第2話 最初の共犯者は私を殺そうとしたメイド
お父様の寝室を出ると、廊下には家中の使用人たちが勢揃いしていた。
その中には先ほど私を毒殺しようとしたステラの姿もあった。私がステラに視線を向けた瞬間、明らかに震えて視線を逸らしている。
再び雷が鳴り響き、屋敷の暗い廊下を青白く染め上がる。
窓ガラスに黒いドレスに身を包んだ銀髪の少女の姿が浮かび上がる。
そして、白い狼の耳と尻尾。
ああ――この姿は間違いなくリリアーネ。
誰もが目を惹くような美貌を持ちながらも、冷酷で残忍でチュートリアルで速攻で討たれ爆死する噛ませボス。
(これが……私なのね)
窓に映るリリアーネのルビーのように紅い瞳が“私”を見据えていた。
そして使用人の前にゆっくりと進み出た私は静かに――けれど重みをもたせた声色を意識して語りかける。
「お父様は先ほど亡くなられたわ……今まで長い病床だったにもかかわらず皆よく尽くしてくれたこと、伯爵である父に変わってお礼を述べさせていただきます。そして父を喪い悲しい気分になりますが、我がアッシュフィールド家にはやらねばならないことが山積みです。まず皆様も知っての通り――父は生前の遺言により爵位を含めた全ての家名と領地、財産が私に委ねられることになります」
ざわり、と家中に動揺と困惑が走る。
やはり遺言とはいえ16歳の小娘がアッシュフィールドの全権を握ることに不安感があるのだろう。それは当然の反応だろうし、予想済みだったから私は別にショックなどない。
原作のリリアーネがこの時どうだったか、深くは語られてはいない。
おそらく家臣に舐められないよう苛烈に振舞っているうちに、心が擦切れてしまっていたのだろう。そうして彼女の暴政によって多くの領民が犠牲になり、アッシュフィールド領は内側から崩れていった。
「皆さんの気持ちは良くわかります。だからこそ――私は皆さんの力をより強く必要としております。我がアッシュフィールド家が更に盤石となり、安心して暮らせるよう、全員一丸になって行う必要があるでしょう――どうか私に力を貸してくれませんか」
「お嬢様……!」
再び屋敷の使用人たちが騒めき立つ。それは先程とは違い、驚愕と歓喜をもたらしていた。
お父様が亡くなる前のリリアーネは、原作開始時よりはマシとはいえ伯爵令嬢らしく我儘で高慢ちきであり、使用人に対しても偉そうで傲慢であったと自覚はしている。というか昨日までそんな態度だった。
そんな娘が、人が変わったかのように謙虚に振舞っていれば驚くのも当たり前だろう。
しかしキャラ変をするにはこのタイミングしかなかった。お父様の死をきっかけに自身を見つめなおし、領主としての自覚が芽生えた――というのは十分な変化理由になるはず。
「まさかお嬢様がそのように成長されていたとは……私感激にございます!」
涙ぐむ初老の執事――ヴェルナーが声を絞り出すと同時に、それはもう盛大な拍手が巻き起こる。
てかその言い方やっぱ私のことろくでなしと思ってたのね。
まあ実際ろくでなしだったんだけれどもね!
「明日の昼には領民たちにお父様の逝去を知らせてください。葬儀の日程は追って知らせます。今日はもう遅いので家中のものは下がり、休息してください――」
私は解散を告げると使用人たちはそれぞれの持ち場へと戻っていった。
その中に紛れるように銀髪をショートボブにした狼耳のメイド――ステラが去ろうとしているところを見逃さず、私は声をかける。
「――ステラ、あなたはここに残りなさい」
ステラはびくりと身を震わせ、ギギギと音の鳴りそうなくらいゆっくり振り向くと、引き攣った笑みを浮かべて立ち尽くす。
他の使用人たちはステラが呼び止められたことが気になっているようだったが、厄介事に関わるのも嫌だったようで私たちを避けてそそくさと帰っていく。へへ、私の人望の無さに感謝だわ。
「少し――話しよっか。二人っきりでね」
「は、はひぃ……」
ステラの瞳には恐怖が満ちていた。きっと殺されるに違いない。そう信じ切っている顔だ。
――ったく大した演技力だこと。この娘はそんな小動物系ではなく、狼のような娘なのだから。
※
私は自室にステラを呼び寄せると、まずは椅子にかけるよう指示した。
そして紅茶を用意し、二人きりで席に座りあう。ステラは終始私と視線を合わさず、俯いたままだった。
私はカップに紅茶を注ぎ、縮こまるステラの前に差し出した。
「安心しなさい。そのお茶には毒なんて入ってないわよ。ま、信じられないだろうけどね?」
「っ……」
「あなたの依頼人は大体予想つくわ。私が死んで一番喜ぶ人間は叔父上でしょう?」
お父様には弟がいた。
名前をグスタフという。その男は若い頃から強欲で女遊びや賭け事を好むろくでなしだった。
おかげでお爺様から後継者候補から外され、アッシュフィールド領内に小さな領地だけを与えられ飼い殺しにされていたのだ。
