帰省
『高齢者サロン』をリメイクしました。
静かな田舎町の夕暮れ。オレンジ色の光が、瓦屋根の古い家々を優しく染めていた。
私は、50歳の節目を迎えたばかりの自分を、まるで使い古された荷物のように感じながら、故郷の玄関口に立った。スーツケース一つと、心の奥底に沈む重い荷物だけを抱えて。
都会の喧騒で磨り減った心と体。会社でのパワハラ、セクハラの嵐は、私を双極性障害と適応障害という見えない鎖で縛り上げた。
すべてを捨てて逃げるように辞めた会社。
アパートを引き払い、残ったのはただ、故郷への切符一枚。
両親が亡くなり、兄が一人で守る実家に、私は今、舞い戻ってきた。
実家の門をくぐると、懐かしい匂いが鼻を突く。古い木材と、どこか湿った土の香り。
子どもの頃、庭で泥遊びをした記憶が、ふとよみがえる。兄は無言で私の荷物を受け取り
『まあ、入れよ』とだけ呟いた。言葉少なな兄らしい歓迎だった。
この町は、時間が止まったような場所。
裏山の木々は昔と変わらずそよぐし、近所の駄菓子屋の看板は色褪せてもまだそこにある。
だが、変わったものもある。
かつて私を膝に乗せて笑いかけてくれたご近所さんたちは、今や白髪を輝かせ、杖を手にゆっくりと歩く。
高齢者になった彼らは、週に一度公民館で開かれる「高齢者サロン」に集まり、笑い合い、昔話を語り合っていると聞いた。
私は、子どもの頃の純粋な目で彼らを見ていた。あの頃、彼らは無敵の大人だった。だが今、彼らの笑顔の裏に隠れる孤独や、老いへの不安、家族とのすれ違いを、私は感じ取ってしまう。
都会の冷たい人間関係に疲れ果てた私には、彼らの本心が、まるで鏡のように映る。
この町で、私は何を見つけるのだろう。壊れた自分を修復する手がかりか、それとも、ただ過ぎ去った時間を惜しむだけなのか。
公民館から漏れる笑い声が、夕暮れの空に聞こえていた。