第19話 聖女には寄進を、ヤクザにはシノギを、領主には税金を。癒着の三位一体(トリニティ)
教会の司教執務室。そこは静謐な空気……ではなく、書類の山とインクの匂いに満ちていた。
リュシアは、積み上げられた書類と格闘していた手を止め、入室してきた私たちに冷ややかな視線を向けた。
「礼拝の時間は過ぎたのに随分と賑やかな御一行様ね、リリアーネ」
「あ、あわわわわ……!」
リュシアの一睨みを受けた瞬間、フランツ司祭が「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、泡を吹いて気絶寸前になる。
彼の中ではリュシアは“気に入らない異端を片っ端から聖銃で撃ち抜く殺戮機械”か何かなのだろうか。
……このあたり、彼女が異端審問官時代、何をやってきたのか大体のことは想像つくのだが、あまりにリュシアにとって他者に踏み入れてほしくないセンシティブな話と容易にうかがえる。
だから私からは聞くつもりはないし、この先触れることもないだろう。
「バルディーニ司教様初めまして! エルベ修道院修道女、シスター・アストリッドです!」
そんな凍り付いた空気を読まない特攻隊長が一人。
アストリッドはリュシアの冷気などどこ吹く風で、無邪気に駆け寄り握手を求めた。
「っ……?」
「この教会、とっても素敵ですね! 司教様もすっごく綺麗です!」
「は、はあ……どうも……」
リュシアが毒気を抜かれたように瞬きをする。
そう、この「暴力的な光」の前には、皮肉屋のリュシアも形無しなのだ。
アストリッド、恐ろしい子……!
「またヴォルージンさんまで一緒とは――この前みたいに黄金煮込みスープを作りに来たわけじゃないわよね。今度こそ何かの悪巧みの気配しか感じないけど。私の気のせいかしら?」
「まあそうだな。今日はシノギの話だ」
「シノギ……? なんですか、それ!?」
アストリッドはそんな言葉を覚えてはいけません!
「リュシア、単刀直入に言うわ。エルベ修道院の救済案件、許可をいただきに来たの」
「救済?」
「そう。このアストリッドを中心とした『福音劇』――歌と踊りで信徒を集める興行よ」
私はフランツが持ってきた羊皮紙と、ここに来る前に即興で要点だけをメモした事業計画書の草案をリュシアの目の前のテーブルの上に広げた。
リュシアは「ふんふん……」とそれを流し見して――
「……悪くないわね」
意外な反応に、フランツが「えっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「え、あ、あの、怒られないので……?」
「あら、どうして? 教義を広めるために手段を工夫するのは悪いことではないわ。前任の石頭爺さんならいざ知らず、結果が出るなら私は文句を言わない主義よ」
リュシアは淡々と言う。さすが合理的。
だが、その瞳がスッと細められた。
「ただし――教会をサーカス小屋にするつもりはないわ。条件がある――まず、シスター・アストリッドを『偶像』として扱わないこと」
「それってつまり、アストリッド個人の絵姿や名前入りのハンカチを作らないって意味で合ってる?」
「なかなか呑み込みが早いわね。概ねそういうことよ。あくまで『女神の教えを歌にして伝える』のであって、アストリッド個人を『偶像』にしてしまうと、それは“異端”として扱わざるを得なくなってしまう」
リュシアは伏し目がちに“異端”の言葉を呟き、フランツの顔がまた青白くなる。
確かにリュシアの言わんとすることもわかる。アイドルというものは“女神の代替物”になり得る危うさを秘めている。
それに繋がるブロマイドやキャラグッズを売ることはさすがに教義的にアウトというわけだ。
「そしてもう一つ“入場料禁止”。神の教えを聞くのに“対価”を設定してはならない。入口で金を徴収するのは罷りならないわ」
うーん、厳しい。チケット代が取れないとなると、収益モデルが崩れる。