例え遺言にアッシュフィールドは私が継ぐとなっても16歳の小娘と、後継者から外されたとはいえ当主の弟では世間的には叔父の方に継いだ方がいいと判断する人間も多いだろう。
それなら私の後見人を名乗り出て、ゆっくり家を乗っ取れば良いと思うのだが――あの欲望に忠実で短慮な性格ではどうやら我慢できなかったらしい。
「あ、そのっ……そっそれは……っ」
「そろそろ――そのわざとらしい小動物キャラで私を欺こうって演技を止めたらどうなの、ヴァリャーグの『赤い眼――クラースナ・グラーザ』の犬さん?」
「――ッ!」
私はあえて煽り半分に言い放った。するとステラは一瞬にして怯えたリスのような表情から、肉食獣ごとく縦に割れた金色の眼光を放ち、殺気の籠った視線で睨み返し――
ヒュンっと風切り音と同時に、ステラはどこからともなく抜き取ったナイフを私の首元に突きつける。
そう、原作を知っている私は彼女の正体を知っている。
だからこういう行動を取られた時に備えもしている。
――じゃなかったら私も命が幾つあっても足りないわよ。
私は喉元にナイフを突きつけられながらも、右手をステラの額に翳す。
「やめなさい。私の首から血が噴き出す間にあなたの頭が吹っ飛んでも良いのなら、どうぞ。無詠唱でも至近距離から頭を潰れたトマトに変えることくらいできるわ。ふふ……あなたは刺し違えても私を殺すなんて絶対にできない理由があるのは知ってるんだからね」
「なっ――!?」
ステラは絶対の自信があったのだろう。
自分の正体が知る者がこのエーデルガルドにいるなんて思いもしないのだろうから。
ステラ――原作では序盤にルーカスの陣営に入るメンバーだ。
原作の私の依頼で、ルーカスを暗殺しようとするものの逆に返り討ちにされたことで改心。仲間となる。
彼女は東の大国ヴァリャーグ連邦共和国の特務組織である“赤い眼”に所属するスパイで、エーデルガルドの不安定化を目的とした潜入工作員でもあるのだ。もっとも――原作の私はステラをスパイと知らずただの腕利きの暗殺者だと思っていたようだが。
「貴様……ただの世間知らずの小娘が“眼”を知っているだと……!?」
「落ち着きなさいな。別に私はあなたを拷問してヴァリャーグについての情報を吐かせて処刑したりなんてしないから。ねえ、私の暗殺依頼をした叔父上――に接触したのは総書記長閣下の意思なのかしら」
十中八九違う。
ヴァリャーグの最高指導者である総書記長がこの時点でアッシュフィールドに、エーデルガルド王国に興味を持つ理由はない。
数年後エーデルガルドで飢饉が起ったときに初めて“総書記長”の命によってエーデルガルドに介入するのだから。
だから、これは“赤い眼”上層部の独断だ。
総書記長の命令だけを聞いていてはただの無能として粛清される。
粛清を避けるには常に国のために有益となることを自ら考え実践するしかない。
そして成功した場合のみ総書記長に報告を行い、名声を勝ち得る。
失敗した場合、その工作そのものを闇へと葬り去る。
ゆえに暗殺に失敗し、私に正体を看過され足が付いたステラは確実に消されるだろう。
そしてヴァリャーグと内通していた叔父上もまた同じように始末されてしまうに違いない。ヴァリャーグとはそういう恐ろしい国なのだ。
「…………」
彼女は答えない。
だがその沈黙が、私の予測の正しさを物語っていた。
だからこそ私は彼女に選択肢を与える。
「ステラ。これは取引よ。いずれにしろあなたはこのままでは赤い眼に消される運命。叔父上共々ね。でも――私に協力すれば、あなたは殺されずに済む。あなたには絶対に死ねない理由があるんじゃないの?」
「お前は――どこまで知っている?」
「さあ? そこまでベラベラ喋って切り札を見せるわけにはいかないわね」
そう、私は彼女の本名に関する秘密を知っている。
しかしそれはまだ使わない。彼女がもっと私に協力的になるまで、このカードは取っておくべきだろう。
「このタイミングで私が死ななかったことはそう遅くないうちに“赤い眼”にも伝わるでしょう。その時点で赤い眼はこの工作を闇に葬り去る決断をするわ。――私の影になって、私の目と耳になってくれれば、私はあなたの秘密を守る。あなたが赤い眼から逃げられるようにも手助けする」
「……信用できるのか?」
「信用せざるを得ないでしょう? 今の私より信用できる相手が他にいれば、さっさとその人間の元へ駆け込めばいい」
ステラはしばらく私と睨めっこをしていたが、やがて諦めたようにナイフをしまった。
「――分かった。取引に応じよう」
「賢明な判断」
無意識に私の尻尾が喜びでパタパタと揺れる。
我が意を得たりと内心でガッツポーズしつつも、平静を装って彼女の申し出を受け入れる。
最初の仲間、ゲットだぜ!




