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隠された傷


山本澄子おばあちゃんの屋敷を訪ねる決心をしたのは、サロンの後の週末だった。


私は山本のおばあちゃんの本心を少しでも知りたいと思ったのが理由。

彼女の頑固さや藤田のおばちゃんへの敵意の裏に、何か見えない事情 ……感情的な理由があるかもしれないと考えたのだ。


山本のおばあちゃんの屋敷の門の前に立つと、圧倒されるくらい、堂々と佇む古い日本家屋だった。

重厚な門をくぐると、広々とした庭には手入れされた松の木と石灯籠が並び、まるで時代劇のセットのような風情。

玄関で迎え入れてくれた山本のおばあちゃんは、いつもの気品ある微笑みを浮かべていたが、どこか疲れたような目だった。

『まあ、珍しいお客さんね。上がって、上がって』と、彼女は私を広い座敷に通した。


『今日は、京子さんが来ない日だから、私一人なの。』

『京子さん?』

『京子さんは、亡くなった主人の妹なの。

主人の親戚とは色々あって縁を切ってるんだけど、京子さんだけは、何かと心配してくれて……。

近くに住んでいて、時々、家の事を手伝ってくれるのよ』


屋敷の中は、豪華で荘厳だった。

高い天井に彫刻の入った欄間、年代物の掛け軸、磨き上げられた廊下。

だが、昼間の訪問客の喧騒が嘘のように、静まり返った室内にはどこか寂しさが漂っていた。


山本のおばあちゃんは一人暮らし。

いくら日中に議員や有力者が訪ねてきても、夜はこの広い屋敷で一人、どんな気持ちで過ごしているのだろう。


ふと、少し離れたところにある、藤田のおばちゃんの家を思い出した。彼女の家はこぢんまりとしているが、夫と二匹の猫と賑やかに暮らしていて、色とりどりの花壇に囲まれたその家は、幸せそうに見える。


対して、山本のおばあちゃんの屋敷は、まるで時間が止まったような重厚な空気に包まれていた。


お茶と和菓子を振る舞われながら、彼女は穏やかに話し始めた。

『サロンのこと、気にかけてくれてるのね。あなた、優しい子だわ。』

だが、話はすぐに藤田のおばちゃんのことへ。

『あの人の軽率さ、許せないのよ。サロンは皆が安心できる場所でなきゃいけないのに…。』


彼女の声は次第に熱を帯び、藤田のおばちゃんへの不満が堰を切ったように溢れ出した。

『あの花壇だって、毎朝水をあげてるみたいだけど、そのたびに、私を監視してるみたいで気味が悪いの。

世間知らずの私でも、あんな態度は品がないと思うのよ。』

私は相槌を打ちながら、ノリ子さんの電話での長編愚痴を思い出した。


山本のおばあちゃんもまた、藤田のおばちゃんへの不満を延々と語り続け、時計は3時間を回っていた。

疲れが溜まる中、彼女は突然声を潜め、こう言った。

『あなただけには教えるけど……私、実は難病を患ってるの。医者にはあと何年もつかわからないって言われてるのよ。

毎月、息子のいる街の大学病院にかよってるの』


その告白に、私は言葉を失った。

彼女の気品ある口調、頑固な正義感の裏に、そんな重い現実が隠れているとは思わなかった。

だが、「あなただけには…」という言葉に、ふと疑問がよぎった。

彼女の屋敷には人が絶えない。きっと、同じ話を他の誰かにもしているのではないか。

そんな気がして、彼女の孤独が一層深く感じられた。


話が一段落した頃、夕日があたりを照らしていた。

山本のおばあちゃんは

『またおいでね』と微笑んだが、その目はどこか寂しそうにもみえた。


屋敷を出ると、夕方の冷たい風が吹き抜けた。藤田のおばちゃんの家の灯りが、道の向こうで暖かく揺れていた。





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