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第12話 真のヒロイン(※強面ケモオジヤクザ)攻略ルート、開幕

 イリヤ・ヴォルージン――原作エデガルにおいてもその立場は基本的に変わらない。

 領都グレイヴィルの貧民街を本拠地にして、港湾部の利権を一手に握るヴォルージン・ファミリーのボスである。


 ただ、ひとつ変わるのは、原作の“私”が自分以外の権力と権益を許さない圧政者だったことだ。  


 ヴォルージン・ファミリーも徹底的に弾圧され、部下は次々と投獄または処刑され、イリヤ本人もリリアーネが差し向けた追手に重傷を負わされる。

 重傷を負い追われるイリヤに手を差し伸べ匿ったのが、主人公ルーカス・グレイフィールド。

 ルーカスは「権力からはじき出された者たちの側に立つ」と臭い理想を口にする、鼻持ちならないほど真っ直ぐな青年だ。


 当初彼はルーカスを当然のごとく“青臭い若造”と嘲笑っていた。

 だが、ルーカスのひたむきな正義感と、どんな相手にも手を差し伸べる優しさに触れたイリヤは、やがてその青臭さに惚れ込んでいく。


 ルーカスが反乱軍を立ち上げた際には、その裏社会のコネクションをフル活用して武器や食料、そして情報網を提供し、影の立役者として最後までルーカスの仲間であり続けるのだ。


 そのツンデレな献身ぶりと渋い大人の魅力をもったキャラ。

 そしてルーカスに向けた複雑な感情を見せる不器用なケモおじさんは、プレイヤーたちの間ではこう呼ばれていた。


 ――エデガルの()()()()()()はステラでなく、このイケケモオジだと。


 ※


 グレイハウンド商会の扉を開けると、中には若手構成員たちと、彼らの視線を受けながら一人悠々と煙草をふかせる、灰毛に覆われた獣人の姿があった。


 一斉に突き刺さる十数の視線、普通の貴族令嬢ならこれだけで震え上がるところだろうが、そんなもので怯むような私ではない。

 むしろ私は口角をあげ、悠然と――まるで自分の庭を歩くように、部屋の中央へと足を踏み入れた。


「……ようこそ、伯爵様。こんな掃き溜めに何の用ですかい? 立ち話もなんだ、よければ掛けてくんな。ちょうどグランファーレンの良い茶葉が手に入ったところでしてね。しかし、伯爵とはいえ十六の小娘が何の前触れもなくお付き一人だけでやって来るたあ……度胸がありすぎるってのも考え物だがね」


 イリヤが低い、腹の底に響くような声で言った。  

 スーツの上からでも分かる分厚い胸板。鋭い眼光。

 そして狼の獰猛ながらも精悍な顔立ち。実物はゲーム画面で見るよりも迫力がある。

 私は称賛とも挑発とも取れぬイリヤの言葉を涼しい笑みで受け止めてから――その目の前のソファーへとゆっくり腰掛けた。


「挨拶がないから、こちらから来てあげたのよ。私の庭で随分と好き勝手に商売をしているようだけれど、大家への仁義はどうなっているのかしら?」


 開幕先制挑発をジャブ代わりに打ち込んでやる。

 これに乗るようじゃあ話にならないけど、さすがにマフィアのボスまでのぼりつめたオジ様ならこれぐらいは耐性があるでしょう。

 イリヤの眉がピクリと動く。


「ククク、仁義とはよく言うぜ。それはこっちの台詞だ。あの麦の穂とかいう連中、ウチのシマで何の話もなくタダ飯配ってるとは、一体どういう了見で? せめて俺に“一言”くらい入れるのが筋ってもんじゃないですかね」


 彼がドスの利いた声で凄むと、周囲を取り囲んでいた若い衆が一斉に唸り声を上げ始める。


「そうだそうだ! ボスを舐めてんじゃねぇぞ!」


「ガキのお使いじゃねぇんだ! ここがどこのシマだと思ってやがる!」


 罵声と共に、殺気が膨れ上がる。  

 彼らにとって、私はただの“世間知らずの小娘”。  

 少し脅せば泣いて謝るか、金を置いて逃げ出すと思っているのだろう。


「愚問ね。仮にも『慈善団体』にやくざ者を噛ませられるわけないでしょう? イメージダウンも甚だしいわ」


 私はさらに挑発を上乗せしてみる。

 だが――まだ部下たちは罵声だけで懐に手を入れないところを見るに、部下の教育がきちんとできているのだろう。


「あなたたちが入れば寄付金は減り、私の評判は下がって、ひいてはアッシュフィールド領の経済活動に影響を及ぼす。結果としてあなたたちの“商売”の幅が狭くなる。それが分からないほど、バカじゃないでしょう?」