フランツが絶望的な顔をする横で、私はチラリとイリヤを見た。
さて――ここからは、悪巧みの時間だ。
「じゃあリュシア。入り口での徴収がダメなら、“出口”に箱を置くのはどう? 感動した信徒が、自発的に捧げる“寄進”。これなら教義上問題ないでしょ?」
「……ええ。信徒の善意を拒む理由は教会にはないわね」
「決まりね。会場で集まった寄進はすべて、エルベ修道院と教会のもの。これで修道院の赤字は解消、教会本部への“上納金”も潤う。文句ないでしょ?」
「……上納金という表現に棘があるのが気になるけれど、良いでしょう」
リュシアは小さく頷く。これで教会の利益は確保された。
すると、今まで黙っていたヤクザ狼が口を開いた。
「ハッ、俺たちみてえな汚れモンが女神様への寄進に手を付けたらバチが当たる。俺が欲しいのは別だ」
「ヴォルージンさん……まさか、対価を取らない奉仕で――」
お花畑な思考をするフランツに、イリヤは呆れた視線を向ける。
「なわけねえだろ。人が集まりゃ腹も減るし喉も渇く。俺が欲しいのは会場周辺での『飲食物品販売』の独占権よ。それと、エルベ修道院で作ってる“ビール”と“チーズ”。あれの独占販売・流通権も寄越せ。シスター・アストリッドの絵は売れねえが、彼女が『おいしいよ!』って宣伝したチーズなら、飛ぶように売れる。そうだろ?」
さすがイリヤ。目の付け所が鋭い。
聖域である“寄進”には手を付けず、その周辺に発生する経済活動をごっそりいただく作戦か。
それなら教義にも触れない。
「修道院は在庫が捌けて幸せ、教会は寄進が増えて幸せ、客は歌と飯で幸せ。……俺たちは手数料と売上で幸せ。どうだ?」
「……教会の敷地内で商売することに関しては目をつぶるわ。その代わり、警備はあなたのところの若い衆がやりなさい」
「それはお安い御用だ。そういうのはうちが一番得意とするやつだぜ」
用心棒とかして小銭を稼ぐのヤクザの基本営業だしね。
しかし――構図だけみたら政治家と宗教団体とヤクザが癒着してアイドル興行を仕切り、互いに利権を山分けするという、どうしようもないほどに闇深い感じになっちゃっているんだけど、ここが日本でなくて本当に良かった。
「でお嬢。あんたは場所貸すだけで、タダ働きか? らしくねえな」
「まさか、イリヤ。忘れないでほしいわね。ここは私の領地よ?」
私はニッコリと――この場で一番邪悪な笑顔を浮かべて宣告した。
「会場での物販の利益、および今後エルベ修道院から流通させる商品から得られる利益……そのすべてに“興行税”および“流通税”を課税させてもらうわ。税率は……そうね、二割を想定してるけど。いかがかしら?」
「げえっ!」
イリヤの顔が引きつる。
もちろん、今回の話がなければそんな税、存在すらしない。だが、アストリッドの人気が上がり、この企画が軌道に乗り始めたら――それに付随する経済効果は計り知れないものになるはずだ。
「がめつい領主様だ。俺の稼ぎからハネる気かよ」
「文句ある? 教会の威光と、私の領地の街道を使って商売するんでしょう? 当然の『ショバ代』よ。それに――諸経費を差っ引いた純利益からの取り立てなんだから。売上からの課税にするほど私も鬼じゃないわ」
教会には寄進を。
商会には商売を。
そして領主には税金を。
完璧なトライアングルだ。誰一人として損をせず、全員がそれぞれの領分で利益を得る。
これぞビジネス交渉というものね。
「……はぁ。食えねえ奴らだ」
イリヤが降参したように肩をすくめる。
――交渉成立だ。
「決まりね。これにて『エルベ修道院再生計画』始動よ!」
「わーい! よくわかんないけど歌っていいんですね! 私っがんばります!」
アストリッドだけが、何も裏を理解していない無垢な笑顔で万歳をした。
一方その横で――フランツ司祭はあまりにもドス黒い金の話に白目を剥いて倒れかけていた。




