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第10話 アサシンメイドと異端狩りの聖女。そして一番ヤバいのは……私?

 数日後。

 必要な書類が完成したことで私とステラ、そしてリュシアの三人は、貧民街へと足を運んでいた。

 石畳が途切れ、土と汚水が混じり合ったぬかるみの道。  

 腐敗臭と生活臭が混ざり合う独特の匂いは慣れない人には毒でしかない。  

 かつてのリリアーネなら鼻を摘まみながら――否、そもそも足を踏み入れることさえなかったに違いない。

 今の私は……どうだろうこの間カルロスに会ったときに、もう嗅ぎなれてしまったのか。気にはなるが、我慢はできる程度。


 ステラは、どこふく風ね。赤い眼時代の任務、そして革命でただ一人生き残った彼女は生きるために何でもしてきたのであろう事は想像に難くない。


 リュシアは真っ白な法衣を1ドットも泥に付けぬまま器用に歩く。  

 が、全てを避けることはできなく、跳ねた汚水が白い手袋にぴちゃりと掛かったところで彼女は懐からハンカチを出して汚水の染みをゴシゴシと拭う。  

 

 ゴシゴシ、ゴシゴシ――

 翠の瞳を見開いてあたかも偏執的に――

 ゴシゴシ――ゴシゴシゴシゴシゴシ。


「リュシア?」


「……まったく酷い衛生環境ね」


 私の言葉に我に返ったのか、リュシアはハンカチを懐にしまう。


「下水道の整備が全く追いついていないわね。これではいつ疫病が出てもおかしくない。色んな教区でこういうところはたくさんあるわ。疫病が発生すれば教会の負担が桁違いに増すからできる限り、領主に下水の整備をお願いしてるけど――ね?」


「耳が痛いわね。領主としては改善したいけれど。大規模な都市計画からやらないとね……うちの蓄えはまあまああるけど、貧民街全てを再整備するとなるとさすがに予算が足りない」


「そうね。領主はいつもそう、カネがない時間がない。まあカネが無いと言えるだけマシよ。領主によってはまともに税も払えん貧民共にそこまでせにゃいかんと言ってくるのもいる――」


 ブツブツと文句を言う彼女の横ではボロを纏った老人とボロを纏った子供が道端で食事をしていた。  

 ――なんとかしないとね。そうは思うもののこの辺り一帯の下水を整備する大規模な公共事業となると、まあ難しい。


 お金の面はもちろん、さまざまな関係各所への折衷に死ぬほど骨を折る。例えば――この貧民街を牛耳る“()()”とか。


「そういえばリュシア。今日はあの物騒な荷物は持っていないの?」


 私は彼女の軽装が気になって尋ねた。初対面の時に背負っていた、あの巨大な聖銃ケースが見当たらない。  

 丸腰でこんな場所に来るような油断をするタイプには見えないけれど。


「ああ、あれ? 今日は必要ないから置いてきた――なんて言うと思った?」


 リュシアはニヤリと悪戯っぽく笑うと、何もない虚空にパチンと指を弾いた。


 ――ヴンッ。


 空気が微かに震え、彼女の細い指先に、光の粒子が集束する。  

 次の瞬間、そこには漆黒の重厚な銃身――聖銃『ピエタ』が、実体を持って現れていた。


「えっ……!?」

「普段は女神の祝福(ナノマシン)によって霊体化して体内に収納しているわ。あの入れ物は――そう、物騒な場所を通る時、身なりのよい美女が、大きな荷物背負っていれば野盗も寄って来やすくなるでしょ? そいつらをおびき寄せて懲らしめるための罠の撒き餌」


