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第14話 飢饉対策、物資備蓄、あとカレー

「お嬢様、穀物の買い付け……ですか?」


 聖暦1090年一の月、私が前世の記憶を思い出してからあっという間に数ヶ月が過ぎた。

 アッシュフィールド領を掌握し、教会とのコネを作り、領都の物流を牛耳る元締めのヴォルージン・ファミリーを懐柔し、表裏双方から統治権力の基盤固めを終えた。


 ――うん。めちゃくちゃ働いたね!

 前世はしがないOLだったけど、前世よりも働きまくった気がする。

 そんなこんなで年が明け、関係各所への新年の挨拶がひとしきり落ち着いた一の月中旬、私はヴェルナーに穀物の買い付けを指示していた。


「領内の備蓄は十分ですが、まだ何か必要なものがあるのですか?」


「ええ、まだ少し不安だから」


「不安、ですか? 去年は豊作で我が領も他所も食べるのに困ってはいないと思うのですが」


「豊作だから、こそよ。今のうちにだぶついた在庫は安値で押さえておきたいの。それに今年の天候のことなんて誰にも予想できるはずないでしょ?」


「はあ、左様で」


 ヴェルナーにはもっともらしい説明をしているが、本音は別。

 この世界が原作エデガルと似たように“歴史が進められる”のであれば、早くとも来年には飢饉が起こる。それを防ぐため、少しでも余裕があるうちに備えておこうという腹づもりである。


「グレイハウンド商会に委託して、王国全体からだけでなく西のグランファーレンや北のノルドヘイムからも買い付けよ。もちろん、領主が食糧を買い漁っている事を悟られて市場価格を刺激しないように、細く長くね。……ま、そこらへんは彼らなら上手くやるでしょう」


「……わかりました」


「どうしたの? 何か言いたそうね?」


「ヴァリャーグからは買わないのですか?」


「ああ、あそこはいいの。外国はその二国だけよ」


 ヴァリャーグを仮想敵国として扱っているのは今のところ私しかいない。

 叔父の背後にヴァリャーグが糸を引いていることを知っているのは私とステラだけの、アッシュフィールド領の最高機密だ。


 下手に取引をして、“赤い眼”にコソコソ嗅ぎまわられると面倒臭い。

 あいつらが直接アッシュフィールドに何かしてくる可能性は叔父の件の工作失敗ですぐにはないはずだが、それでも向こうにうちを嗅ぎまわる理由を増やすべきじゃない。


「わかりました。すぐにグレイハウンド商会に発注の手配をいたします」


「それと、“銃”も買い付けて欲しいの」


「銃、ですか? あのような不便な武器を……?」


 そう、この世界にもちゃんと銃はある。と言っても、魔法がある世界なので火縄銃程度の技術で止まっているが。

 原作エデガルでの銃は、まあ……ファンタジー作品あるあるの、弓と魔法を食ってしまわないようゲームバランス的に抑えられた中途半端な武器種だ。


 威力なら身体強化魔法によって放たれる強弓の方が圧倒的に優れているし、汎用性も攻撃魔法が上。

 そう――ゲームのように個人で携行するなら銃は不遇と言わざるを得ない。


 ただし、この世界でも銃の真価は単発を撃ち込むことではない。

 “まとまった数”を“揃えて”、“弓よりも訓練が簡単”で“一斉射撃”した時、初めてその真価が発揮される。

 私が欲しいのは個人用の武器ではなく、戦術兵器としての“銃”なのだ。


「そう、時間はかかってもいいから、まとまった数を買い付けて」


「わかりました。穀物と銃を同時に手配します」


「ありがとう、ヴェルナー」


「それにしても、お嬢様――」


「何かしら?」


「お嬢様が先代様より領地を引き継いで以来、我が領地は目に見えて活気づいてきましたなあ。商人たちも口々に言っておりますよ。この分だと数年でアッシュフィールドの街も王都と肩を並べるのではないか? とな。いやはや、お嬢様が領主であらせられて本当にようございました」


「……ヴェルナーは、お世辞が下手になったのね」


「滅相も御座いません、心からの感想で御座いますよ」


「そういえばさ。私って正式にアッシュフィールド伯爵になったわけじゃないよね?」


「……ええ、はい。今はまだ“慣例”として先代様より領内における執政権を継承されてるにすぎず、伯爵位は国王より正式に叙任されないといけませんので」


「まあ、王都も去年国王陛下が崩御なされてバタついてたもんね」


「……うちはちょうど先代様が亡くなられたことで陛下の葬儀には誰も顔を出せておりませんでしたから、根に持たれているやもしれませんな」


「……あー」


 そうだった。国王陛下は偶然にもお父様が亡くなった日に崩御したので、葬儀にも何もかもが後手後手になってしまっているのだった。なので王都への弔問にアッシュフィールドからの出席者はゼロ。うーん、印象悪いやつ。


