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第15話 投機商品(スパイス)は大鍋の中へ

 私とステラは香辛料を求めて港に繰り出す。雪化粧された港は活気に溢れ、船乗りたちが甲板に降り積もった雪を払いながら積み荷を運び込んでいる。

 ここ数ヶ月で、港の周りにも新たな倉庫が増え、領都グレイヴィルがアッシュフィードの一大集積地になりつつあった。

 私たちはイリヤが詰めている事務所の前に馬車を停める。


「姐さん! 今日はどのようなご用件で?」


「イリヤに用事があるんだけど……今よろしいかしら?」


「へい、上がっていってくだせえ」


「うん、おじゃまするわ」

 

 私の姿を見つけた若い衆たちは、一様に帽子を脱ぎ、頭を下げる。

 先日の件で、彼らの間での私の扱いは“ボスの共犯者”となり、そのため私のことを“姐さん”と呼ぶようになった。いやだ、なんか怖い人になっちゃった。

 彼らの案内で事務所の二階、イリヤがいる部屋に案内される。


「よう、お嬢。先日は穀物の買い付けの発注ありがとうよ。お嬢のおかげでいい金が動かせるってもんよ」


「上手くやれてるかしら」


「あんたが吹っ掛けてきた仕事なんだからそれはもう。ちゃんと小口で、穀物市場を刺激しないよう、地道に地道にな」


「そう。それは良かった」


「また倉庫を増設しなきゃなあ。ああ、そうだ。元々税関やってた役人、お嬢の命でうちに出向してる連中なんだがよ。あいつら、帳簿のチェックが厳しくて若い衆が『手数料ちょろまかす苦労が割に合わねえ』とぼやいてるぜ」


 お、さっそく私の狙い通りになってきたな。

 不正をやるなら帳簿を完璧に誤魔化せと言ったのはそういうこと。不正やるより真っ当に帳簿付けたほうが楽だと感じれば彼らだって自然と“真っ当な商売”に移っていくものだ。


「これも嬢ちゃんの“狙い通り”ってやつかい?」


「さあ、どうだか」


「ほんと食えねえ領主様だぜ、まったく。それで――今日は何か面白い話を持ってきてくれたのか?」


「ええ、それなんだけど。ちょっとあなたに探して欲しいモノがあってね」


「あん? 何だよ?」


「香辛料が欲しいの。数人分の料理に使う分だけ、もちろんタダとは言わないわ。お代はきちんと払うからね」


「香辛料か……あるにはあるが、料理とはまた贅沢な使い方だな。俺としては抱えて値が上がった時に売り抜けたい品物なんだが」


 なるほど商売人らしい考え方だ。

 高級品はそれ自体を投機対象にする。それを料理なんて“消耗品”として使うのはもったいない、という考えね。


「まあ……欲しい人間が相応の値段で売ってくれというのなら、売らないわけにはいかねえな。どんな香辛料が欲しいんだ」


「えっと……最低限ターメリックとクミンとトウガラシさえあればいいの。それらを手に入れたい」


 カレー粉の原材料は多岐に渡る。全て集めようと思えば十数種類にもなるのだが、そこまで求めるのはさすがに贅沢が過ぎるだろう。最低限、黄色と風味、辛味を出す三つの材料さえ揃えればカレーの味になるはず。


「ほう、お嬢は香辛料の種類がわかるのか。……博識だな。それならうちの在庫で間に合う。ついてきな」


 私が香辛料の種類を諳んじたことに一瞬怪訝な表情をしたのも束の間。イリヤは私たちを事務所の隣の倉庫に案内する。

 冬の倉庫は冷蔵庫のように冷たく、暗く、外と変わらないほどの寒さの中、イリヤは奥に並んだ棚から小さな瓶に入れられた香辛料をいくつか見つけ出す。

 小瓶を受け取り、匂いを嗅ぐ。

 前世で何度も嗅いだ懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。


「うん、これだ」


「南東の砂漠を越えてきた商人が持ってきたやつだ。どれも結構な貴重品だが、嬢ちゃんなら払えるだろう。全部で十万エデルだ」


 南東の砂漠――エーデルガルド南東には海が広がっており、その海岸線に沿ってひたすら南東方面に向かうと、やがて砂漠が現れ、その砂漠の向こうに香辛料の原産地となる国が存在する。

 砂漠を超えてくる隊商の数は多くはないため、香辛料は高級品となって王国に流入するのだ。


「ぐ……十万エデルかあ」


「払えない、なんて泣き言は言わねえよな」


「払えるわよ。さすがにここで泣き言いうほどダサいこと言わないっての」


 私は懐から巾着袋を取り出し、十万分の金貨を渡す。

 領都の衛兵の給料数ヶ月分の金額が大鍋一杯の料理のために吹き飛んだが、仕方ない。カレーのためだ。


「毎度あり。ところでお嬢、この香辛料を何に使うんだ?」


「異国の料理よ。今日はそれを久しぶりに食べたくて、手に入れたかったの」


「へえ? 俺も一口もらえないか? 香辛料なんて高級なモン、生まれてこのかた口にしたこともねえ」


「そうねえ……じゃ、リュシアの教会で厨房を借りて作ってみるから、一緒に食べましょ」


「お、いいねえ。リュシアってあの司教様か」


「なんだ、リュシアとは知り合なの?」


「まあな。何度か礼拝に通ってるからな」


「えぇっ、あんたその強面で教会に通ってるの!?」


「あん? 失礼なやつだな、俺が女神様を信じたらいけねえのかよ」


「いや、いけないわけじゃないけど。意外な感じがして」


「けっ、人のことなんだと思ってやがる」


 マフィアのボスが意外と信心深いって、前世で見た映画もそうだったなあ……

 あくどいことやっている自覚あるからこそ、救いを求めるものなのかもね。


「ところで――あの司教様、ただ者じゃあねえな。俺よりずっと若ぇのに相当な修羅場を潜って来た目だぜ」


「あー……」


 イリヤは鋭い。伊達に暴力で飯を食ってきたマフィアじゃないってことね。

 

「……リュシアはヤバい女だよ。私が喉元にナイフ突きつけても、動揺一つしなかったから」


 ステラがリュシアと初めて会った時のことを思い出しつつ、呟く。


「はあ? 司教様の喉にナイフって……どういう状況だったんだよ、それ?」


「リュシアがリリアーネに銃を突きつけてきたから、私もリュシアにナイフ突きつけただけ」


「お前ら何をやってんだよ……」


「ま、まあ色々あったのよ」


 ま、リュシアの経歴はイリヤならちょっと調べりゃすぐに分かるだろうし、わざわざここで話す必要はないだろう。

 私はイリヤとステラを連れて、リュシアがいる教会に足を運ぶのだった。

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