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第17話 女神の御名において歌って踊る、『会いに行けるシスター』爆誕!?

 聖歴1090年二の月。領都グレイヴィルは、冬真っ只中でもかかわらず活気に包まれていた。

 当初は私の破滅フラグの一つであった未来のテロ組織“麦の穂”は、私と教会の共同管理によって現在はボランティア団体として機能しており、貧民街の人々や働けない人への食糧配給の支援活動に勤しんでいる。

 ただ――根本的には貧民街のインフラ改善という大きな課題はあるのだが、これに関しては一朝一夕に解決する問題ではない。


 執務室に、ペン先が紙を走る音だけがサラサラと響く。

 私は山積みになっていた決裁書類の最後の一枚にサインを書き入れると、ふぅ、と息を吐いてペンを置いた。


「お疲れ様でございますお嬢様。休憩の良い頃合いかと」


 絶妙なタイミングでヴェルナーが紅茶を淹れてくれる。さすが私の有能執事、息をするように痒い所に手が届くわね。

 立ち昇る湯気と香りを楽しみながら、私は窓の外を眺めた。領内の統治は順調そのもので、今のところ私の領主ライフは「平和」の二文字で彩られていると言っていい。


「……平和すぎて、逆に怖いくらいね」


「何か仰いましたか?」


「なんでもないわ。で、今日の午後の予定は?」


「特に大きな案件はございません。視察の予定も入れておりませんので、ごゆるりと――」


 ヴェルナーが言いかけたその時、控えめなノックの音が執務室の空気を揺らした。  

 扉の前に控えていたステラが、音もなく動いて少しだけ扉を開ける。

 使用人と何やら言葉を交わした後、彼女は怪訝そうに片眉を上げて振り返った。


「“お嬢様”。お客様だって」


 ステラはヴェルナーといる時は必ず私のことを“お嬢様”と呼び、ヴェルナーの目の前では絶対に私を“リリアーネ”と名前呼びしない。

 そういえば――この二人って業務上の会話以外は全く話をしている所を見たことがないな。

 ステラは書類上はお父様の看護補助としてグスタフが連れてきた謎のメイドということにはなっているので、ヴェルナーもその素性を訝しんでいたところがあるのだろう。


 ただ、遠目に見ても私がステラに信を置いているのは、有能執事なヴェルナーなら百も承知だ。

 だからヴェルナーはステラを信じている私を信じて、ステラの素性について詮索しないのだろう。


 ステラもわざわざ自分からヴェルナーと距離を詰めてくるようなタイプではないから、結果として互いにお互いのことを探らない相互不可侵状態という奇妙な距離感なのかもしれない。

 ……本当はヴェルナーにステラの正体を打ち明けるべきなのだが――


「お客様? 特に面会予定は無いはずだけど」


「うん。でも『教会関係者』だって言うから、門前払いはまずいと思って」


 教会関係者。  

 その単語を聞いた瞬間、私とヴェルナーの視線が交差する。

 リュシアならリュシアだと名乗るはずだから、今来ている人はおそらく別人だろう。


「とりあえず、ここじゃなんだから応接室に通して」


「ん。わかった」


 ステラが軽く頭を下げ、来客者を迎え入れに行った。

 ……嫌な予感。リュシア以外の教会関係者がわざわざ私のところに来るなんて“寄附の催促”か“苦情”どちらかだろう。

 まあ、リュシアが“司教”の立場で案件持って来たらもっと嫌な予感がするけどね。


「ヴェルナー、ちょっとお客様と面会してくるから、私は少し席を外すわ。あとはよろしく」  


「畏まりました」  


 ヴェルナーは恭しく一礼するのを尻目に私は応接室へと移動する。

 そこに立っていたのは、あまりにも対照的な――そして奇妙な二人組だった。


 一人は、丸眼鏡のひょろりとした長身の男。黒い修道服に身を包んでいるがそわそわしていて妙に挙動不審だ。

 そして私と目が合った瞬間、彼は「ヒッ」と小さな悲鳴を上げてガタガタと震えだした。  

 まるで猛獣の檻に放り込まれた子羊のようだ。……失礼な、誰が猛獣よ。


 そしてもう一人は――


「わあぁっ! ここが領主様のお屋敷ですか? すごくきれいですっ!」


 男の背後からピョコンと飛び出してきたのは、輝くような笑顔を浮かべた少女だった。  

 修道女のヴェールの頭頂部には二つの膨らみがる。

 ぴょこぴょこと周囲を見渡す彼女のヴェールの隙間からは、私と同じ――二つの獣耳とお尻から伸びる尻尾が覗いていた。

 

