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第1話 爆散令嬢のRe:スタート

ひさしぶりの長編投稿です。しばらくは書き溜めた分を毎日投稿しますので、よろしければまたのお付き合いよろしくお願いします。評価・感想大歓迎です!

 死の匂いと薬草の香りが充満する寝室で、老いた父の最期の吐息。

 それらが混じり合って、私の鼻腔を突き刺していた。

 ざあざあ降りしきる雷雨の音が、重い空気をかき乱す。窓ガラスを叩きつける雨粒が、まるで天が泣いているかのようだ。


「リリアーネ……アッシュフィールド家を……領民を、頼む……」


 しわがれた声が途切れ、父の掌から力が抜ける。

 シーツに落ちたその手を見て、私は理解した。 王国北東部を治めるアッシュフィールド伯爵の逝去。そして、16歳の私がこの“灰の野”と爵位と財産を引き継いだ瞬間だった。


 頭の上の狼耳が、意思とは無関係に伏せた。

 ドレスの腰の切れ込みから伸びた尻尾の先が、小さく震えてシーツの端を叩く。

 こんな時でも、身体は正直だ――泣き方すら忘れたまま、私は硬直していた。


 その刹那――近場で雷が落ち、爆音と共に私の頭に流れ込む、膨大な知識の数々――

 脳が焼ける。目に鉄串を差し込まれるような痛みが襲ってきても尚、その濁流は留まることを知らない。


(い、痛いっ……頭が、割れ……っ……)


 その時、視界の隅に移った一人の使用人。その表情には隠し切れない嘲りがあった。

 ああ――毒を、盛られたのか。

 どうしてと考えたのはほんの数秒。思い至る理由なら幾つも思いついた。

 でも――毒を盛られて、こんな頭痛が起きるはずがない。

 毒ではない何かが。何が――私は、誰――私は、一体。


 世界が色を失い幾何学的なワイヤーフレームの集合体に変貌し、弾ける。

 膨大な意味不明なノイズが世界を覆い、再びワイヤーフレームを紡ぎ――世界は再び色彩を帯びた。

 雷雨が続く薄暗がりの寝室に横たわる父の亡骸。

 部屋の隅では私に毒を盛ったであろうメイドが驚愕の表情で固まり、私を見ている。


(わ、たし……私の名前は、リリアーネ・アッシュフィールド――……えっ?)


 そして私は、唐突に思い出してしまう。


(リ、リアーネ……リリアーネ。エーデルガルド戦記の最初のボス!?)


