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お盆


盆を迎え八月の陽射しは、田舎の家を優しく包んでいた。

貴子は、母が愛した縁側の簾をそっと上げ、庭に目をやる。

雑草が伸び放題だったが、父が植えた柿の木は今年も青々とした実をつけていた。


貴子は、都会での激務と双極性障害の発症で心身をすり減らし、故郷に戻ってきて1年経つ。

無職の身だが、高齢者サロン『日だまりの会』で笑顔を取り戻しつつあった。

 

『貴子、仏壇の花、替えたか?』

台所から兄の声が響く。

独身で口下手、だがどこかイケメン寄りの顔立ちの兄は、市の建築科で働く職人気質。 

貴子は振り返り、微笑む。


『うん、今朝、菊とリンドウを飾ったよ。母さんが好きだった青い花、覚えててね』


兄は黙って頷き、仏壇の前で手を合わせる。 

父が建てたこの家は、太い梁と丁寧な造りが今も両親の存在を感じさせた。


お盆の今日は、親戚や父の従兄弟たちが集まる日。


母は卵巣がんで、父は肺がんで、二人とも若くして亡くなっている。


それでも、母の人脈……テキ屋や任侠の匂いをまとった人々……や、父の大工仲間が、毎年この家を訪れる。


貴子と兄にとっては、両親との絆を確かめる大切な時間だった。

昼過ぎ、玄関の引き戸がガラリと開く。


『よう、貴子! 達男の建てた家、今年も頑丈だな!』

父の従兄弟の健さん(80歳)が、焼けた顔で笑う。

手に持ったビニール袋からは、ビールとスルメが、あふれんばかりに入っていた。


『健おじさん、来てくれてありがとう! 父さん、喜んでるよ』 

貴子は笑顔で迎え、健さんを座敷に通す。 


続いて、母の知り合いだという派手な柄シャツの男、テキ屋のシゲさん(70代)が現れる。


『やあ、貴子ちゃん、元気か? お前の母ちゃんには世話になったよ。看護師のくせに、祭りの屋台で焼きそば焼いてたんだから、豪快だったな!』

貴子は笑いながら、母の破天荒な一面を思い出す。

『ほんと、母さんって不思議な人だったよね』


夕方になると、従兄弟の亮太(48歳)やその姉の美穂(52歳)もやってきた。

亮太は都会でIT企業に勤め、年に一度のお盆でしか顔を合わせない。

美穂は地元で小さな喫茶店を営んでいる。


『貴子姉貴、今年はなんか元気そうだな!』亮太がビールを片手に言う。


『まあね、日だまりの会で、じいちゃんばあちゃんたちに元気もらってるからね』

貴子はそう答え、仏壇に目をやる。


そこには、母の笑顔の写真と、父の無骨な表情の遺影が並ぶ。  


夜が更け、皆が座敷に集まり、父の建てた家に響く笑い声。兄は黙々とビールを注ぎ、時折父の仕事を思い出したように話す。


『親父、仕事は頑固だったよな。「家は家族を守るもんだ」って、いつも言ってた』

健さんが頷く。

『ああ、達男の建てた家はどれも魂が入ってた。この家だって、50年経ってもビクともしねえ』

貴子は胸が熱くなった。


父が鑿を握る姿、母が患者に優しく語りかける姿が、瞼に浮かぶ。

 

シゲさんが、懐かしそうに言う。

『お前の母ちゃん、病院で俺の親父の世話してくれたことあったんだ。『シゲ、元気出しな』って、笑いながら肩叩いてな。あの笑顔、忘れねえよ』

貴子は涙をこらえ

『母さん、ほんと、そういう人だった』

と呟く。


深夜、親戚たちが帰り、静かになった家。

貴子と兄は仏壇の前で並んで座る。

線香の煙がゆらりと立ち上り、父と母の遺影を包む。

『兄貴、今年も賑やかだったね。父さんも母さんも、笑ってるかな』

兄はしばらく黙っていたが、ぽつりと言った。『ああ、きっと。親父の家に、みんな集まってくるんだからな』

貴子は頷き、仏壇に手を合わせる。

『父さん、母さん、来年もこうやって集まるからね。見守っててよ』


外では、夜風が柿の木を揺らし、まるで両親の声が聞こえるようだった。



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