(狼――、いや尻尾を見るに猫――北方系の人かしら)


 アッシュフィールドの北、徒歩では越えられない険しい山脈の先にはノルドヘイムという国がある。

 西部の海岸線以外の三方を険しい山脈に隔てられた三日月状の国土は古来から海上交通によって栄えてきた海洋国家で、エーデルガルドとは海路で交易が盛んである。もちろんこの領都からもノルドヘイムへの定期便が出ており、多くの商人たちが出入りしている。

 そしてノルドヘイムの人間は“猫科”の耳と尻尾を持つことが特徴なのだ。


「……どうぞ、お掛けになってください。私はアッシュフィールド伯爵“代行”、リリアーネ・アッシュフィールドです」


 まだ正式に継承認可されておらず“代行”となっていることを強調しつつ、二人の客人に精一杯の「貴族令嬢スマイル」を浮かべてソファへ掛けることを勧めた。

 司祭服の男は恐縮しきった様子でソファの端っこにちょこんと浅く腰かけ、猫耳シスターは「ふかふかだー!」と歓声を上げて思いっきり深く腰掛け、その反動で弾んで遊んでいる。


「あ、あああのっ、お初にお目にかかります。ぼ……わっ、私は当領の西端にございます、エルベ修道院にて司祭を務めております、フ、フランツ・ミュラーと申しますっ! こ、この度は突然の訪問、誠に申し訳なくっ……!」


「楽になさって司祭様。取って食ったりはしませんから」


 私が苦笑しながら言うと、フランツ司祭は「はひぃっ!」とさらに縮こまった。

 え、私なんでこんな怯えられているんだろう。やっぱ“親族殺し”でアッシュフィールドを継いだことで噂に尾鰭とかが付いていっているのだろうか。


「私! アストリッド・ハーラルスドッティルと言います! この度は領主様とお話をする機会を作っていただいてありがとうございますっ! 領主様ってすっごく美人さんなんですね! お肌つやつやで羨ましいです!」


 うおっまぶしっ!?

 直球の、あまりにも混じり気のない純粋な賞賛。  

 猫耳シスター――アストリッドから放たれる満面の笑顔と元気いっぱいの挨拶は、思わず目を細めてしまうほどのエネルギーと眩さに溢れていた。打算も、媚びも、恐怖もない。


 ただ思ったことを口にしただけの、暴力的なまでの“光”。歳は私とそう変わらなそうなのに、なんて純粋無垢な笑顔を浮かべられるのかしら。私が歳のわりに擦れてるだけか?

 背後で控えていたステラも、あまりの警戒心のないアストリッドの圧倒的“陽”のパワーに毒気を抜かれたのか、きょとんとした顔をしているのが気配で分かった。


「こ、こらっ! アストリッド! 領主様に対してなんという口の利き方を……!」


「えぇー? でも司祭様、本当のこと言っただけですよぉ?」


「そういう問題ではありませんっ! す、すみません伯爵様! この子は田舎育ちで礼儀を知らず……!」


 慌てふためくフランツと、何が悪いのか分かっていない様子で首を傾げ、尻尾を揺らすアストリッド。  

 ……何なの、この二人。

 少なくとも、私を糾弾しに来たわけでも、高圧的な説教をしに来たわけでもなさそうだ。


「それで? エルベ修道院の司祭様とシスターが、わざわざ領主の下までおいでになったのは、一体どのような要件かしら」


 私が本題を切り出すと、フランツの顔色が青から土気色に変わる。  

 彼は震える手で汗を拭い、意を決したように――まるで断頭台に向かう囚人のような悲壮な顔で、一枚の筒状に巻かれた羊皮紙をテーブルに置いた。


「じ、実は……折り入って、領主様にご相談がありまして……」


「相談?」


「は、はい……端的に申し上げますと……」


 フランツは一度ゴクリと唾を飲み込み、震える声で言った。


「修道院が……破産寸前なのでございます……!」


「はあ」


 え、寄附の要求? それにしては様子がおかしいが――


「そこで! 起死回生の策として考えましたのが……こ、こちらでございます!」


 フランツが震える手で巻かれた羊皮紙を広げる。そこには拙い絵柄で、アストリッドらしきシスターが歌って踊っている姿と、デカデカとした文字が描かれていた。

 おい、これって……


『女神の御名において歌います! 会いに行けるシスター、週末限定公演!』


「……はい?」  


 私の思考が数秒フリーズする。えっと、これは……

 

「……アイドル?」


 思わず漏れた私の前世の知識(つぶやき)は、誰の耳にも届くことはなかった。

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