 こことは違う異世界で過ごした女の二十数年の人生と、今この世界で生きるリリアーネの16年の人生、その両方が自分の記憶にある。

 どちらも“私”が体験した記憶として。

 これまでの人生で自分の東方系の見慣れた容姿と、今頭の中を全て満たした前世の記憶がカチリと整合される。


 反射的に、私は自分の頭へ手を伸ばしかけて――止めた。

 触れるまでもない。耳は確かにそこにあり、尻尾は感情に遅れて微かに揺れている。

 ディスプレイ越しに見慣れた“悪役令嬢”の輪郭が、いまの私の身体と一致した。


「お、お嬢様……! なんで生き――いえっ! お、おおお身体は、ご無事ですか?」


 私はゆっくり息を吸って、彼女の目をまっすぐ見返した。


「残念だったわね。私はまだ死んでいないの」


「っ!?」


 私の言葉に言葉を失うメイド。

 くそー、こいつ本当に毒を使いやがったのか。しかも、無事かって聞いてるけどその顔は絶望してケモミミがぺたりと髪に貼りついてるし。


 時間的に夕食の茶に入れたか……そういえば妙な臭いがしたし。あの時はお父様の容態のことで焦燥感があっただけに、判断が甘くなっていた。

 てかこのメイド、私と同じ白狼の容姿は確か――


「あら、心配の言葉とは裏腹にとっても残念そうな顔ね。ステラ」


「ひぃっ!?」


「……まあいいわ。私は少し考え事をしたいの。10分ほどしたらお父様が亡くなったことを家中に知らせてちょうだい。領民には昼に。葬儀は近いうちに」


「は――はい……!」


 メイドは真っ青な顔で転がるように部屋を出ていった。

 一人残った私は、ベッドの傍から立ち上がり、椅子へと座りなおす。

 私の“両方”の記憶が確かなら、ここはエデガルの中の世界としか考えられない。


 エデガル――正式名称『エーデルガルド戦記:終焉の神言』。

 剣と魔法のファンタジー世界にて繰り広げられる王道戦記RPG


(それにしても、よりによってリリアーネだなんて……)


 リリアーネは主人公と最後まで敵対するラスボス――ではなく、ゲーム開始二時間ほどで滅ぼされ領地を主人公の拠点にされてしまう最序盤のボス――実質チュートリアル。


 ゲーム開始数年前、父の死により伯爵位と領地を引き継いだリリアーネは、国全土を襲った飢饉が訪れてもなお民に重税を課し自身は贅沢三昧。民衆を苦しめ続け、少しでも逆らう領民を見せしめのためだけに処罰し処刑または奴隷として隣国へ輸出して財産を増やしていた。


 このゲームの本来の主人公で、アッシュフィールド家の分家にあたる若き男爵ルーカス・グレイフィールドは自らの領民たちの窮状を見るに見かね、反乱を起こしてリリアーネを打ち倒す。追い詰められたリリアーネは火薬庫に火を放って無事爆発四散という末路を遂げる。


 ……マジで? このままだと、私、松永久秀みたいな破滅しか道がないんだけど!?


「……待って。もうすでに私の破滅フラグの一つは折れてる。だってこの世界にはもうグレイフィールド家は何十年も前に途絶えているわ……」


 前世ではない私の記憶ではグレイフィールド家はすでに血筋が絶えており、現在は男爵領は本家であるアッシュフィールド家による直轄統治になっている。

 つまりルーカスが存在しないため、彼による反乱は起きない。


「いや……ルーカスによる破滅フラグが存在しないだけで、ルーカスが蜂起することになる遠因のエーデルガルド王国を襲う飢饉は起こる可能性が高い」


 原作ではルーカスの反乱後、様々な勢力の思惑が絡み合い、エーデルガルド王国内の秩序は乱れていく。


 飢饉による一揆。

 王権の失墜による諸侯の独断行動。

 西のグランファーレン帝国による経済的圧力。

 東のヴァリャーグ連邦共和国による王国の不安定化を図った浸透工作。

 

 様々な政情不安が重なり合って勃発するエーデルガルド内戦。

 そんな状況で私は生き残ることはできるのだろうか。


「飢饉が起るまでまだ時間がある。なら……まだ間に合うよね?」


 まずはアッシュフィールド領内で反乱の芽を摘むこと、領民を豊かにし、飢饉を耐え軍備を増強すること。

 次に可能であれば国内の他の地域での飢饉に対する備えを行い、貴族たちの内乱が発生しないようにすること。

 最後に東西の大国に付け入られるような隙ができないように外交を展開することだ。


「……やることは山ほどあるけど、伯爵位を継いだタイミングでよかった。私の破滅は、まだ確定していない……っ」


 なら、今できる最善を。

 私はベッドの上のお父様の亡骸に向かって深々と一礼をした。


「ごめんなさいお父様……私はお父様の知るリリアーネを乗っ取ってしまいました。ですがお父様との日々は忘れません。私は今から私の意志でお父様に託されたものを守っていこうと思います――ですのでどうか安らかに、天上のお母さまと共にお休みくださいませ……」


 私はお父様が眠る寝室を後にする。

 これより先、リリアーネ・アッシュフィールドのリスタートが始まるのだ。

 ゲーム本来とは異なる、未知なる道を。


 ――そして最初の一手は決まっている。私を殺しかけたメイド、ステラを確保することだ。

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