 今度は煽りの方向性を変えてみる。

 ハッタリ含めた煽りではあるが、絶妙に一理あるという程度のラインを攻めてみた。

 イリヤが軽く舌打ちする。ほう、やはりヤクザを噛ませないことへの理に、彼も頭の隅では理解しているのだろう。


 しかし、ヤクザたるもの理だけでは引き下がれない。私の言い分そのままだと、メンツが立たないというやつだ。


「……てめぇ!!」


 若い衆の一人が激昂し、懐からナイフを抜く。

 ふむ……イリヤは止めないか。


「おい、聞いたか野郎ども。伯爵様はウチのファミリーがお気に召さねえそうだ」


 イリヤが煽るように言うと、部下たちの導火線に火がついた。


「ああん!? ふざけんな!」


「ここから生きて帰れると思ってんのか小娘ェ!」


 ガチャガチャと武器を抜く音が響く。  

 一触即発。部屋の空気は張り詰め、火花が散るようだ。  

 イリヤは止める素振りも見せない。むしろ、ニヤニヤと笑いながら私の反応を楽しんでいる。  

 そして、その鋭い視線が私の背後に控えるステラへと向けられた。


「おい、そっちの狼の嬢ちゃん」


 イリヤが顎でステラをしゃくる。


「お前も東方の狼なら分かるだろう? こいつらの殺気は本物だ。……この数相手に、たった一人でファミリーを相手にする気か?」


 イリヤはステラがただの私付きのメイドではないことを看破している。  

 暴力に長けた者同士、彼我の差がはっきり見えているのだろう。  


「……たった一人?」


 ステラは無表情のまま、琥珀色の瞳だけをギョロリと動かした。  

 その瞬間、部屋の温度が氷点下まで下がった錯覚を覚えるほどの、濃密で冷徹な殺気が放たれた。

 それはイリヤの子分が放つ熱く激しい殺気ではなく、より暗く深く、静かだが重たい、濃密な“死”を纏わせた本物だ。


「リリアーネと私の命があれば、ここにいる全員……皆殺しにできるけど? ――やる?」


 「「「……っ!?」」」


 怒号を上げていた男たちが、一斉に息を呑んで硬直した。  

 暴力を生業とするものとして本能が告げているのだ。

 この女は、やる、と。  

 どういう手順で、誰から喉を裂き、どうやって殲滅するか。そのシミュレーションがすでに完了している目をステラはしていた。


「……おいおい嬢ちゃん。いくら腕が立っても、主を守りながら全員殺るとか無理だぜ?」


「は? リリアーネを守りながら戦うつもりなんて最初からないんだけど?」


「何――?」


 イリヤが初めて困惑の表情を浮かべ、ステラと私に交互に視線を投げる。


「本当に私とステラの命で皆殺しにできるの?」


「うん」


「ステラ――私の護衛を放棄して、攻撃に全振りすれば……ここを更地にできるの?」


「……私が死ぬ気でやれば。リリアーネも死ぬけど、こいつらも全員死ぬ。相討ちなら確実にいける」


「そっかあ、なるほどねえ――じゃあ、やるか?」


 私は満面の笑みで答える。

 ゴクリと、周囲の喉が大きく鳴る。


「どうする? イリヤさん、あなたも命、全ベットしましょうか?」


 私の命とステラの命。この二枚のチップをテーブルに叩きつける。  

 そちらは、ファミリー全員の命を賭けなさい、と。

 ベタオリするなら今よ? それとも、この安い賭け金(わたしたち)に釣られて、組織ごと破滅(全ツッパ)してみる?


「…………」


 沈黙が流れた。部下たちは誰も動けない。

 動けばそれは“賭け”に同意することになるから。  

 やがて――


「……くっ、カッカッカッ!! ガハハハハ!!」


 腹の底から溢れるような大声で、イリヤが笑った。

 部屋を震わせるような、力強い笑い声だった。


「わかった、わかったよ。無礼を詫びる。……おいお前ら! 得物を降ろせ! 客人に失礼だろうが!」

「へ、へい!」


 イリヤは笑い涙を拭いながら、私を真っ直ぐに見据えた。  

 その瞳には先ほどまでの侮蔑の色はない。あるのは、対等な強者を認める敬意だ。


「気に入ったぜ、嬢ちゃん。あんた可愛い顔してるが()()()()の人間だろ」


「失礼ね。善良な領主様に向かって」


「へっ、よく言うぜ。……で? 俺たちを潰すわけじゃなく、わざわざ出向いてきたってことは……“取引”の話があんだろ? 聞くぜ?」


「ええ。話が早くて助かるわ」


 私はステラに目配せをして殺気を収めさせると、改めて交渉のテーブルにつくのだった。

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