第13話 狼に首輪を、マフィアに電卓を
テーブルにガチャンと乱暴に紅茶が入ったカップとソーサーが置かれる。
視線を上げると若い衆が苦虫を嚙み潰したような目でこちらを睨んでいた。
……ったく。ステラですらお茶を出すときはもっと丁寧に出せるぞ。
私はカップに注がれた茶を口に含む。毒は多分入っていない。
グランファーレン産の茶葉特有の風味が口内に広がる。いい保存状態、輸送の際の品質管理もちゃんとされている証拠ね。
「毒を警戒もせず、いきなり口を付けるたあいい度胸してやがんな伯爵様はよ」
「ここで毒を盛るようなつまらない男が、ファミリーのボスやるなんて不可能でしょ。それだけの才覚と器はあるって信じてる」
「ハッ! 世辞はいらんぜ。――それで? 俺とどんな“取引”したいんだ?」
灰狼は鋭く光る眼を私から逸らさずに顎をしゃくる。
「単刀直入に言うわ、イリヤ・ヴォルージン。条件は一つ――『麦の穂』への一切の干渉を禁じます。彼らは今後、教会の庇護下にある聖域とみなしなさい。みかじめ料の徴収も、嫌がらせも、強引な貸し付けもすべて禁止」
部屋の空気が、わずかに揺れた。
若い衆の何人かが眉を吊り上げ、低く舌打ちする。
イリヤは表情を変えず、茶を一口すすった。しばしの沈黙。
「さすがに俺たちもメンツがある。それを“一方的”に呑むぐらいなら、ここで俺たち全員一緒に死ぬしかねえでしょうな。俺と部下の命でお前とそっちのお嬢ちゃんを道連れにできるんだろ?。死にたくはないが、それでメンツを守れるなら悪くない話だ」
やるじゃん。私の脅しを逆手にとってくるか。
私とステラの命で連中の命を買えるなら、連中の命で私とステラの命を買える――当然の話。
私を対等な相手と認めたからこそ、絶対に退けない部分のラインを先に示して来た。何もなしで踏み越えようなら、お互いの死が待っているぞ――と。向こうも賭け金に命を乗せてきたのだ。
その上で、それらを呑ませるだけの条件を出せるのかと、私に問うている。いいだろう。そこまで読めたのなら、あとは私とあんたの“ビジネスの話”だ。
「話は最後まで聞きなさいよ。今のは私の“望み”を言っただけよ、そのためにはどのような“取引”をするのかの話し合いでしょう? 私はあなたに、シノギの一つを諦めろという。なら、代わりに別の利益を用意するのが筋でしょう?」
「はっ、違いねえ」
私は懐から一通の巻かれた羊皮紙を取り出し、テーブルの上に滑らせた。
そこにはアッシュフィールド家の紋章と、私の署名が記されている。
「ほう、これは――」
「グレイハウンド商会を、アッシュフィールド伯爵家の『御用商人』として公式に認める任命書よ」
イリヤが怪訝そうに眉を寄せる。確かに、ただの御用商人なら名誉職のようなものだ。
だが、私の用意した毒まんじゅうはそんな甘いものじゃない。
「それに伴い、あなたたちにはアッシュフィールド領における『港湾関税業務』および『商隊通行証の発行権限』を委託するわ」
その言葉を聞いた瞬間、イリヤが咥えていた煙草をポロリと落とした。
「何……?」
「聞こえなかった? これから領内を出入りする物資の関税徴収と、通行証書の発行。それらをあなたの商会に丸投げするって言ってるのよ」
シン、と部屋が静まり返る。
周囲の若い衆は意味が分からず顔を見合わせているが、ボスのイリヤだけはその意味を理解し戦慄していた。
それはつまり――公認で通行料をふんだくれる権利を与えるということだ。
今まで彼らはみかじめ料や用心棒代を“勝手に”取ってきてたのだろうが、今後は堂々と、領主の威光を背に、法の元で“手数料”として金を巻き上げることができる。
違法なシノギが、一瞬にして莫大な利益を生むホワイトな独占事業に変わるのだ。
――もちろん、あまりにもぼったくれば私も黙っていないけれどね。
「……正気か? 俺たちみたいなゴロツキに、領の金庫の鍵を渡すようなもんだぞ?」
「あら、私の要望を呑ませるなら、それぐらいの利権をぶらさげてくれないと話にならないでしょ?」
「……てめえ、狂ってやがる」
「それだけ、あなたたちを高く買っているのよ」
私は悪い笑みを浮かべてみせる。
「それにね、役人だけじゃあ物流の実情ってのは見えにくいの。確かに彼らは書類を作り、読むのは一流だけど、現場の空気みたいなものは理解できないでしょう? だからこそ、あなたたちのような“筋者”にも見張りをさせておきたい」
私はニッコリと微笑み、さらに追撃の一言を放つ。
「もちろん、委託料として徴収額の二割は商会の取り分として認める。……どう? 貧民街で割の合わないシノギをするより、よほどいい商売だと思わない?」
イリヤは喉を鳴らした。
喉から手が出るほど欲しい権益。
しかし――これを呑めばヴォルージン・ファミリーは“中途半端”なマフィアでいられなくなる。
ま、それが私の狙いでもあるわけだけど。
さて、彼はこの“取引”に乗るか?
