気持ち悪いからダメ」
即答で断られた。くすん。
私とステラは目を合わせて笑う。そして気を引き締めて、現実に視線を戻した。
「――領主令を発布するわ。『治安維持および野盗対策のための緊急特別査察』でノースウッド商会にガサ入れする」
「……思い切ったね、リリアーネ」
「ええ。野盗が横流し品を売り捌いている可能性があるから、領内の怪しい商会を片っ端から洗う――という名目でね」
言わば別件逮捕。日本ではあまり褒められた手ではないが、ここは中世風ファンタジー世界。
前世と同じ法解釈が通用するとは限らない。今なら多少強引でも『連続放火と商隊襲撃』という非常時だ。領民の安全確保のための緊急措置として通るだろう。いや、通すのだ。
「明日にも令状持ってカチコミをかけるわ。ステラ、護衛任せたわよ」
「うん……わかった、頑張ろうね。リリアーネ」