「野盗相手にそれぶっ放したの?」


「まさか、異端認定以外には絶対に使わないわよ。――本物の異端だけでなく“偽物”の異端相手にも使ったけどね」


 偽物の異端――なんとなく意味は理解できる。

 きっと濡れ衣を着せられた人間も彼女は――


 彼女が再び指を弾くと銃は霧のように分解され、キラキラと輝きながら彼女の体に吸い込まれて消えた。


 ※


 広場に出ると、いつもの光景が広がっていた。  

 長い行列の先頭で、湯気を立てる大鍋をかき混ぜる青年――カルロス・アセンシオ。


「……ふうん」


 リュシアが足を止め、彼を観察する。  

 カルロスは汗と煤にまみれながら、笑顔でスープを配り、老人の話に耳を傾けている。


「本当に、裏も何もなく奉仕しているのね。……計算高さも野心も見えない絶滅危惧種」


「でしょう? だからこそ、守らなきゃいけないのよ」


「ええ。あるいは管理するか、ね」


 リュシアは一つ小さく深呼吸をすると――パチン、とスイッチが入ったように表情を変えた。  

 年相応の娘の顔が消え、慈愛に満ちた()()の仮面が完璧に張り付く。


「行きましょう、リリアーネ様」


 声のトーンまでワントーン上がり、柔らかな雰囲気を纏う。  

 私は内心「プロね……」と舌を巻きながら、彼女と共にカルロスの元へと歩み寄った。


「――ごきげんよう、カルロスさん」


「えっ? ……あ、領主様!?」


「こ、これは驚きました。まさかまたこんな所まで……それに、そちらの教会の方は?」


「お初にお目にかかります、カルロス様」


 リュシアは完璧な角度で微笑み、一歩前へ出た。その神々しさに、周囲の喧騒が自然と静まる。

 私を――領主をあまり良い目で見ていなかった貧民街の者たちも、リュシアの雰囲気に呑まれたように厳かに口を閉ざしていた。


「この度、この教区の担当司教に着任しました、リュシア・バルディーニです。……貴方たちの献身的な活動に胸を打たれ伺いました」


「し、司教様……!? も、申し訳ありませんこのような場所までお越しいただき――」


「気にすることはありませんわ、貴方の活動は立派なこと。胸を張ってくださいませ。しかし――」


「は、はい……」


「ですが、迷える子羊を導くには、正しい『教え』と『秩序』が必要です。清浄な無垢なる魂ほど、誤った道へと容易に踏み込むもの――」


 私は横から、用意していた『公認団体認定書』をカルロスに差し出した。


「おめでとうカルロスさん。私はバルディーニ司教の協力の下、あなたたち『麦の穂』を教会公認団体として認めることにしました。今日から貴方の活動は、私が領主として――バルディーニ司教が、司教の名において公式に保証します」


 その言葉に、広場中からどよめきが起こる。

 信じられないといった表情の群衆と、感激で目頭を熱くしているカルロス。  


「こ、公認……!? 本当ですか!?」


 カルロスは信じられないといった顔で書類を見つめ、震える手でそれを受け取った。


「ああ、女神よ……! ありがとうございます! これで、もっと多くの人々を救うことができます……!」


「ええ。その代わり――」


 リュシアが優しく、しかし逃げ場のない威厳を持って言葉をつなげる。


「すべての活動、すべての寄進の流れ……貴方の行動の一つ一つに至るまで、すべて私に報告し、許可を得ていただきます。……共に、女神様の愛を広めましょう。神の愛のために、あなたを守るために必要なの」