 その嫌がらせで私の正式な伯爵叙任を遅らせているとか? あり得ないとは言い難いが、新国王サマがそこまで暇かつ器が小さいかと言えば――暇で器の小さなやつだったわ。


 ジークハイト四世――名前は大物っぽいが、顔だけは良いアホの典型的なボンボン。

 能力は大したことないくせにとかく現場に出たがるという最悪なタイプ。


 そして自分の器の小ささをうっすらと自覚しているおかげで、“軽んじられた/無視された”と感じれば異常に粘着質に根に持つのだった。彼は主人公ルーカスとは直接の面識はないし、彼がルーカスに何かすることもない。


 物語中盤、王都西のバルモア公爵領で飢饉による“麦の穂”の一揆が起きたとき、ジークハイトは徹底的に弾圧するのだが、その弾圧がさらに一揆の蜂起を各地で招いてしまう。

 目立ちたがりで現場に出たがりのジークハイトは、鎮圧軍を自分自身の手で率いようとするのだが、戦闘の最中流れ矢が当たりあっさり死ぬという結末だ。


 死ぬだけならいいんだけどね。彼が死んだことで王位が空白となり、それによって各地の諸侯たちがこぞって次の国王の座を奪い合い、内戦勃発という悲惨な状況になる。マジこのボンクラ余計なことするだけして真っ先に物語から退場するとか、迷惑にもほどがある。

 

 余談だが、主人公ルーカスはこの内戦に絡んだ陰謀で異端の汚名を被せられ、聖銃騎士たち異端審問官からの逃避行という展開に物語の主軸がシフトしていき、内戦の行方は背景のみでしか描かれることはなくなる。戦記銘打っておいて後半は教会というわかりやすい権威が敵になる展開なのは、ファンの間で意見が分かれるところだった。


「……ま、いいわ。そのうち王都から話も来るでしょ。あまり遅いようなら私から王様に挨拶しに行ってやるのもいいわね」


「お嬢様、また変な事を企んでは……」


「さすがに王様を脅迫なんかできないから、安心していいわよ」



 ヴェルナーはジト目で私を見つめてくる。おいおい、お嬢様が王様をどうこうできるはずないじゃないか。私はただ、可愛くて可哀そうないたいけな美少女伯爵だぞ?


 ※


 そんなこんなでいずれ来る飢饉のための備蓄計画を指示した後、私は執務室で遅めの昼食をとっていた。  

 ステラが用意してくれたサンドウィッチを頬張り、一息をつく。

 そして、耐えがたい欲求に駆られる。


 前世の記憶を思い出してからたびたび感じている衝動――がある。

 ぷるぷると震える手を必死におさえて、理性が欲求を抑えこもうとするが、私は本能には勝てない!

 これまでとは比較にならない禁断症状が私を襲う。やばい、我慢できねぇ。

 

「カレーが食べたい……! 熱々のご飯に辛いルーかけて食べたい! ビーフカレー、チキンカレー、ポークカレー、ベジタブルカレー、グリーンカレー、キーマカレー、もうパンばかりの毎日は嫌なんじゃーっ! あああああ!!! カレー食べてーなー!」


「ちょっ、リリアーネついに頭がイかれたの……!?」


「あっ、ごめんステラ……もう駄目。もう無理」


「お、落ち着いてリリアーネ! まず、“かれえ”って何なの!」


 あっ、まずっ。あまりに禁断症状が酷くてつい前世の知識を口走った。

 私が前世の――異世界の知識と記憶を持っていることはステラですらまだ明かしていない。言っても頭のおかしい奴と思われるのがオチであるし、それにこの世界では“異世界人”とバレることは私のアドバンテージを失う死活問題につながる。


「……昔読んだ異国の料理の本にあったの。肉と野菜を煮込んだ麦の粥に、複数の香辛料を調合したもので味付けする料理のことよ」


 よし、それっぽい嘘を言い訳として用意できた。これなら無難。  


「……香辛料って、めちゃくちゃ高価な薬じゃない? そんなものを食卓の献立にするのは、現実的じゃないと思うけど」


「うぅ……そういう正論を聞きたくなかった……」


 この世界でも香辛料やハーブなどは一部の富裕層の食生活に取り入れられてはいるが、基本的には薬扱いでほぼ流通は高位貴族か教会ぐらいに限られている。前世のようにスーパーにいけば安価で手に入れられる代物ではないのだった。


「よし、リュシアなら香辛料持っているかもしれない。それかイリヤか……!」  


 善は急げだ。私はカレーを作るべく、必要な香辛料を集めることを決心して雪がしんしんと降る街に繰り出した。

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