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第9話 悪役令嬢と不良聖女の黒い交際。さあ慈善事業(シノギ)を始めましょう

「それで? 私に何を頼みたいの?」


 リュシアは興味津々といった様子で身を乗り出してきた。

 私は一呼吸置いてから、本題を切り出す。


「単刀直入に言うわ。司教様に『(デメテル)()ムーブメント』という慈善団体を、教会の正式な管理下に置いていただきたいの」


「……麦の穂?」


 リュシアが首を傾げる。当然だ。彼女はつい昨日この地に赴任したばかりなのだから。


「領内で活動している無許可の民間慈善団体よ。炊き出しや病人の世話をしていて、領民からの評判はすこぶる良いわ。あまりに良すぎて……少し、厄介なの」


「ふうん。厄介ねえ」


 リュシアは紅茶のカップを傾けながら、私の言葉の裏を探るような視線を向けてくる。


「普通なら潰すか、放置するかの二択でしょうに。わざわざ教会の権威を借りてまで()()()()()()なんて面倒なことをする理由は?」


 鋭い。やはりただの聖女じゃない。

 相当中央で揉まれてきたのだろう。政治的駆け引きに対する嗅覚は素晴らしい。


「潰せば領民の反感を買うわ。()()()()()()()()()()として。かといって放置すれば、いずれ彼らは肥大化していく。民衆運動というものは指導者の意図を超えて暴走するものよ」


「……それで、私に合法化しろ、と?」


「ええ。教会の正式な慈善事業として認可していただきたいの。そうすれば彼らは()()()()()()()から()()()()()()()()()()になる」


 リュシアは面白そうに口角を上げた。


「なるほどね。書類で縛るわけだ。教会の管理下に置けば、活動報告も会計監査も全部こちらで握れる。……悪くない考えだけど、私にどんな利益があるの?」


 ここからが本番だ。私は背筋を伸ばし、冷静に条件を提示する。


「まず、司教様には『権益』と『監督責任』――責任というは語弊かもしれないけど、司教様の裁量で彼らを動かす権限ですね。ただあなたの名前で動かす以上、あなたに監督責任が生じるのは致し方ありませんが――」


「彼らが何かやらかせば私も詰め腹を斬らなくてはいけない、か――権利というより私への首輪ね」


「そう思ってもらっても構わないわ。その代わり――麦の穂へ入ってくる寄付金は全て司教様の裁量に委ねられるわ。教皇庁に上納するのもよし、自分の懐に納めるのもまたよし。領主は一切関知しない」


「堂々と私に横領を教唆とは……いい度胸ね」


「あら、司教様は麦の穂の影響力を全部自分の手柄にできますよ? それはあなたにとっても悪い話ではないでしょう」


「あはっ♪……いいわ、そういうの大好き」


 リュシアの口角が、三日月のごとく吊り上がり、猫なで声ではない彼女本来の声で嬉し気に嗤う。

 聖女が見せちゃだめな顔だった。


「……左遷されてきた司教が、赴任早々に大きな権益を得る。中央の連中は面白く思わないでしょうね」


「むしろ好都合でしょう? 中央から冷遇されているのなら、独自の権力基盤を築く方が賢明よ」


「あなたほんっっとうにいい性格してるわね」


 リュシアはしばらく黙考していたが、やがて口を開いた。


「で、あなたは何を得るの?」


「私は『金の流れの情報』と『最低限の税』をいただくわ」

「……税?」


 リュシアが怪訝そうに眉をひそめる。


「教会の慈善事業に課税するつもり? それは教皇庁が黙ってないのでは?」


「いいえ、慈善事業そのものには課税しません。ただ、彼らが領内で活動する以上、最低限の『()()()()()()()』はいただきます。名目上の、ごく少額のね」


「……なるほど。金額が問題じゃない。()()()()()という事実が欲しいわけね」


 さすがに察しが早い。私としては麦の穂に鈴を付けられるのならば金もいらないのだけど、さすがに完全非課税にしてしまうと領内の商工会からの突き上げが怖いからね。


「ええ。彼らが私に税を納めるということは、彼らが『領主の支配下にある』と認めることになる。領民たちの目にも、麦の穂は私の管理下にあると映るわ」


「で、金の流れの情報は?」


「会計報告は司教様と私、双方に提出していただきます。どこから寄付が来て、どこに金が流れているのか。全て把握させていただくわ」


 リュシアは面白そうに笑った。


「つまり、私が『権威と監督』を握り、あなたが握るのは『税』と『監査の情報』」を握る。お互いに監視し合う共犯関係ってわけね」


「ええ。司教様が暴走すれば、私が金の流れを止められる。私が横暴を働けば、司教様が教会の権威で私を糾弾できる。……完璧でしょ?」


「悪魔のような共生関係だわ。あなたに似合いの、ね」


 リュシアは楽しそうにケラケラと笑った後、やがて大きくため息をついた。


「あなた本当に16歳? 中身50歳のおっさんじゃないでしょうね?」


「失礼ね。どこから見ても美少女でしょ」


 リュシアはクスクスと笑うと、手を差し出してきた。


「いいわ、乗った。面白そうだし、私も暇だったから。……それに、あなたみたいな『異端』と組むのも悪くない」


「異端はどっちよ」


 私も彼女の手を握り返して言った。


「一通り必要書類が完成したら、カルロス・アセンシオ――麦の穂代表の所に行きましょう。事後承諾になるけど、彼は合法のお墨付きが貰えるなら拒まないはずだわ」


「了解。……ところで、そのカルロスって人、どんな人?」

「善人よ。器は小さいけど、心根は本物の聖人」


「……それ、一番厄介なタイプじゃない……善人ほど扱いづらいものはないのよ。悪人なら金か権力で黙らせられるけど、善人は信念で動くから――でも」


「でも?」


「私が迷いに迷ってようやく見つけた信仰を捨てなかった理由を、最初から彼は知ってるのね。羨ましいわ――本当に、腹立たしいぐらい」


 最後の方はよく聞き取れなかったけれど、何やら彼女は独り言をつぶやいていたようだ。私は聞こえないふりをし、握手を終えると、彼女に向かって微笑んだ。


「ええ。では、これからよろしくお願いしますわ――聖銃騎士、リュシア・バルディーニ司教」


「リュシアでいいわよ。リリアーネ・アッシュフィールド伯爵?」


「じゃあ私もリリアーネと呼んでくれれば嬉しいわ」


「……そうね。これから長い付き合いになるでしょうしね。――では、私はこれから書類作成のため駐在の教会に戻るわ――リリアーネ」


「ええ、いってらっしゃい。リュシア」


 

 そうして、私たちは再び笑顔で握手をかわす。  

 原作では決してありえない『悪役令嬢&不良聖女』の共闘が、今この瞬間に実現したのであった。

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