彼らの“生き方”そのものを変えるほどの提案に対して。
「……勘違いしないでね。私はあなたたちに『やくざ者から足を洗え』なんて一言も言ってないわ」
「あ……?」
「あなた達が現場でどうやって、どれぐらいの手数料を取り立てるか、その過程に私は口を出さない。……そして、上がってきた帳簿の数字が『完璧』であれば、その裏で多少の小遣い稼ぎがあろうと、私は気づかないフリをしてあげる。帳簿は完璧ですから」
イリヤの瞳孔が開く。
「つまり……不正を黙認すると?」
「いいえ? 『やるならバレないように完璧にやれ』と言っているのよ」
私は瞳を細め、冷ややかに告げる。
「脱税を見逃す代わりに袖の下を貰うもよし。荷物の検査料を上乗せするもよし。……ただし、私に提出する帳簿だけは一点の曇りもなく偽装しなさい。バレるような不正は不正じゃない。私への裏切り――。もし監査役の目をごまかせず、私や教会に泥を塗るような真似をしたら――」
私はチラリと、テーブルに置かれた羊皮紙の任命書を一瞥する。
「その時は、この任命書があなたの処刑命令書に変わると覚悟なさい」
イリヤは逡巡する。
きっと彼の頭の中ではこの契約がもたらす実利と、それによって失う任侠の自由を天秤にかけているに違いない。
「……嬢ちゃん。あんた、俺を飼う気か」
「“犬”は飼われるものだけど、あなたは“狼”でしょう。狼は、対等な“共犯者”よ」
「けっ、詭弁を。俺にとっては首輪も同然じゃねぇか。ただし、ひとつ確認だ。この首輪に繋がった鎖はいつでも外せるのか?」
「私が外すべき鎖だと判断したら、外してあげる。でもあなたが勝手に噛み切ったら――その時は、私があなたの喉を噛み切る」
ステラが、ほんの少しだけ口角を上げた。
イリヤはそれを見て、肩を揺らして笑う。
「……やっぱり、こっち側だな」
「失礼ね。やくざ者を自分の見える場所に置きたいなんて、善良な領主そのものじゃない」
イリヤは羽ペンを手に取り、羊皮紙にサインしようとして再び手を止め逡巡する。
わはははは、悩め悩め。でも後悔はないようにね。
「……はあ、分かったよ。取引成立だ」
イリヤの筆は躊躇ながらも動いた。
それが契約の合図。二人の間で利害が一致した証拠。
「いいぜ、嬢ちゃんの狼になってやるよ。その代わり、こっから先は一蓮托生だ」
「ええ、期待しているわ」
こうして私はグレイハウンド商会を通じてアッシュフィールド領の物と金の流れを一本化して掌握できた。
ついでヴォルージン・ファミリーから麦の穂を守り、彼らを表向きは真っ当な組織にならざるを得なくさせた。
ふふっ、一石二鳥。いや三鳥か。
私はステラと顔を見合わせ、どちらからともなく頷きを交わすのだった。




