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悪を一身に引き受ける令嬢はその最後を冬に問う

作者: ピラビタ
掲載日:2025/12/29

 冬の城は、音がしない。


 雪がすべてを吸い込み、

 言葉も、足音も、罪さえも白く覆い隠す。


 私は城の中庭に立ち、降り積もる雪を見つめていた。


 ――もうすぐ、終わる。


 エレノア=ヴァルディス。

 王太子の婚約者であり、

 王国史上もっとも“悪名高い令嬢”。


 それが、今の私の肩書きだった。


 ◇


 私は昔から、空気を読むのが苦手だった。


 誰かが嘘をつけば、それを真実だと受け取ってしまう。

 誰かが冗談を言えば、本気で心配してしまう。


 だから、気づけばいつも誤解されていた。


「エレノア様は冷たい」

「感情がないみたい」

「人の心がわからないのよ」


 違う。

 ただ、わかりすぎてしまうだけなのに。


 私は人の悲しみを、痛いほど感じてしまう。

 それをどう扱えばいいのか、知らないだけだった。


 ◇


 王太子アーヴィンは、優しい人だった。


 彼は争いを嫌い、

 誰かを切り捨てる決断ができない。


 だから私は、隣に立った。


 彼が言えない言葉を、代わりに言った。

 彼が下せない裁断を、代わりに引き受けた。


「それは許されません」

「規律を破った者は罰せられるべきです」


 私がそう言うたび、

 人々は彼を責めず、私を憎んだ。


 ――それでいい。


 彼が優しい王になるなら、

 私が悪になることに、何の躊躇もなかった。


 ◇


 王城に、ひとりの少女が入ってきた。


 平民出身の、無垢で、明るい少女。

 誰にでも笑顔を向け、

 誰とでも自然に言葉を交わせる。


 彼女は、王太子に希望を与えた。


「殿下は、もっと優しくていいんです!」


 そう言って笑う彼女を、

 誰もが“正しい”と感じた。


 その瞬間、

 私は“間違った存在”になった。


 ◇


「エレノア様は、彼女をいじめているらしい」

「陰で圧力をかけているそうよ」


 噂は、雪崩のように広がった。


 違う。

 私はただ、彼女を遠ざけただけだ。


 王太子の優しさが、

 彼女を壊す未来が見えたから。


 けれど私は、それを説明しなかった。


 説明すれば、

 彼の優しさを否定することになる。


 ――それは、できなかった。


 ◇


 断罪の日。


 大広間に集められた貴族たちの視線は、冷たかった。


「エレノア=ヴァルディス。

 あなたは王太子の名を騙り、数々の横暴を働いた」


 王太子の声は、震えていた。


 私は静かに、跪いた。


「……はい」


 弁明の機会は与えられた。

 それでも私は、何も言わなかった。


 言えば、

 彼は壊れる。


 彼は“優しい王”でいられなくなる。


 それなら私は、

 最後まで悪でいい。


「異議は、ありません」


 そう告げた瞬間、

 すべてが決まった。


 ◇


 牢獄は、寒かった。


 石の床から冷気が伝わり、

 指先の感覚がなくなっていく。


 夜、見張りの騎士が声をかけてきた。


「……どうして、何も言わなかった」


 若い騎士だった。

 私を、憎んでいない目をしていた。


「言えば、楽になれたでしょう」


 私は、少し考えてから答えた。


「……誰かが、悪にならなければならなかったのです」


「それが、あなたである必要はない」


「いいえ」


 私は、微笑んだ。


「彼には、未来があります」


 それだけ言って、目を閉じた。


 ◇


 処刑は、冬の朝に決まった。


 雪は深く、

 空はどこまでも白かった。


 最後に、王太子が私の前に立った。


「……エレノア」


 彼は、泣いていた。


「君は、冷たい人間なんかじゃない」


 私は、首を振った。


「いいえ。冷たいのです」


「……違う」


「いいえ」


 私は、彼をまっすぐ見た。


「殿下は、優しすぎる。

 だから、誰かが汚れ役を引き受ける必要があった」


 彼は、言葉を失った。


「私は、それを選びました」


 ◇


 雪が降る。


 私の肩に、

 髪に、

 まつげに。


 処刑台の上で、私は最後に問いかけた。


 ――もし、違う生き方を選べたなら。


 ――私は、誰かの友達になれただろうか。


 ――普通に笑い、

 ――普通に泣き、

 ――普通に、愛されたのだろうか。


 答えは、わからない。


 けれど。


 遠くで、誰かが泣いている声がした。


 それだけで、

 十分だった。


 私は悪だった。

 それで、よかった。


 雪は静かに降り続け、

 悪名高き令嬢の人生を、

 何もなかったかのように覆い隠した。


 冬は、何も語らない。


 ただ、すべてを白くして、

 問いだけを残していく。

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