 それは支援の申し出ではない。完全な管理宣告だ。  

 だが、純粋すぎる彼には、その言葉の裏にある“首輪”が見えていない。


「もちろんです! 私のような無学な者に、司教様のような方が指導してくださるなんて……夢のようです!」


 感極まったカルロスが、思わずリュシアの両手をガシッと握りしめた。  

 彼の手は、スープの脂と竈の煤で汚れている。


 ――ッ。


 一瞬、リュシアのこめかみがピクリと跳ねたのを、私は見逃さなかった。

 どうも潔癖症の気があるリュシアだが、そこはプロの聖職者。

 彼女は決して手を振り払わず、むしろ強く握り返して微笑んだ。


「ええ。……期待していますわ、カルロスさん」


 完璧だ。 こうして、無自覚な教祖カルロスは、本人も知らぬ間に二人の管理者に、ガッチリと手綱を握られたのだった。


 ※


「ふぅ……」


 広場を離れ、人目がなくなった路地裏に入った瞬間。  

 リュシアは懐からハンカチを取り出し、ゴシゴシと――白い手袋が破れそうなほど力を籠め、手を拭い始める。  


「リ、リュシア……? 落ち着いて――」


「熱意は――まごうことなき本物ね。羨ましいぐらいに」


「……潔癖症なの?」


 私が何気なく尋ねると、リュシアの手がピタリと止まった。  

 彼女は汚れたハンカチをじっと見つめ、自嘲気味に口の端を歪める。


「ええ。……嫌いよ、ぬるりとした感触は」


 彼女の声が、ふと温度を失った。


聖銃(アレ)で異端の頭を吹き飛ばすとね、降ってくるの。()()()が」


「……」


「至近距離だと避けられなくてね。熱くて、生臭くて、ドロリとしたものが……髪にも、肌にも、服の隙間にも入り込んでくる。どれだけ洗っても、あの臭いが染みついて取れない気がして」


 彼女は、そこにはない赤い雨を拭うように、再び強く手を擦った。


「……商売道具()が汚れるのは、必要経費ですけれど。気分のいいものではないわ」


 リュシアは汚れたハンカチを小さな炎の魔法で燃やし尽くすと、ふっと息を吐いて、いつもの涼しい顔に戻った。  

 そのプロ意識の高さと、その裏にある傷跡の深さに、私は何も言えなくなる。

 リュシア・バルディーニ。異端狩りで彼女はどれほどの()()を裁いてきたのか――


「フッ……」


 私の背後で影のように護衛していたステラが鼻で笑う声が聞こえた。

 そこには同情の色など微塵もない。あるのは、謎の“優越感”に満ちたドヤ顔だった。


「は? 何が?」


「精神強度」


 ステラは手を拭い終えたリュシアを、どこか哀れむような、上から目線で見下ろしていた。


「私もそれなりに殺してきたけど、そんな女々しい感傷は抱いてないよ。任務が終われば手を洗って、それで終了。特に何も思わない。そういうの、良くないよ。玄人(プロ)を自負するなら、殺しに心を揺らいではいけない」


 ふふん、と鼻を鳴らすステラ。

 彼女にとって、殺しはあくまで技術(スキル)であり、日常の延長なのだ。「血が汚い? 洗えば落ちるでしょ?」という、鋼鉄(あるいは鈍感)のメンタリティ。


「……なんか言った? メイドさん」


 ピキリとこめかみを引きつらせて振り返る。あっ、ヤベ。


「言ったわ。リュシア・バルディーニ。聖銃騎士なんて大袈裟な肩書を付けていても、任務で動揺しているようではまだまだね」


「あ?」


「ん?」


「そこまでそこまで! そんな殺人マウントなんて低レベルな煽り合いしないで!」


 私は割って入り、二人の間に視線を行ったり来たりさせる。


「……リュシア、リリアーネこんなこと言ってるけど私たち三人の中で一番イカれてるのはリリアーネだから」


 おいぃぃ!?  何言ってんだこいつ!


「そうね。殺しとは別方向のガンギマリ具合なのはリリアーネね。これで殺しできるようになったら手が付けられない怪物よ」


「さすがリュシア。知り合ったばかりなのにそれが分かるあたり大したものね。私、リュシアとは仲良く出来そう」


「私もよ。一番の異常者に常人面されないようにしましょ」


「えっ? なんで二人して私に矛先変えるの? なんで!?」


 二人は示し合わせたように、私を指さしたままうんうん、と頷きあった。

 納得いかねえ~~……けど、二人が打ち解け合った(?)のならよかった……のかな。

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